第15話 兄と弟

「娘が……メルシェアが、どこにもいない!」



 国王であられるダグラス・プレトリアが、青ざめた表情で訴える。

 バルコニーに、衝撃が走った。


 一人の男が、国王に問う。



「先ほどまで一緒に居られたのでしょ?」


「あぁそうだ」


「ならば近くにいますよ」


「お、おかしい……メルシェアは勝手にわたしの元を離れない!」



 ざわめきが広がり、みな周囲を見渡す。

 ところが、メルシェアの姿は無い。


 ついさっきまで、このバルコニーにいたメルシェア。

 他の貴族と同様に、俺とバーノンとの決闘を観戦していたはずだ。


 にもかかわらず、これだけの人ごみを潜り抜けて忽然と姿を消した。

 そんなことが有り得るのだろうか?


 多かれ少なかれ、彼女の足跡そくせきを目撃した人間がいると思う。



「父さん……」


「とにかくこっちに来なさい」



 俺は父に招かれ、バルコニーを後にする。

 混乱の渦中に巻き込まれたくないからね。


 ——と、その時。



『よぉ~聞こえるか、弟』


「おまえ?!」



 突如、脳内で響き渡る誰かの声。

 低音で、聞き取りにくい男の声だった。


 どうやら、俺にだけ聞こえるらしい。

 誰の仕業だ?

 アザベルか?

 いや、アザベルの声ではないな。


 内心で考察していると、そいつは再び声を出した。



『覚えてないのか、この俺をぉ~ひっひっひ!』


「お前なんか知らん。何者だ?!」


『汝の兄、ロブレム・アルベルフだッ!』


「——ッ!」



 虚を衝かれた気分になる。

 三か月前、あの日、あの時、俺が仕留め損ねた宿命の敵。

 俺が討つべきだった実の兄!


 その兄が、なんらかの魔法を介在して俺の脳内に音声を送っている!

 ものすごく高度な魔法だ。

 どの魔導書にも書かれていない、未知の魔法だろう。


 一体、どうして……?!



『今頃、第二皇女が行方不明となっているだろう』


「なんでお前がそのことを——!」


『俺が誘拐したからさ、第二皇女を』



 ぞっとするぐらい禍々しく、ロブレムの言葉が頭に響く。


 豪華なシャンデリアに、高そうなワイングラス。それらを兼ね備えた王城のパーティー会場は、第二皇女の失踪で騒然としていた。

 この国のトップたちが一同にして注目するメルシェアの行方。

 その鍵を、俺と俺の兄だけが握っているという事実に、ひどくぞわっとした。

 俺とロブレムの一挙手一投足が、メルシェアの命とアルベルフ家の存続を決定的なものに変えてしまうんだ。


 もし、このことからバレればアルベルフ家は終わり。

 俺たちは仲良く刑務所行きか、もしくは死刑!

 そうなれば俺の夢が……。


 いや、絶対にそれは防ぐ!

 ロブレムを殺し、メルシェアを国王に献上する。

 そして、ロブレムがメルシェアを誘拐したことを闇にもみ消す。


 それしか俺には道が無い!



「要件は? 俺はどこに行けばいい?」


『クククッ! 物分かりがよくて助かる』


「早くしろ」


『王都の外れにある、”禁足の森”に来い。そこで俺と決闘しろ』


「決闘?」


『あぁ。お前が勝ったら第二皇女は譲るさ』


「いいだろう」



 会話を終了させ、俺は妖刀”メルブルク”を手に取る。

 父に嘘をつき単独行動を許可してもらい、俺は急いで城を出た。


 向かうは、王都内にある”禁足の森”。

 王家の人間が眠る高級墓地である——。



*    *    *



≪ロブレム視点≫



「あ、あなたは何者なのですか?!」



 目を覚ます第二皇女。

 睡眠魔法が解けたようだな。



「クククッ。俺は、この国の英雄さ!」



 ロストのやつ、まんまと俺の罠にハマったな!


 俺は”悪魔さま”から、特別な力を授かったのだ。

 もはや今の俺は、ロストに負けた落ちこぼれの兄ではない。


 アルベルフ家の未来と、この国の未来を背負う”ヒーロー”なのだ。


 ”魔眼”と”妖刀”を俺の弟を討ち取る、英雄。

 それが俺に与えられた役割であり使命だ。


 事実、あの”悪魔さま”がを与えてくださった。

 今の俺なら、間違いなくロストを殺せる!


 力を授かって数か月間、俺は力を制御するために特訓を積んだんだ。


 もう、俺は負けない!

 六年前の再演だ!

 今度は、俺がロストを叩きのめしてやるよォ!!



「もうやめてください……お金ならいくらでも渡しますから!」


「んあぁ?」



 ククク。

 かの第二皇女様が俺のまえで膝を折っている。


 落ちこぼれだと蔑まれ追放された俺が、チートスキルを授かって王女様ゲット!


 グハハハハッッ!!


 我ながら良いの人生を送っているなァ~!



