第21話 決闘の行方

 互いに木剣を持った状態で、野外訓練場に向かった。

 ブリューデル戦士学院はいつでも生徒たちが決闘を行えるように、数多の訓練場が用意されている。

 俺たちはその中を選択し、リングに立った。


 ふと見ると、他の生徒達がなぜか観戦している。


 教師でさえ、俺たちの決闘に興味を持っているらしい。


 数メートルほど距離を離し、互いに剣を構えた。



「必ずお前を倒してバーノン家の矜持と……メルシェアの目を目覚めさせてやる!」



 小さく呟くリゲル。

 やはり俺の勘は当たっていたようだ。


 ——メルシェアを取り戻すために、俺と勝負をする


 逆恨みの激しい奴だ。

 そんなに好きなら、素直にアピールすればいいのに。

 回りくどいことをしてると、イケイケの先輩に愛しの彼女を取られちまうぞ。

 まぁ、俺にとってはどうでも良いけど。


 俺が知りたいのは、リゲルの実力だから。



「覚悟しろッ! ロスト・アルベルフッ!」



 叫び、リゲルが地面を蹴った。


 なんの戦略も無い、純粋無垢な特攻だ。

 実戦経験が乏しいのか、剣筋が綺麗すぎて読みやすい。


 完全に準備不足だな。



「頼むからガッカリさせないでくれ、リゲル」



 彼の一撃を弾く。

 リゲルの剣筋はどれも軽くて、簡単に防御できてしまう。

 正直、バーノンさんの息子とは思えない。

 あの人の方が、まだマシだった。



「ぐおおおおおッ!!!」



 リゲルの肉体に魔力が駆け巡る。

 魔力を介在した身体能力の向上で、接近戦を制するつもりだな。


 まぁ、悪くない戦略だ。

 でも、レベルが違い過ぎる。


 腕力、脚力、体幹……その全てに天と地ほどの差がある。


 俺は、奴の剣をで受け止めた。



「ッ! な、なんだ……この力はッ!?」


「——お前にはまだ、俺との決闘は早すぎるよ」



 言いながら、俺はリゲルを投げ飛ばす。

 剣に体重を乗せていた分、リゲルの体は大きく後ろへ仰け反った。


 地面を這うリゲルに向けて、一蹴り。

 魂を捉える打撃で、彼はひどく悶えた。



 防ぐ。


 弾く。


 蹴る。


 たったの三動作だけで、こいつは地面に倒れた。


 弱すぎる。


 あまりにも弱すぎる。


 一流の人材が入学してくるんじゃ無いのか?


 脆すぎて話にならん。


 あわよくば”闇の魔法”について訊いてみよう思ったのだが、どうやら期待外れのようだ。



「くッ……まだ、まだ!」



 剣を支えにして立ち上がるリゲル。


 泥のついた金髪。殺気の流れる瞳。

 憎しみの表情を浮かべながら、リゲルは剣を構える。



「諦めろ。リゲル、お前はつまらない」


「待てよ、俺はまだ……戦えるッ! あんなの、どうってことないッ!」



 ロブレム兄さんのときみたいに、半殺しにするか?

