第12話 国民栄誉賞

「皇族パーティー、ですか?」



 なんとなく、オウム返し。

 ルシウスはこくりと頷いた。



「王都で皇族主催のパーティーが開かれる。”魔眼”のお前は注目の的でな。ぜひ一緒に参加して欲しい」


「……かしこました」



 パーティーか……。

 そういうの苦手なんだよな。

 気取った服やアクセサリーを身に着けて、ワインを嗜む謎の空間。その起源を辿れば、恐らく納得のいく存在意義を見つけられるとは思うけど、乗る気になりない。


 家で鍛錬している方が、好きだ。



「お前のいいお披露目になる。楽しみにしとけ」



 笑みを浮かべながら、父は語る。

 俺は拒否権もないまま下がらされた。


 兄、ロブレムが失踪したことは貴族間でも噂となっているらしい。

 アルベルフ家の信頼を取り戻すためにも、俺を表舞台へ引っ張りたいのだろう。

 とはいっても、リリアお姉ちゃんだけでも充分な気がするのだが……。



『パーティー楽しみじゃのう~』


「そんなふうに思えるお前が羨ましいよ……」


「どうしてパーティが嫌いなのじゃ?! 美味しい食べ物がたくさん食べられるんだぞぉ~』


「母さんの料理が一番美味い」


『ふむ! でも皇族パーティーで媚び売れば、”国民栄誉賞”がもらえるかもじゃ!』


「”国民栄誉賞”? そんなもん、いらねぇ~よ」



 アザベルの言葉を、居丈高に一蹴り。


 廊下を歩きながら、俺はアザベルと他愛ない話をした。



*      *     *



 それから数日が経ち、俺と父は王都へと向かった。


 リリアお姉ちゃんと母さんは家でお留守番。

 本当はお姉ちゃんも来るはずだったが、メンタルブレイクした母さんを見守るため家で待機となった。



「パーティにはどのような人が参加されるのですか?」



 馬車に揺られながら、俺はふと聞いてみる。



「縁のある貴族が多いな。特に……”第二皇女メルシュア・プレトリア”はお前と同じ年だ」


「第二皇女と、俺が?」


「あぁ。もしかしたらダンスに誘われるかもな」



 はぁ?

 ダンスなんてやったことねぇーよ。

 これ、ヤバくね?



「安心しろ。俺の隣にいれば問題ない」


「そう、ですか」



 少し心細いな。

 というか、父親が信用ならん。

 突然無茶ぶりとかされそうだし……赤っ恥をかくのは覚悟しておこう。



「あと注目すべきなのは……バーノン一家だな」


「バーノン一家?」


「あぁ。永らく『戦士』を輩出した一流貴族だ。そこんとこの息子もお前と同じ年だからな。良いライバルになるかもしれん」


「ライバル……? 俺の方が強いです!」


「ほう、良い面構えだ。期待してる」



 今の俺は、すこぶる調子がいい。

 みんなのお陰だな。




*    *    *


 長い道のりを踏破し、ようやく王都に到着した。


 国の中心地、王都。

 四方を壁に囲む城塞都市のような構造となっていて、その中心には王城が立てられている。

 

 道路を挟む、無数の建物。

 市場や服屋や病院などが立ち並び、王都の隅には住居が設置されている。


 その建物の隙間を横切るのは、たくさんの生活音。

 水道の流れる音とか、誰かの喋り声とか。

 ふと視線をずらすと、恐らく小学生にも満たないであろう子供たちが、楽しそうに街中を入っているのが見えた。

 鬼ごっこでもしているのだろうか?


 その風景が、やけに暖かく感じられた。

 そうか!

 街のど真ん中で子供がはしゃいでも、誰も文句を言わないんだ。


 まるでアニメとか漫画とかで見たことがあるような、懐かしさと新鮮さを兼ね備えたその街の風景が、俺には太陽のように輝いて見えた。



「入るぞ」



 父に導かれ、城の中に足を踏み入れた。


 煌びやかに輝く宮殿。

 黄金の柱が天井を支え、石床が広がっている。


 王族が暮らしているだけあって、とても立派だ。

 息を呑むほど美しい。


 マジでゲームとかアニメの世界なんだが。

 こんだけ豪華な建造物を生で見るのは、前世でも今世でも無かった。


 俺は圧倒されるがまま父の後に続き、パーティー会場に入る。



「おお!」



 初めに飛び込んできた、クラシック調の音楽。

 簡易的なオーケストラが音楽を奏でていた。それに応じて踊るのは、ドレスを着た少女とスーツを着た少年。

 みんな、楽しそうだ。


 会場の至るところにテーブルや椅子が設置されている。

 ウェイトレスたちがお酒や料理をテーブルにおき、それを参加者が食べているのだ。


 まさに、貴族たちの”嗜み”を足し合わせた豪華なイベントだ。



「行くぞ」


「ど、どこへ?」


「第二皇女だよ」



 マジで言ってんのかよ、このクソオヤジ。

 作法も何も分からぬまま、この国のトップとご対面するってわけか?


