第24話 ロストの魔法

影魔法コヴェルナート ”ライラック”」


 シャネルの詠唱とともに、天井まで届きそうな巨大な影が発生した。

 真っ黒い霧のようなものが、電気を流しながら宙をうねっている。


 ロブレムの扱っていた魔法とまったく同じだ。



「はぁぁぁぁ!」



 見惚れる中、その影は俺を狙って迫ってくる。

 闘技場を埋め尽くすほどの広範囲な攻撃。

 避けるのは不可能だな。


 回避は諦め、俺はその場に留まった。

 視界が闇に染まり、ビリビリッと音を鳴らす電気が迸る。



「面白い魔法だ……」



 【死魂眼しこんがん】で覗いても分かる、この特殊性。

 他の魔法と違って、術式構造がまるで別次元だ。

 海と大地。魔法と科学。男と女。理性と本能。

 俺が今まで観察してきたような性質を、彼女の魔法は持っている。


 根本的に発動条件が違う気がする。

 闇の魔法は他の魔法と違って不気味だ。



「いつまで……余裕でいられるかしら!」



 シャネルの得意げな顔が、影の合間を縫って目に届く。

 次の瞬間、周辺を流れていた黒い霧が真っ赤な業火に豹変した。

 巨大な火災旋風が燃え上がって、俺を焼き尽くそうと轟音を響かせる。


 てか、完全に俺を殺すつもりだろ。

 雷を落としたり、炎を放ったり……今までの生ぬるい決闘が嘘のようだ。



「まだまだ!」



 炎が消え、煙が視界を覆う。

 炎が煙に変わるのにかかった時間は、およそ一秒にも満たない。

 ここまで物質が変化する魔法を、今まで見たことも聞いたこともなかった。


 馬鹿げた魔力操作と、術式構築。

 シャネルとかいう女、かなりのやり手だ。

 これほどまでに実力があるのなら、一人で先輩たちを追い払えただろう。



「隙あり!」



 刹那、シャネルが俺の腹部に手を当てる。


 ——マズイ


 直感的に、俺はそう思った。


 次の瞬間



「”影火かげび”」



 不敵な笑みを見せるシャネル。

 死ぬ!?——と思う頃には、俺の周囲は爆発していた。

 凄まじい爆風が闘技場内に響き渡る。

 勢いそのままに煙は広がり、視界が悪くなる。


 濁った視界の中、誇らしげに踵を返すシャネルの姿が見えた。

 ゼロ距離から爆破攻撃を仕掛け、俺の敗北を確信したのだろう。


 未だ鳴りやまぬ爆弾の余波を掻い潜って、シャネルとラスタの会話が聞こえる。



「シャ、シャネルちゃん! ロストくんが死んじゃったよ?」

「んま~いいんじゃない? 私の力を見くびったロスト様の自業自得だわ」

「でも、先生に怒られる?!」

「決闘中の死亡は認められてるから大丈夫。審判のあんたが先生を説得すれば問題ないわ」



 おいおい、勝手に殺すなよ。

 てかお前らさ、想像以上にクレイジーじゃん。


 思わず笑みがこぼれる。

 久しぶりにぶっ飛んだ奴と殺し合いができて気分が高まる。

 益々知りたいね、闇の魔法について。


 そう考えながら、俺は煙の外に出る。



「勝手に殺すな、馬鹿ども」


「——ッ!」



 無傷な俺を見て、二人はナイスリアクションを見せてくれた。

 シャネルなんか、目ん玉が飛び出そうな勢いで目を見開いている。


 うん、その反応を待っていたんだ。



「あ、有り得ない……目の前で爆発したのよ!?」


「それを言うならシャネルだって」


「わ、私は術者だから関係ないのよ」



 なるほどね~。

 闇の魔法は発動者の体に干渉しないのか?