 いや、このガキはバーノン家の子供だ。下手な真似するとアルベルフ家に傷が付く。

 それは、出来るだけ避けたい。

 将来”戦士”になるうえで、家の評判は重要なファクターになるかもしれないから。


 とはいっても、俺が手加減すればこの戦いは一生終わらない。

 次は確実に終わらせよう。



「まだやるなら……”死”は覚悟しとけ」


「端から、そのつもりだァァァ!!」



 再びリゲルが地面を蹴った。

 先ほどよりもスピードが高まっている。

 奴は、俺の背後に回って攻撃を仕掛けた。

 工夫された動きだ。



「——なるほどねぇ~」



 加えて、父親譲りの風魔法が顕現している。

 あのオヤジとまで言わんが、剣術に魔法が組み込まれていた。


 まぁ、どうという話でもないが。



「クッ……ッ!」



 振り払われた一撃を、素手で受け止める。

 刹那、リゲルの顔に動揺が走る。

 お陰で、奴の動きは遅れ、腹部がガラ空きだ。


 俺は隙を付き、カウンターを打ち込む。



「ぐえッ……!?」



 リゲルのお腹に、軽く膝蹴り。

 嗚咽を漏らすと、よろけながら後ろへ退いた。


 体勢が崩れている。

 木剣を落とし、今にでも倒れそうな勢いだ。


 俺はそんな彼に向かって、怒涛の連撃に出る。



「ひぃぃぃぃ!!」


「なに勝手に終わらせてんだよッ!」


「——ッ!」


「言ったはずだぞ。”死”は覚悟しとけ、と」



 顎舌骨筋がくぜっこつきん胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきん、鎖骨、胸骨、肋軟骨ろくなんこつ……手当たり次第に、木剣で痛めつける。

 骨の破損による欠片が内臓に刺さらないように、骨折方向を【死魂眼しこんがん】で気を付けながら、攻撃を加えた。


 案の定、痴態を晒しながらリゲルは倒れた。


 敵を倒すための”魔眼”が、もはや攻撃の加減を調節する道具となってしまい不本意だ。


 この決闘のどこか、面白いんだ?


 せめてリゲルが、殺してもいいような存在だったら良かったのに。



「リゲルッ!」



 試合が終わると、第二皇女のメルシェアがリゲルの傍へ駆ける。

 流石のバカ娘も、目の前で幼馴染がボコられたら心配するよな。


 どこか眩しく光る二人の姿を見届け、俺は目を細め踵を返した。



 その時。


 背後から、リゲルの声が聞こえる。



「はな、せ……メルシェア。俺は……負けて、ない。まだ……」



 振り返ると、リゲルは未だに地面を這いつくばっていた。

 その横で冷めた視線を向けるメルシェア。


 メルシェアの呆れ顔が、針のようにリゲルを捉えている。

 これじゃ、あの子もリゲルを好きになれないよな。


 少なからず現代日本だったら、”弱者男性”とか言われて煙たがれるだろう。

 虐められないだけマシだな、リゲルは。



「はァ……」



 やれやれ。


 決闘に勝ったのに、ひどい気分だ。

 おかげで場が白けた。

 空気を読めよクソガキ。

 日本では、空気読めない奴は人間の皮を被った猿扱いだ。


 踵を返して校舎に戻ろう──と思った時。


 冷たい声が、耳に入ってきた。



「リゲルくんって……いつから、こうなったの? 昔は違ったよね……」



 メルシェアの冷徹な言葉が胸にしみる。

 さぞかしリゲルは屈辱だろう。


 俺のその他の生徒も、静かにその様子を見守っていた。



「ロストくんは私を助けてくれた恩人! 私たちの味方! どうしてロストくんを嫌うの!? プライドが傷つくから!? あんたみたいな、みみっちい子供のプライドなんかさっさと捨てろ!」



 叫びながら立ち上がるメルシェア。

 彼女の瞳には、若干の涙が流れていた。


 メルシェアは、戸惑う俺の腕を掴んで一言──



「行こっ」



 俺はメルシェアに連れられ、その場を歩き去る。



 バンッ!

 バンッ!

 バンッ!



 絶望したように倒れながら、リゲルは何度も執拗に地面を叩いていた。

 大粒の涙がこぼれ、呪詛のような独り言が聞こえてくる。


 加えて、リゲルは自分の側頭部を殴り始めた。


 パン!

 パン!

 パン!

 パン!


 拳で頭を叩く音。

 地面を殴る音。

 リゲルの、無様な泣き声。


 彼の周りだけ負のオーラが漂っていて、空間が曲がっている感じだった。


 もはや誰も手を付けられない。

 手を差し伸べる生徒は誰も居なかった。


 もちろん俺は、メルシェアと一緒にその場を去るだけ。


—――――

あとがき


ヒステリックなガキに制裁を!?


 


 




 


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