第13話 暗躍する影

数カ月まえ……




≪ロブレム視点≫


 クソ!

 妖刀”メルブルク”が、ロストを宿主に選んだ。

 これじゃ、たんにロストを強化しただけじゃないか!!


 家出した俺は、近くの街で流浪していた。



「腹が……減った。ちからが、でない」



 あの家には戻れない。

 戻ったら、確実に殺される!


 おまけに季節は冬。

 地面は雪で染まり、白い息が漏れる。


 いつ凍死してもおかしくない……。

 なんて、無様なんだ!

 俺は、負けたんだ。

 クソ、クソがッッ!!!


 俺は、街の裏路地で倒れた。

 意識が、遠のいていく。


 そのとき、華奢な影が視界に映った。



「おっと奇遇ですね、ロブレムくん」


「フェアラート!」



 俺に妖刀”メルブルク”を渡した少年。

 アルベルフ家の分家の息子、フェアラート・アルベルフだ。


 俺は、こいつと一緒にロストの殺害計画を立てた。

 ”試練”中に盗賊を送り込んだのも、フェアラートの仕業だ。



「お前のせいで、俺はこのざまだ……どう責任を取ってくれる?!」


「し、知りませんよ。全部あなたのミスでしょ?」



 こいつ、年上の俺に向かって歯向かうのか?

 分家のクソガキ風情が調子に乗りやがって……お前みたいなガキが一番ムカつく!

 ロストと同じようにな!



「ミス……? 俺は何も間違ってない! 悪いのは、お前と妖刀だッ! ちゃんと仕事しろよ、ボケ」


「だからどうして……?」


「お前がもっと優秀な殺し屋を雇っていれば、とっくにロストは死んでたんだ!」


「それはしょうがないね。殺し屋が悪いんだ」


「こんのやろぉ~責任転嫁するなァァァ!!!」



 俺はフェアラートの首を絞める。



「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!! ご、ごめんない……」


「じゃあ金出せよ!」



 今の俺には金が無い。

 フェアラートが全て悪いんだから、俺に金を渡すぐらい普通だよな。



「わ、わかった。財布を渡す」


「全部、抜き取ってやる!」



 ところが、財布の中は空っぽだった。

 金貨はおろか、銀貨すら入っていない。



「な、なにもない……どうして?!」


「僕にお金なんか必要ありません。なくても食べていけますので」


「ば、ばかな……馬車はどうやって借りた?」


「馬車? ここまで歩きました」



 歩いてきた?

 そんなわけあるか!


 フェアラートの屋敷からここまで、どんだけ離れていると思ってんだ?


 歩けば、間違いなく凍死する。

 五体満足な姿でいられるハズがない。


 こいつ、俺に嘘をついたな!

 絶対、許さねぇ~!!



「ふざけるな!! 年上の俺に嘘をついたな! お前、どういうつもりなんだッッ!!」


「ほ、本当に持ってないんです」



 クソがッ!

 結局、このガキも信用ならない。


 俺はアルベルフ家の長男。

 正義と神に選ばれた人材なのだ。


 そんな俺が、こんな仕打ちを……。

 どうして正しいことをして傷つけられなきゃいけないんだッ!?

 なぜ悪が勝つ?!


 俺は、俺は——アルベルフ家を救うヒーロなのに!


 俺はこいつの襟首を掴み上げた。



「ひぃぃぃぃ! 許してください!」


「舐めんじゃねぇーぞ! 俺だってな、やる時はやるんだッ! お前やロストみたいなバケモノにも負けないッ! ここでぶっ殺してやるッ!」


「ま、待ってくださいまし……」


「んあッ!?」



 クソ雑魚め。

 ようやく金を出す気になったか。


 早く俺を満足させてみろ。



「ぼ、僕のがロブレムくんに興味を持ってて……」


「はッ?」


「もしよかったら、僕の友達に会ってくれないかな?」


「ふっざけんな! それどころじゃねぇーよッ!!」



 俺はフェアラートを投げ飛ばした。



「ま、待って! 僕の友達は、ロストを殺す方法を知ってるんだ!」


「——ロストを、殺す、方法?」



 思わずオウム返し。

 ”魔眼”を倒す手段を、こいつの知り合いが知ってんのか?



「うん。だから会ってくれませんか? きっとロブレムくんにとっても悪い話じゃないと思うんだ」


「——だまれ」


「うん?」



 ニヤける俺。

 瀕死の敵にトドメを刺すみたいに、俺は口を開いた。



「そんな大切な情報……どうして早く俺に教えなかった?」


「えっ……」



 壁の隅っこで横たわるフェアラートの顔が、かすかに引き攣った。

 どうやら図星のようだな。


 やはりこいつは信用できない。


 命を懸けてでも、こいつを殺してやる!


 ——そのとき。






『待て』



 背筋が、凍った。

 心臓が飛び出そうなくらいに。

 声の出し方を、忘れた。



 突如、俺の耳に入ってきたのは、男の声。

 人間の声帯では出せないような低音ボイスだ。

 少なからず、フェアラートの声ではない。


 声に釣れられ、俺は振り返る。


 そこには——



『お前に、”力”を授けよう』



 世にも恐ろしい、ドス黒い影が蠢いていた。




*      *      *



現代




≪ロスト視点≫



 突然、バーノンに決闘を申し込まれた俺。

 拒否するタイミングすら奪われ、俺たちは闘技場に案内された。


 闘技場は、王城のバルコニー。

 夜の王都が一望できるこの場所で、俺はバーノンと戦うのだ。


 正直、お偉いさんのまえで戦うのは気が引ける。

 俺に拒否権が残されているのなら、すぐにでもこの場から消え去りたい。


 戸惑う俺に対して、父さんは耳打ちした。



「ロスト、これはアルベルフ家の”アピール”だ」


「アピール? つまり……最初から俺に決闘させるつもりで?」


「すまんな。アルベルフ家の存亡に関わるのだ」



 当主なりの考えや立場がある。


 ロブレムが失踪したせいで、アルベルフ家の評判は急降下したらしい。

 だから貴族が一同に集結する皇族パーティーで俺の実力を知らしめることで、家の悪評を取り除きたいのだろう。

 父さんの発言から、俺はそんな意図を感じた。



「善処します」


「頼むぞ、ロスト」



 後ろから肩を掴まれる。

 父さんの顔が、告白前の男子に見えた。


 一般的に考えて……

 十歳の子供に一族の未来を賭けるか?


 やっぱり、この世界の住民は頭がおかしい。

 まともなのは俺だけだな。


 内心で愚痴を吐きながら、俺は木剣を取る。

 目線の先には——”特級冒険者”のバーノン。



「じゃあ早速始めよう。俺は手加減するから安心してくれ」


「はい。手加減してください」


「ふっ、随分と弱気だな」


「”特級冒険者”であられるバーノンさんに、勝てるわけないでしょ~」


「むふんッ! よく分かってるね、キミ」



 よし、これでいい。

 とにかく相手の油断を誘うんだ。

 徹底的に警戒を解かせて、隙を見せた時にヤる!


 それも一撃で!



「では、決闘開始!」



 審判員の合図とともに、運命の決闘が始まった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る