第16話 不死身の兄貴

≪ロスト視点≫


 メルシェアがトドメを刺される寸前、俺はあいつの魔法を看破した。

 あと少しでも遅れていたら、彼女は踏みつぶされていたかもしれない。

 間に合ってよかった。

 お前が死ぬと、俺の未来が危ういからな。



「あ、あなたは……!?」


「ロスト・アルベルフだ。お前を助けにきた。そこで大人しくしてろ」


「あはッ……」



 なぜかジィーと見つめてくるメルシェアを置き去りにして、俺はロブレムに眼を飛ばす。

 あいつはニタニタと笑いながら、俺達を凝視していた。



「随分と変わったね、兄さん」


「そうだろ~俺は強くなったんだァ~」



 そうやって自慢に話すロブレムの容姿は、まさにホラーゲームで出てくるようなクリーチャーの姿をしていた。

 顔は青ざめ、気味の悪い筋が皮膚を走っている。

 目は赤色に染まり、口が血だらけだ。


 それはまるで、何人もの人間を喰らい尽くした”ゾンビ”だ。


 もはや人間ではない。

 なんらかの魔法を己にかけ、肉体を改造したのだ。


 ここに”アザベル”がいればな……あいつをお留守番させたのは痛手だな。


 まぁ、どうでもいい。

 こいつがどんな姿であれ、俺は殺す。

 これ以上、ロブレムの好きにはさせない。


 ——死魂眼しこんがん ”解禁”


 内心で詠唱し、剣を構え地面を蹴る。

 ……狙うは、あいつの魂!



「……今度は、負けない!」


「——ッ!」



 刃が首に届く直前、奴の全身が闇に染まる。

 一瞬にしてロブレムの体は黒い液体に変化し、地面に拡散した。


 これは——?


 肉体を”影”に変換させ、実体を消したのだ。


 どこでそんな芸当を——。


 と考える俺の背後から、大剣が振り下ろされる。

 すんでのタイミングで躱し、俺は後走りした。

 俺の目に映るのは、原形を取り戻したロブレムの容姿。



「ロブレム、この数か月……なにをした?」


「ハハハハハッ! 俺は”悪魔さま”から力を授かったのさ!」


「悪魔ッ?!」



 悪魔って……アザベルが話していた、神々の敵のことか?

 悪魔は、たしか”魔眼”所持者を食べるんだよな。


 その悪魔とロブレムが接触したのか……いつ、どこで?

 クッソ!

