第2章 呪術

第19話 闇の魔法

 皇族パーティーから一か月後。


 俺は何事も無かったかのように過ごした。

 リリアお姉ちゃんの稽古を受け、魔物狩りに馳せ参じ、夜は魔力トレーニングを行う。

 変わり映えのない日々である。

 だが、それは俺の思い込みであり、世界の変化は静かに、緩やかに、少しづつ、俺の生活にも影響を及ぼしていった。


 皇族パーティーで起きた、第二皇女誘拐事件。犯人はアルベルフ家の長男、ロブレム・アルベルフ。正体不明の魔法を操り、俺やメルシェアを苦しめた挙句、俺の”メルブルク”によって討たれた。

 怪異や未知の魔法を分析する魔徒解析研究所に彼の死体は運ばれ、メルシェアを誘拐した犯人がロブレムであることが判明した。

 その結果、アルベルフ家の評判はガタ落ち。

 一時期は、公爵家としての地位も危ぶまれた。

 ところが幸い、事件を解決したのもアルベルフ家の人間であったことが評価され、なんとか首の皮一枚繋がったのであった。

 もしロブレムを殺したのが他の人間だったら、今ごろ俺たちは死刑宣告を受けていたのかもしれない。


 こうして難を退けたアルベルフ家であったが、ロブレムの変貌と死亡を知り、カルマが精神病を患った。

 今では部屋に引きこもり、屋敷の中はいっそう静かになった。


 言い知れぬ邪気が、この家を覆っている感じがした。



「クッ……!」



 そんなことを考えていたら、稽古中のリリアお姉ちゃんに木剣で頭を叩かれた。



「珍しいね、ロストが余所見をするなんて」


「ごめん……」



 最近、なぜか調子が悪い。

 頭の中で色々な思考が混ざり合って、集中が切れやすくなった。


 特に、ロブレムとの一戦。


 あいつは、俺の知らない魔法を数多く使いこなしていた。


 直接俺の脳内に音声を送る魔法や、影を操る魔法。

 そして……


 


 ロブレムとの会話から考えて、あれらの魔法は”悪魔”から伝授されたものだろう。

 即ちそいつは、俺の想像を遥かに超える魔法を操れる。


 【死魂眼しこんがん】でロブレムを解析したが、術式構造が複雑で理解できない。


 このままリリアお姉ちゃんから教わるだけで良いのだろうか?

 もちろんお姉ちゃんはとんでもなく強い。


 だけど悪魔は、リリアお姉ちゃんとは比較にならないほど別次元の存在なんだと思う。


 今の俺じゃ、絶対に勝てる気がしない。


 ロブレムの言った、”闇の魔法”の仕組みが理解できれば……。



「リリアお姉ちゃん、”闇の魔法”って知ってる?」


「あぁ~聞いた事あるね。だけど使ったことはないかな」


「どうして?」


「情報が少ないのと、単純に習得難易度が高すぎるから。私の知る限り、使ってる人を見たことないよ」


「……なるほど」


「それに”闇の魔法”は他属性の魔法と違って体系化されてないんだ。そもそもどういう原理で魔法が発生しているのか、まったく分かってない」



 リリアお姉ちゃんの言葉に、深く頷いた。


 【極級剣士】のお姉ちゃんでさえも、”闇の魔法”は使わない。

 ロブレムは悪魔と接触したから使えるようになったけど、普通の人間では習得が不可能なのか?

 いずれにせよ、俺では扱えなさそうだ。

 使えたらいいんだよな、かなり強そうだし。

 なにより——悪魔を知る第一歩になる気がして。



「でもね、ロスト。焦らなくていいよ。ロストはまだ十歳だし、まだまだ伸びしろがある。二年後には”戦士学院”に入学するんだ。もっと強くなるさ」


「”戦士学院”……もう二年後か」


「うん! 楽しみだね」



 そう言って、リリアお姉ちゃんは剣を振るう。

 俺はお姉ちゃんの攻撃をギリギリとタイミングで回避。

 すぐさま統制を整える。

 俺は、再び稽古に集中し始めた。



*     *     *


 山の奥から朝日が昇る。森の茂みを、太陽の光が徐々に照らしていく。

 朝のさえずり、昼のお昼寝、夕の魔物狩り、夜空の静寂。


 日々は順調に過ぎていった。

 途中からリリアお姉ちゃんが”戦士”の仕事で家を経ち、一人でトレーニングするようになったものの、大きな支障はなかった。


 お姉ちゃんの稽古が終了したのと同時に、俺に自由時間が増えた。

 日中に実施された稽古が、丸々消えたのだ。

 だから俺は、その空いた時間を魔法の練習に当てた。



「アザベル、”闇の魔法”って知ってるか?」


『もちろんじゃ。わらわは神だからのぉ~』


「なら俺に教えてくれ」


『ダメじゃ』


「どうして?」


『わらわは神じゃ。人智を超えた存在から教えを乞うのは身を滅ぼすだけ』


「いや、俺は既に【死魂眼しこんがん】を貰ってんだが……」


『それとこれとは別じゃ』



 そう言って、アザベルは”闇の魔法”の習得に乗ってくれなかった。

 魔眼はくれたのに魔法の教育は否定するってどういうバランスなんだ、この神は。


 それでも俺は諦めなかった。


 書斎にある全ての魔導書を読破し、隣町の本屋で更に魔導書を購入した。

 その結果、俺の部屋は魔導書の海と化し、机の上には何層にも渡って本が積み重なっている。

 加えて、剣は使わず、魔法と魔力操作だけで魔物と戦うことを心がけた。


 俺は熱病めいた勢いで、次々に魔導書を読み、実践する。

 財宝を探すみたいに、俺は一ページ一ページをゆっくりとめくっていく。


 朝から夜まで。窓の景色が急速に移ろいゆく。

 部屋に引きこもり、俺はただひたすらに魔法の勉強をした。

 魔物狩りも我慢して、没頭した。


 だが——――……



「ダメだ」



 結局、”闇の魔法”に関する有益な情報は見つけられなかった。

 まるで存在しない島を探しているかのような気分だ。

 永遠に終わることのない航海を、彷徨っている気がする。


 季節は過ぎ、月日が流れていく。


 気づけば俺は、十二歳。


 遂に、ブリューデル戦士学院に入学するときだ。



—――――

あとがき


第二章が開幕しました!

学園での生活が始まります!


フォローやレビュー、よろしくお願いします!

是非とも、今作を楽しんでください!!!


 









 

 

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