第20話 ブリューデル戦士学院
ブリューデル戦士学院。
プレトリア王国の最高教育機関として君臨する、教育の砦。
日本でいえば東大や京大みたいなものだと思う。
教育方針はただ一つ——”最強の戦士を育てること”。
この世界は、ひどく野蛮だ。
人間と魔族との対立が激しく、ひとたび海外へ飛び出せば沢山の魔族に遭遇するらしい。
そのため、「いかに魔族を殺せる人材を増やせるか」が大事なのだ。
とはいっても、魔族の殺し方は様々。
戦場で剣を振るう人間のことだけを”戦士”と呼ぶのではない。
それ以外にも役割はある。
魔法の研究や、医療技術の発展。
魔法道具や兵器の開発も”戦士”の仕事に含まれる。
要するに、「なんでも屋」ってこと。
そんなスーパーエリートを育てるのが、ブリューデル戦士学院なのだ。
その校風はかなり特殊だ。
生徒間での”決闘”が認められていること。
卒業前に冒険者ランクをAランク以上にすること。
生活に支障が出ないレベルで冒険者活動が認められていること。
図書館と闘技場が、二十四時間使えること。
寮で生活すること。冒険者活動を理由に宿をとってもいいこと。
その特徴をあげればキリがない。
正直俺も心配だ、この学園でやっていけるのか。
本当は、入学しなくても良いんじゃないかと感じる時もある。
間違えて人を殺さないようにしないとな……。
だけど同時に、戦士になるために、ちゃんとした教育機関に身を置くことは大事だと思う。
これから六年、俺はブリューデル戦士学院に身を置く。
この六年間の間に卒業単位を獲得することができれば、卒業することができる。
そして、在学中に”戦士資格”を獲得しなければならない。
”戦士資格”は、いわば国家資格。
弁護士資格とか医師免許とか、そういう類いのものだ。
この資格を獲得するために、俺はこの学校で勉強するのだ。
独学じゃ、どうしてもきつい。
それに、そろそろ親離れしないとな。
* * *
そんなこと思いながら、馬車に乗って学院へ。
何日か馬車で過ごし、俺はようやく学院の正門前に到着した。
周りには他にも多くのガキどもがいる。
さぁ~て、こいつらをぶっ潰すか、いずれは。
「あれが……メルシェア様!」
「マジでかわいい——!」
「キャーーーーー! 天使ーーーーー!」
「王女様みたい!」
「王女様だよ!」
馬車を降りるとすぐ、目に飛び込んできた人の群れ。
その中心にいるのは、言わずもがな少女漫画娘。
——メルシェア・プレトリア
この国の第二皇女だ。
「あぁ……! もしや、ロストくん?!」
「げっ」
気づかれた!?
いま、間違いなく目があったぞ!
俺と目が合うなり、メルシェアは貴族子息・令嬢をかき分けて近づいてきた。
そのサファイアの瞳を見て、ドキッとする。
くっそ、めっちゃ可愛い。
「ッ! ひ、久しぶり……あのお付き合いの件について……」
「今は見送らせてください」
相変わらず、第二皇女はぶっ飛んでやがる。
第一印象は神がかり的だったのにな。
今じゃ、ただのバカな少女だ。
お前みたいな真っ直ぐな奴は、真っ当な人間と恋をしてくれ。
そして幸せになれ。
「ふふ、可愛いぃ~」
「どこか?」
「必ずやロストくんを私のものにします!」
「好きにしろ」
「へぇ? 好きにしていいんですかァ!?」
「あっ? いや、そういうことじゃ……」
ハメられた!