 思った以上に状況がややこしいな。



影魔法コヴェルナート ”ライラック”」



 斬りかかっていたロブレムは、大剣に漆黒の電撃を発生させた。

 心臓を撫でるような圧迫感が伝わってきて、膨大な魔力を感じる。

 先ほどから、魔法の規模も魔力の量も規格外だ。

 かなりの力を”悪魔”から貰ったのだろう。



「どうよ~俺の実力はッ!」


「正直、その程度って感じ? もっと見せてよ、兄さんの全力」


「調子に乗んなァァァ!!」



 グイッと、ロブレムは剣を持っていない方の手を翳す。

 直後、膨大な魔力の反応。

 黒い塊が、飛んできた。


 渾身の横切り。

 咄嗟に俺は”メルブルク”で攻撃を絶ち切る。



「魔力か」



 ごくシンプルな技、魔力を飛ばす魔法。

 当たれば間違いなく致命傷だったな。



「ククッ……流石に一撃では終わらんか」



 続いて、ロブレムが地面を蹴り飛ばす。

 周囲の足元が砕け、土壁がせり上がる。



「土魔法……」


「土だけじゃねーぞ。炎も追加だ!」



 巻き上がる砂塵が、突如として火災旋風に変化する。


 揺らぐ地面の上で身動きを制限された俺は、脱出を試みるも諦める。

 視界が炎に包まれる。


 轟音。

 煙を出しながら、爆発する。


 かなり大規模な魔法だな。



「服が焦げたな、面倒だ」



 炎に身を委ねたせいで、マントが焦げ落ちた。

 お気に入りのコートだったのにな。

 ざんねん、ざんね~ん。



「チィ……今ので怪我すらしない。どんだけ頑丈なんだ」


「まさか、もう”終わり”ってことはないよね?」



 俺がそう言うと、ロブレムは勝ち誇ったように笑い出した。

 不気味な笑みだ。

 良からぬことを考えているに違いない、と俺は確信する。



「なにか、気づかないか?」


「なにをだ」


「その”魔眼”で見てみろ、周囲の状態を」



 言われるがまま、俺は墓地を見渡す。

 暗い夜の墓地。

 静寂と殺意が蔓延る、奇妙な場所だ。

 人の気配は俺たち以外に一つもなく、誰かが寄ってくる素振りも無い。


 ——静か、過ぎる。


 あれだけ大規模な魔法を展開したのだ。

 王都の使者が来てもおかしくない。

 にもかかわらず、この場所には俺たちのみ。


 つまり——



「”結界”か」


「そのとおりだァァ!」



 数ある魔法の一つ、結界術。

 俺がロブレムの魔法を捌いている間に、こいつは結界を生成していたのだ。

 外界との繋がりを遮断し、俺を孤立させるつもりだな。



「どうしてこんな回りくどいことを?」


「今にわかるさ!」



 質問には答えず、ロブレムは自信ありげな表情で飛び込んでくる。

 俺は彼の大剣を”メルブルク”で受け止めた。

 奴の刀身に、黒い雷が迸る。

 バチバチッ! と嫌な音を響かせながらの鍔迫り合い。



「さぁ! 俺の正義がため、死にやがれ!」



 剣を振り上げ、炎を解禁。

 雷と炎を組み合わせた、巨大魔法が展開される。


 魔力量から考えて、相当な威力があるのだろう。

 撃たせれば二次災害でメルシェアの命が危ない。



「はぁ~」



 迸る閃光を眺めながら、俺はため息をつく。



「どうだ、俺の魔法は?!」


「つまらないね」


「はッ?! 調子に乗んなよォォォクソがァァァァァ!!」



 俺の反応に怒り狂うロブレム。

 俺はそんな彼に向かって——



死魂眼しこんがん ”拘束”」


「——ッ!」



 瞬間、ロブレムの”魂”が委縮した。

 俺の威圧に魂が戦慄し、彼の肉体は凝り固まったように動かない。


 俺を煽るくせに俺を恐れているから、こんな戯れみたいな技に引っ掛かるのだ。

 つくづく、詰まらない。

 「死ね」とか「殺す」とかほざくわりには何もできない小学生みたいだ。



「な、なんだ……これ」


「お前の力は充分楽しんだし……もう、終わらせよう」



 指一本すら動かせず、直立不動を保つロブレム。

 そんな奴の首に対して——ひと振り。


 俺の刃が——ロブレムの首を斬り落とした。



「グヌッ!」

「……はっ?」



 首を切断されれば、問答無用に即死するはず。

 だがどうしてだろう?


 ロブレムは、まだ生きている!



「どういうことだ?」


「グハハ……どう、だ? これが、俺の真骨頂よ。”闇の魔法”だ!」



 ”死魂眼しこんがん”で覗くも、奴の魂はしっかり消滅している。

 ロブレムの肉体に、魂は残っていないのだ。


 じゃあどうして、この男はまだ生きてる?



「戸惑っているな……それもそうだろうな!」



 自慢げに話すロブレムの首から、緑の閃光が現れる。

 すると忽ち、失われたはずの胴体が急速に形を成していく。


 これは、回復魔法か?

 首から……四肢と胴体を生やしている。

 そこまでの芸当が可能なのか?!



「どういうことだ?」


「クククッ! 俺はな、”魂”を二つに分裂させたのだ!」


「”魂”を分裂?」


「そうだ。だから肉体の中の魂が終わろうと、切り分けたもう一つの霊魂が生き続ける限り、俺は無条件で肉体を蘇生できる!」


「…………マジか」



 魂の分裂……かなり無茶なことをやってんな。

 映画とか漫画とかでしか見たことのない設定だぞ?

 本当に出来んのかよ。



「俺が結界を張った理由……これで分かっただろ?」


「俺にもう一つの魂を破壊させないため、か?」


「クククッ、大・正・解! 俺の霊魂は結界の外側にある。結界の内側から霊魂を取り出せるのは、所有者の俺だけだぜ」



 肉体と魂が分離した生物か……初めて見る。


 俺は【死魂眼しこんがん】で魂を観測し、”メルブルク”で魂の斬り方を学んだ。

 この二つの経験を活かし、俺は”メルブルク”を使わずとも、魂にダメージを与える感覚を摑む事が出来た。

 バーノンが魔力防御で俺のキックを防げなかったのは、俺の蹴りが肉体だけではなく魂にも干渉していたからだ。

 魂を知覚できないバーノンは魂の保護方法を知らない。だから俺の攻撃に耐えられなかった。


 ところが、ロブレムのような、体のなかに魂が入っていない生物に対しては、俺の攻撃は有効打にならない。

 俺の特徴を分析したうえで、こいつは対策を講じてきたのだ。


 ”魂”の分離ねぇ~。

 魂を知覚できる俺ですら、そんな芸当が可能となる自分の未来を想像できない。

 まるで異次元の領域だ。

 普通の人間に出来るとは思えない。


 ——となると



「魂の分離……”悪魔”にやってもらったのか?」


「クククッ! その通りだァァァァ!! あのお方は俺に不死身の体を授けてくださったのだッ!!」



 やはり、霊魂の切り分けは悪魔の仕業!

 つまり、こいつには再現性がない。


 とはいっても、敵の言葉は信用ならね。

 相手が不死身である以上、俺に出来ることは”アレ”だけだ。



「てことはさ——」


「?」



 思わずニヤける俺。


 俺は笑みを零しながら、口を開く。





「お前のこと、でも殺し放題じゃん」



 瞬間、奴の顔が盛大に引き攣った。


 





 






 

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