 本当に平気なのかよ……ご無礼を犯して、死刑宣告を受けなきゃいいんだけど。

 流石に俺も、詰まらない死は迎えたくない。

 どうせなら、自分よりも強い奴に殺されたいな。



「来たか、アルベルフ」


「久しぶりだな、プレトリア」



 会場の一番奥に座る、一人の男。

 派手な衣装を着て、黄金に輝く王冠を頭に乗せている。

 この男こそ、プレトリア王国の国王……ダグラス・プレトリアだ。


 国王は立ち上がると、側近に耳打ちをして、娘を呼び寄せた。



「ほらおいで、メルシェア」


「はい、お父様」



 聡明な声が、後ろから聞こえる。

 その声に吸い寄せられるように、俺は後ろを振り返った。

 ——すると。



 目を、奪われた。

 近づいてくる、一人の少女に。

 呼吸を、忘れかけた。



 国王の指示でやって来たのは、第二皇女――メルシェア・プレトリア。

 小柄な体を包むのは、可愛らしい水色のドレスだ。スカートがふんわりと盛り上がって、鮮やかな折り目を作っている。

 下から上へと視線を上げると、ほっそりと鎖骨が見えた。

 その上には真っ白な首があって、彼女の顔を支えている。

 そして俺の目がメルシェアの顔を捉えたとき、彼女の視線と重なった。


 サファイヤのように美しい、瞳。

 まるで矢のように鋭い瞳孔は、俺の胸を射抜くほどに綺麗だった。



「メルシェア・プレトリアです。いつも父がお世話になっております。本日はお越しいただき、ありがとうございます」



 可愛くて、気品のある挨拶。

 容姿に加えて、立ち振る舞いや言葉使い、声質さえも完璧だ。

 これが、国王の血を引く者の”才”なのか。


 有象無象とは一線を画す、特別なオーラがある。


 とても九歳とは思えない。



「は、初めましてロスト・アルベルフです」



 緊張のせいで声帯が固まる。

 差し伸べられた手を握るのでさえ、精一杯だ。

 握手だけでも緊張する。



「ロストは”魔眼”持ちなんだ。知ってるだろ?」


「あぁ、Sランク冒険者になったそうで……大変素晴らしい」



 国王と父が言葉を交わす。

 父さんはため口で話しているけど、はたして大丈夫なのだろうか?

 立場とか、しがらみとか……。


 俺だったら絶対に敬語だな。


 とはいえ、穏やかなムードだ。

 恐らくこの二人は仲が良いのだろう。


 続いて父はメルシェアに話しかけた。



「メルシェアさま、とても美しく成長された」


「いいえ、とんでもございません」


「謙遜しなくて良いのだぞ。アレを見ろ。貴族の坊やたちがお前に釘付けだ」


「お恥ずかしい限りです」



 普通にセクハラ……だけど、意識しなくて良いな。ここは、異世界だから。

 これは、優しい親戚ムーブなのだ。

 俺が出る幕もないだろう。


 このまま平穏に終わってくれれば……。


 そう願ったとき、ふいに背後から話しかけられた。



「君が”魔眼”の子ね~」



 振り向くと、そこには一人の男。

 白銀の鎧を着た、背の高い男だ。

 顔はイケメンで、金髪もかっこいい。

 こいつ、「ナルシスト系男子」と見た!



「これはこれは、バーノン」


「お久しぶりです、アルベルフさん」



 バーノン……どっかで聞いたことのある名前だな。

 そう思っていると、馬車で聞いた父の話を思い出した。


 —―あぁ。永らく『戦士』を輩出した一流貴族だ。そこんとこの息子もお前と同じ年だからな。良いライバルになるかもしれん


 バーノン一族……俺たち同様に、『戦士』を輩出する貴族。

 たぶん、かなりの実力者なのだろう。



「初めましてバーノンさん。ロスト・アルベルフです」


「うん、君の話は聞いてる。Sランク冒険者でしょ?」


「は、はい。一応ですが」


「ふ~ん。ちなみに俺は『特級冒険者』だ」


「ソウナンデスネ」



 圧を感じるのは俺だけだろうか?

 いま、マウントを取られた気がする。

 俺の勘違いだと良いのだが……。



「ロストくん、”特級冒険者”って知ってるか?」


「知りません」


「ほんの数名に与えられる特別な称号なんだ。Sランクよりも尚高い、最上位ランク。どんなクエストも受けられるんだ」


「すごい、ですね」


「んまぁ~分かってくれればいいんだ」



 バーノンは勝ち誇った目で、俺を見下ろした。

 この男は、九歳の俺に対して自慢話をしたのか……大人げないな。


 早く退散したい――そんなことを思った。

 やっぱりこういう世界に俺は似合わないな。


 だけど、ここにいる奴らがそれを否定する。



「ロストくん~」


「なんでしょ?」



 バーノンは邪悪な目つきで、俺を見つめる。

 一方で父は、俺とバーノンとのやり取りを「面白い」と言わんばかりの笑みで観察していた。


 嫌な予感がする。


 そして、バーノンは告げた。




「俺と決闘しよう」



 うわぁぁぁぁぁぁ!!!

 めんどくせぇぇぇぇぇ!!!



 

 



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