「金なんぞいらん」


「じゃあ、何でもしますから! い、命だけは……」


「なんでもする……? ならば——」


「ひぃやややややや!」



 俺は、皇女様の太ももに手を乗せる。



「お前の体を俺にくれよぉぉぉぉ!!」


「や、やめてください!!」


「はァァァ!? 俺はこの国の英雄だぞ。英雄は正義なんだから何をやってもいいんだぜぇぇぇ!! お前らだってな、少しは俺に感謝しやがれぇぇぇぇ!! クソがァァァァァ!!!」



 グへへへへへッ!


 俺は、皇女様の胸をモミモミする。



「ちょっ! あなた……処刑されますよ?」


「ほぉ。お前、立場分かってんの?」



 俺はニヤリと笑みを浮かべる。


 皇女様でも、常識的な教育を受けないとダメなようだな。


 立場が反転した時の、口の利き方ってやつを——俺が一から教育をしてやるよッ!



「クククッ。これは俺からの、教育的指導プレゼントだァァァ!!!」



 俺は皇女様に唇を舐めようとした。


 ところが突然。

 凄まじい波動が俺を襲う。


 なんだァ!?

 この力はァァァァ!!!


 俺は、後方の大樹に激闘した。



「グヌヌヌヌッ!」


「無礼者ですッ!」



 ク、クソがァァ!!


 と愚痴を吐くや否や、俺は再び”謎の波動”に飛ばされた。

 視認不可能な、波動攻撃!


 なんらかの魔法を使ってやがるッ!



「私はプレトリア王国の第二皇女、メルシェア・プレトリア! 自分の身は、自分で護れる!!」


「な、なにぃぃぃ~~~~~~!!」


「王の血筋、舐めないで!」



 年下のくせして、逆らいやがってぇぇぇ!!



「お前、俺に歯向かうのか?」


「それは私の台詞です」


「クッ……!」



 俺は”魔眼”を殺す英雄!

 世に恐ろしいあの精神異常者が大人になれば、間違いなくアルベルフ家もこの国も終わる!

 そのぐらい、あいつの将来は警戒すべきものなのだ。


 ロストは、絶対的な悪だ。

 殺しを楽しむ、異常者だ。

 そんなバケモノが最強の武器を得た時代、それが今なのだ!


 一刻も早く、ロストをこの世界から抹消しないと、全てが破滅する。

 今しかないのだ、あいつが子供の間に。

 でなければ金輪際、あいつを止める事は出来なくなる。


 だから、俺が正義だ!

 正義は、必ず勝たなければならない!

 正義に歯向かう奴は、全て悪だァァァァァ!!!



影魔法コヴェルナート ”ゼロ”」


「な、なんですか……その魔法は!」



 周囲の影を吸収し、巨大な拳を生み出す。


 その拳で、俺は殴りにかかる。



「おらぁぁぁぁぁぁ!! 雑魚ガキがッ!! 俺は”悪魔さま”から直々に選ばれた英雄だぞぉ!! お前みたいな上級人間にじゃ相手にならねぇんだよぁぁぁぁあああ!!」


「くぅ! 私の魔法が……まるで役に立たない」



 俺の一撃で、女は吹き飛んだ。


 まだ意識は残っているものの、魔法を顕現できるほどのリソースは無いようだな。



「ぬふふっふッ!! っざまぁ~みやがれ!!」


「…………ッ!」


「んな~服、脱げよ」


「?!」



 女は、裸でいてこそ存在価値がある。


 服を脱いで、体を捧げる。

 それがお前に残された道だぁぁぁ!!



「ぬ、脱ぐわけないでしょ!!」


「はァ?!」


「あ、あなたみたいな人に脱ぐわけないでしょォォ!!!」


「んてめぇぇぇぇぇ!! 口が悪いなァァァ」


「あなたもやろがいィィィ!!!」



 この女、マジでムカつく。

 絶対、脱がせやるよ。



「ならよぉ~皇女様。1~206のなかで好きな数字言えよ」


「好きな、数字?」



 グフフフフフフッ!!!

 人をいたぶる時は、必ずこの質問をするって決めたんだ!

 あの日の出来事が思い起こされて、ロストへの殺意が高まるからなァァ!!



「……1で」


「はァァァァァ!!! んな回答が認められるわけねぇーだろッ!」


「だってさっき——」


「もういいっ! お前みたいなクソガキは、無様に死にやがれェェェ!!」



 俺は”影魔法コヴェルナート”で、漆黒の巨人の足を作り出す。



「いっきにプチッと踏みつぶしてやるッッアア!!」



 俺は巨人の足の女を踏みつぶす!



「死ねェェェェェェェ!!! ん? な、なんだ?」



 足の裏から伝わってくる、未知の感触。

 女の体は刹那に潰れるはずなのに、手ごたえが全くない。



「おかしい……地面に、触れてない?」



 どう足掻いても、足が地面につかない。



「クッソ! なにがどうなって——」



 魔法を解き、影を元に戻す。



「お、おまえ……」



 魔法を解いて分かった、あの違和感。

 紫の双眸。漆黒のマント。懐かしい佇まい。



「ロストォォォォ!!!」


「死ぬ覚悟は、出来てるよな?」



 遂に姿を見せたな、ロストよ!


 この手で、必ずぶっ殺してやるッッ!!


 


 


 



 

 






 

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