第23話 シャネル・ブランジスタ

「俺のために、血肉となってくれ」



 そう言って、俺は彼らの喧嘩に乱入した。

 この女から闇の魔法について色々と訊きたいところだが、まずは男たちを倒すのが先決だな。



「貴様、何者だ?」


「ブリューデル戦士学院の一年、ロスト・アルベルフだ」


「ロスト!?」



 名乗ると、男たちはひどく驚いた様子を見せた。

 どうやら俺は、かなり有名らしい。

 後ろにいた女子も、警戒したような口ぶりで言った。



「あなた……アルベルフ家の”魔眼”ですね。まさかこんなところで会うとは」


「あぁ、お前を助けにきた」


「助け? そんなのいらないです。私一人で片付けられる」



 口調から判断するに、この女はかなりプライドが高い。

 もしかしたら”闇の魔法”についてなにも教えてくれないかもしれないな。

 少し面倒な女だ。



「余所見してんじゃね!」



 瞬間、一人の男が殴り掛かってくる。

 型も戦略もない、単純なパンチだ。

 ただ、スピードは悪くない。

 魔力を使った身体強化も安定していて、それなりの威力が見込めるだろう。


 でも、俺のまえでは通用しない。

 男の拳を片手でガード。

 もう一方の拳で、男の腹部に打撃を与えた。

 もちろん、魂にもダメージを与えておく。



「グハッ!」



 男は、苦しそうに唾を吐きながらよろめいた。

 まるで相手にならない。



「お前……一年のくせに!」



 リーダー格の男が殴られたのを見て、その取り巻きも俺に攻撃してくる。

 剣無しの決闘は初めてだ。

 故に新鮮さを感じる。


 俺を挟むようにして左右から放たれる男たちの拳。

 すんでのタイミングで躱し、それぞれの腹部に蹴りを入れる。



「くっそ……」

「俺たちじゃ相手にならねぇ~」



 哀れにも、男たちは腹を手で押さえながら逃げ果たせた。

 引き際を分かっている分、リゲルよりはマシだな。



「さて、と」



 俺は指を鳴らしながら、女のほうに視線を向ける。

 すると彼女はビクッと肩を震わせながら、俺を睨みつけた。


 アメジストの長髪に、ルビーの瞳。

 メルシェアに匹敵するほどの美貌を、彼女は兼ね備えていた。

 修道院のシスターのような恰好をしており、黒い帽子を被っていた。


 不気味な気配を漂わせる女だ。

 少し警戒するか。



「お前、名前は?」


「シャネル・ブランジスタ。先に言っておくけど、助けなんていりませんので」


「——はいはい、そうですか。どうしてそこに拘る?」


「わたし、自分が強くないと満足できないタイプの人間なので」



 シャネルはそう言いながら、誇らしげに腕を組んだ。

 ご立派な胸が、組み込むようにして彼女の腕に密着している。



「ところでロスト様、わたしに何の用ですか?」


「様はいらん。ロストでいい」


「いいえ、ロスト様がいい。私がそう決めたので」


「面倒な女……」



 くせのある態度に、思わず愚痴がこぼれる。

 ”闇の魔法”を扱う術師は、どいつもこいつも変な奴ばっかなのだろうか?


 呆れながらも、俺は話を続ける。



「まぁ呼び方は任せる。とにかく俺の要件は一つ……お前の使う”闇の魔法”について教えろ」


「…………」



 黙り込むシャネル。

 やはり教えてくれないのだろうか?


 そう思っていると、突然シャネルが笑い出した。



「教えるわけございませんわ~手の内を晒すわけがないでしょう~おバカさんなんですかぁ~?」


「——ムカつく」



 マジでなんなんだ、この女。

 睨んだり笑ったり、行動が読めない。

 というか、どうして俺が馬鹿にされてるんだ?



「あら! それならば私に提案があります」


「なんだ?」


「ロスト様はアルベルフ家の名門。魔法にも剣術にも精通なさっていますよね。そこで……わたしと”決闘”しませんか?」


「決闘?」


「はい。魔法アリの真剣アリのガチンコ勝負……もしわたしに勝てたら、特別に教えましょう、闇の魔法について」


「なるほど」



 正直、この女の提案に乗るメリットはない。

 さっさと拷問して情報を聞き出せば良いのだから。


 だが、拷問は必ずしも最善手とは限らない。

 一歩でも間違えたら、情報を得る前に相手が壊れるかもしれない。

 そうなれば俺は、貴重な情報源を失う。


 となると、まずはこの女の提案に乗るのが良いだろう。

 ”決闘”でシャネルをボコし、情報を聞き出す。もし彼女が約束を破れば、そのとき拷問すればいい。

 拷問はあくまでも最終手段としよう。



「いいだろう。その勝負、乗ってやる」


「ほ、本当ですか? ロスト様がわたしと……?」



 提案したはずのシャネルが、やけに驚いていた。

 まぁ、その程度で俺の意志は変わらないけど。



「もちろんだ。そもそも俺、負ける気がしないし」


「ッ! いいでしょ! ”魔眼”持ちのロスト様を、この私が叩き潰してやりますわ!

としての矜持を、呪術のすごさを、私が証明してやります!」



 プライドを刺激され、シャネルは鼻息を荒くした。

 呪術とか、意味不明な言葉まで吐き始めている。


 短気な女だ。堪え性の無い奴だぜ。



「あと悪いが、剣は使わん。寮に置いてきたもんで」


「はぁ? 剣無しで私に勝てると思っているのですか?」


「はっきり言おう。魔法だけでも充分だ」


「クッ……!」



 せっかくの可愛いお顔が、蛇のように崩れかけている。

 とはいえ、変顔しても美少女は美少女のままだ。


 シャネルは「口を閉じれば可愛い女子」って感じだな。



「おいお前、審判頼む」


「ぼ、僕ですか?」



 ついさっきまで苛められていた男子生徒。

 闘技場の隅に縮こまっていたので、俺はそいつに審判を任せた。



「ああ。お前が審判してくれ。てか、名前は?」


「ラスタです……シャネルちゃんの同郷です」


「あいつの? てことは、お前ら知り合い?」



 俺が質問すると、ラスタはこくんと頷いた。

 そんなラスタに向かって、シャネルは言う。



「あんた、いつまで辛気臭いのよ!? あいつらのことなんて忘れなさい」


「う、うん」



 ラスタの印象は……昔の俺って感じ。

 前髪が目までかかっていて、重苦しい黒髪がヘルメットのように顔の上に乗っかっている。

 まぁ、こいつのことなんてどうでもいいけど。



「さぁ、やってやりますわ!」


「かかってこい、シャネル」



 こうして俺たちの決闘が始まった。


 



 

 




 



 

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