「あ、あんた……どうやって私の術を!?」


「決闘で俺に勝ったら教えてやる」


「ならば——!」



 がくがく震えるシャネルが、いっきに闘志を燃やす。

 俺の【死魂眼しこんがん】を睨みつけながら、シャネルは凄まじい速度で走ってきた。


 一蹴りで目の前にやってくる。不気味な力を纏わせる拳が、俺の頬をめがけて——。



「死魂眼 ”拘束こうそく”」



 死魂眼しこんがんを使って、彼女の魂を威圧。


 ”拘束”の力でシャネルの体は時が止まったみたいに停止した。

 その姿を見ていたラスタが、慌ただしく声を上げる。



「え? え?! シャネルちゃん?」」



 二人とも酷く困惑していた。

 まぁ、死魂眼しこんがんの説明はしてないからな。

 仕方が無いか。



「ラスタ、俺の勝ちでいいよな」



 ”拘束”を解かない限り、シャネルは動けない。

 つまり彼女の生殺与奪の権は俺が握ったというわけだ。

 それ即ち俺の勝利を意味する。



「は、はい……勝者、ロスト・アルベルフ」



 ラスタは喉を詰まらせながら決闘の決着を宣言した。

 勝負が終わったので、拘束解除。

 瞬間、シャネルは焦ったように息をゼ―ハーしながら膝を折った。


 ”拘束”を受けている間は、金縛りのような感覚に陥る。

 被術者は相当な息苦しさと圧迫感を感じることだろう。

 シャネルがあのような態度に出るのも納得できる。


 俺は彼女の様子を伺いながら言った。



「勝負も終わったことだし、そろそろ話してくれるかな? 闇の魔法について」


「……あなた、どんだけ強いのよ……」



 シャネルは悔しそうに拳を握りしめていた。

 歯ぎしりしながら、悶々と口を動かしている。

 なにか言いたげな表情だ。


 だが、彼女の言い分を聞くつもりはない。

 俺が知りたいのは”闇の魔法”だから。



*    *    *


≪三人称視点≫



 ——貴族の凡々め。


 これは、ロストに対するシャネルの第一印象。


 プレトリア王国の階級はピラミッド型のような構造をしており、貴族は王族を除いてトップに分類される。

 その中でもアルベルフ家の等級は、公爵家となっている。数少ない”貴族”の称号を持つ家系の中でも頂点に君臨しているのだ。


 家の位は、基本的に当主やその子供の職業と財産によって決定される。

 元々、アルベルフ家は平民であったが、三代連続で【極級戦士】に選ばれたことで貴族の地位を獲得した。


 その後も、アルベルフ家の伝統として優秀な”戦士”を輩出。

 今では入学試験を受けずとも、親の推薦のみで”ブリューデル戦士学院”に進学できる

 ロストが試験勉強をせずとも学園に入れたのは、これが理由だ。


 逆に、平民の生まれがブリューデル戦士学院に入学するには、高難易度の入学試験を突破しなければならない。

 故にこの学園では、しばしば”平民”と”貴族”の間で亀裂が起こる。


 その対立思想はシャネルにも刻まれていた。


 ——必ず、この”魔眼”に勝つ


 そう決意して、ロストに”決闘”を申し込んだのである。


 だが



「わたしの攻撃が効かない……? 体術もいける口。隙が存在しない!?」



 どこを見ても、ロストは完全無欠だった。

 上級生を懲らしめたときも、シャネルと戦ったときも、終始ロストは完ぺきだった。


 無論、手ごたえはあった。

 勝利への活路は見いだせていたはずだった。


 ところがロストは、想像以上の魔力操作でシャネルを圧倒。

 彼女は、ロストがどうしてあそこまで強いのか疑問に思った。



「なぁ、シャネル」


「な、なに?」


「約束、覚えてるよな?」


「や、約束?」


「俺が勝ったら”闇の魔法”について話してもらう……そういう話だったよな?」


「そ、それは……」



 言葉につまるシャネル。

 彼女にとって”闇の魔法”は己のアイデンティティ。

 簡単に種明かし出来るものでは無かった。


 上手い言葉を探そうと悩みシャネルに向かって、ロストは手を伸ばす。



「自信があるのは大いに結構。だが、むやみやたらに”勝負”を仕掛けたり強がったりするな。自分の首を絞めるぞ」


「ッ!」



 シャネルは、涙を流しながら顔を真っ赤にした。

 小刻みに震える手で、ロストの手を掴んで立ち上がる。



「さぁ教えろ……”闇の魔法”を」


「わ、分かったわよ」



 急に大人しくなるシャネルの態度。

 思わぬ変貌に、ロストは眉をひそめる。


 顔は赤く染まり、所々湯気が立っていた。

 まるで熱中症みたい。

 心配したロストが、シャネルの額に手を当てる。



「早くしろ」


「~~~~~~~! わ、分かってますッ!」


「約束は守れよ」


「そ、それは命令?」


「あたりめーだろ」


「しょ、承知」



 ”命令”という言葉が気に食わないロストだったが、なんとなく水に流す。

 そんな中、平民出身のシャネル・ブランジスタは、人生初の心臓発作的な胸焼けに心を乱していた。



 

 



 

 



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殺人鬼の異世界転生記録~殺害欲求のあるサイコパスが異世界転生して好き勝手やってたら、いつの間にか世界の未来を背負っていました~ やきとり @adgjm1597

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