第22話 新たな出会い
—―触らぬ神に祟りなし!
この言葉を信じた俺は、リゲルの一件を忘却の彼方に捨てた。
昨日行なった、リゲルとの一戦。
俺は最小限の力でリゲルを倒した。
その結果、彼は突然泣き出し、挙句の果てには自傷行為にまで及んだ。
その姿は、まさに悲劇のヒロイン。
まるで愛しの幼馴染を寝取った悪党みたいな地位に、俺は立たされている気がした。
だけど、よ~く考えてみて欲しい。
俺は、何か悪いことでもしたか?
そもそも俺とメルシェアの仲が深まったのは(一方的なアプローチではあるものの)、俺が第二皇女誘拐事件を解決したからだ。
ロブレムを倒し、メルシェアを助けたのだ。
そのことに関して、俺に非があるとは思えない。
しかも、決闘を仕掛けたのはリゲル本人。
ボコられたのも、あいつが弱すぎたからだ。
というか負けるのが嫌なら、そもそも決闘を申し込まなければ良かったのだ。
あいつだって彼我の差は理解していたはずだ。
——お前が手加減しろよ。もっとリゲルを気遣え!
というお叱りの声が上がるかもしれない。
んまぁ~言わんとしてることは分かる。
でもさ、俺はリゲルのお父さんでもお兄さんでもない!
ただの他人なのだ。
それなのにどうして、あいつの繊細で微細な感情の機微を察知して気を使わないといけないの?
——他人に迷惑をかけるな! 配慮が足りない!
と言われるかもしれない。
だけどね……そもそも”思いやり”とか”配慮”って、一方的なものではなく互いが発信し合うものでしょ?
にもかかわらず、あいつは俺の気持ちなんて無視して自分の感情を押し付けてきた。
「平和的にやり過ごそう」という意思の無い相手に、どうして”思いやり”や”配慮”を渡さないといけないの?
意味不明だ。
だから俺は、リゲルを”可哀想”だなんて思わない。
自業自得だ、ボケ~。
「って割り切ってんだけどな……」
窓から差す西日が、執拗に廊下を照らす。
午前中に猛威を振るった豪雨が過ぎ去り、そこからなんの区切りもなく、眩しい夕日の光が校舎を照らしていた。
眼下に広がるのは、ブリューデル戦士学院の校庭。
グラウンドを走る男子生徒や、先生に”決闘”を挑む生徒たち。
楽しそうに友達と話す女の子の集団。俺と同じくボケーとしたモサモサ頭の男子。
その光景は、前世の学校にも当たり前のようにあった世界で、なぜか俺は柄にもなく学生時代のころを思い出した。
そういえば、俺がガキのころは人間関係のことばかりに頭を悩ませていた。
だけどいつからか、世間一般に擬態することを覚えて他人の気持ちを考えなくなった。
そんな俺が、リゲルの気持ちを察したところで意味が無いのだろう。
どんだけ頑張っても分かり合えない奴はいる。
共存・共感を至上とする人間たちは、自分の想像を遥かに超えた人間に出会ったことがないのだ。
俺は、初めからみんなの想像の範囲外にいた人間だったから、そもそも「理解し合う」という発想に至らなかった。
その割り切り方が、果たして良かったのか悪かったのか。
リゲルのことを考えると、分からなくなってくる。
——あんたたち、やめなさい!
そんな俺の思考を打ち消したのは、鬼のような女性の声。
気迫のこもった迫力満載の怒鳴り声だった。
興味本位に、声の聞こえる方へ足を進めてみる。
間違っても巻き込まれないように、慎重に歩きながら。
「彼が嫌がっているでしょ?! やめなさいッ!」
「女のくせにうるせぇ~な。ぶっ殺すぞ!」
俺が辿り着いたのは、屋内闘技場。
普通の学校でいうところの、体育館みたいな場所だ。
そこでは三人の男子生徒が、一人の男子生徒に暴行を加えていた。
恐らく苛めだろう。
そこへ、一人の女子生徒が苛めをやめるように咎めている。
三人の大柄な男子に囲まれても、彼女は毅然とした態度で語った。
「なにか文句があるのなら、一対一の決闘で示しなさいよ! 一対多数なんて卑怯だわ!」
「お前さ、一年だろ? 逆らっていいのかな、先輩に?!」
「年齢なんて関係ない! それでもあなたたちは、ブリューデル戦士学院の生徒なの?」
「なにが言いたい?」
「国の未来を背負う”戦士”としての自覚があるのかって説いてるのよッ! 人を痛めつけるのではなく、人を生かすために力を使わないと!」
「じゃ~よ。お前の魔法でお前自身を生かしてみるか~!?」
瞬間、男たちが殴りにかかる。
三対一の非公平な戦闘だ。
男女の身体的なハンデは、魔力による身体強化で補える。
だがそれは、リリアお姉ちゃんのような外れ値的な存在に限っての話。
一般的には、女子一人が男子三人に戦いを挑むのはナンセンス。
恐らく、あの女子生徒は負けるだろう。
やれやれ。
この学校は野蛮だな。
そんなことを思いながら俺は踵を返す。
面倒事には巻き込まれたくない。メルシェアとリゲルの一件で、人助けは厄介事を引き起こすことを学んだ。
善人ごっこは、やりたい奴がやればいい。
「
突如、聞いたことのある呪文が耳に入った。
彼女の詠唱に引き寄せられるように、俺は後ろを振り返る。
「な、なんだこの魔法!?」
「ふ、ふざけやがって!」
「おい、俺たちも魔法を使うぞ!」
女子生徒の足元から、巨大な影が浮かび上がる。それは幽霊のように宙を舞いながら、ビリビリッとした黄色の電撃を放った。
落雷のような轟音が、闘技場内に響き渡る。
男たちは魔力で防御するが、彼女の攻撃に耐えきれず壁まで飛ばされた。
凄まじい威力だ。
思わず目を見開いてしまう。
帰ろうと思っていたのに、足が止まってしまった。
そして気付く。
あの魔法、あの詠唱……どこかで見たような気がすると思っていた。
間違いない。
あの魔法は……
——ロブレムが使っていた闇の魔法!
俺の見間違えでもない。
紛うことなき、闇の魔法だ。
あの女は、俺の求めていた闇の魔法を知っている。
そして得意げに使っている。
俺が一年以上かけても得られなかった闇の魔法を。
知りたい!
ロブレムが使っていた魔法の仕組みを!
悪魔が施した、霊魂を切り分ける魔法を!
気づけば俺は、四人のなかに飛び込んでいた。
「誰だ、お前!?」
戸惑う男たちに向かって、俺は言う。
「俺のために、血肉となってくれ」
どうやら俺は、またしても良からぬ案件に触れてしまったようだ。
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