少しでも気を抜けば、この女は調子に乗る。
気を付けないとな。
「ほら、行きましょ!」
「うっ……」
ほぼ強制的に手を握られる俺。
ぐいっと引っ張られ、集まった生徒たちをかき分けてぐんぐん進んでいく。
周りの視線が気になるのだが……。
だって今、俺の手を握っているのはこの国の第二皇女だ。
彼女に憧れや想いを寄せる奴らだって、たくさんいるだろう。
そんなメルシェアの特等席を独り占めしてるのが、この俺なのだ。
後々、面倒なことにならないと良いんだけどな。
まあ、そうなったら返り討ちにするだけ。
俺は、気を引き締めた。
* * *
その後、入学式が終わり、午前中の授業もすべて終了した。
メルシェアに昼飯を誘われ、食堂で学食も食べた。
結構、順調に事は運んだ。
なんだかんだ穏やかな学校だな~っと呑気に思い始めていた。
けれど、それは俺の勘違いだったらしい。
昼飯を食べ、お昼休憩を迎えた俺たち。
二人で校舎を探索していると、突然、喧嘩を吹っ掛けられた。
「おい、ロスト・アルベルフ! 俺と”決闘”しろ!」
その子は、金髪のイケメン男子だった。
いかにも陽キャって感じのガキだ。
メルシェアの取り巻きと化した俺に敵意を感じたのだろう。
彼の背後には、部下と思われる二人の男子生徒が立っていた。
「お前、そもそも誰?」
「俺の名はリゲル・バーノン! 三年前、お前が決闘した戦士の息子だッ!」
「あッ……お前、あのおっさんの」
皇族パーティーで決闘した、バーノンさん。
このガキは、あの男の息子だったのか。
そういえば
「なぜ戦う必要が?」
「俺はお前に勝ちたい! バーノン家はアルベルフ家よりも優秀だって証明するんだ!」
「お前の父親が負けて悔しいのか?」
「と、父さんは負けてない! お前なんかに負けるわけないだろ!」
リゲルがじろりと睨む。
よっぽど俺のことが嫌いらしい。
その態度から察するに、殺意の原因は他にもあるっぽいけど。
俺はリゲルに近づくと、小さな声で耳打ちした。
「リゲル、メルシェアが好きなのか?」
「——ッ!」
俺が囁くと、リゲルの頬が露骨の赤くなった。
図星だったようだ。
さっきからずぅ〜とメルシェアのことをチラ見していたからな。
嫌でも気づくわ。
「な、なわけ無いだろ! あんなブス、誰が好きになるんだよッ!」
「へぇ? か、悲しいです……」
リゲルの言葉に、メルシェアが絶望したような顔を刻む。
この娘、俺の思う以上にメンタルが豆腐らしい。
いや、「ブス」と言われて失望するのは普通だな。
仲の悪い二人だ。
とはいっても、こいつらの心理的距離はかなり近い。
好意があるとはいえ、見知らぬ女子に「ブス」と言えるのは、かなり珍しいと思う。
もしかして、この二人……幼馴染?
「なぁメルシェア、こいつのこと知ってる?」
「えぇ……イヤなほど知っています。リゲルったら、やたらと私に付きまとうんだから!」
「お前ら、幼馴染ってやつか?」
「ちげぇーよ!」
「そんなんじゃありません!」
二人の声が、同時にハモった。
これは確定演出で御座る!
二人は間違いなく幼馴染。
幼少期からの知り合いで、仲が良かったのだろう。
バーノン家と王族は交流が深いからな。
親の影響で、メルシェアとリゲルの会う機会が多かったのだ。
その過程で、リゲルはメルシェアに”好意”のような感情を持ち始めた、と……だが一方で、メルシェアは恋愛小説に溺れ、彼の気持ちに気付かなかった。
そんな中、突然外部の人間である俺が登場。
父親を決闘でボコし、戦士一族としての矜持をズタボロした上で、初恋の女を搔っ攫っていった……リゲルから見れば、俺はそういう男に映ったのだろう。
う~ん……
もし俺の推察が正しければ、なんか悪いことをした気がする。
ジャンルで言うとこの、NTRに近いのか?
「リゲル、俺の強さは知ってるのよな?」
「ッ! と、当然だ!」
「そのうえで俺に挑むのか?」
「あたりめーだッ!! 俺はお前に勝って、一族としての誇りを取り戻す!」
「ついでに愛しのレディーもな」
「——ッ!」
リゲルの気持ちは、うっすらと同情できる。
こういう人間の発揮する力がどれだけ素晴らしいかも、俺は前世で体感している。
となれば、リゲルの実力はかなり高いかもしれない。
何せ俺を倒すために、規格外の努力をしてきたと思うから。
うん、受けて立とう!
「分かった。その決闘、受けてやる」
「クックッ……あんたなんか、ぶっ飛ばしてやる!」
こうして、俺とリゲルの決闘が始まった。
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