第11話 妖刀 メルブルク

 もう既に、手放したはずの右腕。

 治療は不可能だと思って諦めていた体。


 大切な腕を失っても、俺はなぜか妙に達観していた。

 失明した時も、怪我を負った時も、自分の体が自分のものだと思えなくて、どこか他人事のような気がした。


 そしてその感覚は、今も変わらず残り続けている。



「腕が……生えてる?」



 ”タイガーキング”の急襲を受けて切断された腕が、なんの脈拍もなく治癒されている。傷や違和感が一つもない。


 刀を握った際に現れた声の主。

 きっと、そいつが俺の腕を治したのだ。

 根拠なんてまったくないのに、熱病めいた確信が俺の中で宿る。



「ち、ちくしょう……どうしてお前はいつも恵まれるんだ?!」



 ロブレムの怒鳴り声が、部屋を斬り裂く。

 さっきまでの穏やかな表情は消え去り、代わりに”決闘”の時に見た、あの憎しみの形相が見えた。



「ロブレム兄さん、もしかして俺をハメましたか?」



 答えを出すのに、時間はかからなかった。

 ロブレム兄さんは、この呪いのような剣を使って俺を殺そうとした。


 鞘を抜いたときに感じた、あの息苦しさや目眩。

 それが何よりの証拠だった。


 ロブレムは、不貞腐れたように答える。



「そうだぁ! その妖刀は、使用者の魂を吸い取る力がある。それを利用してお前を殺そうと思った」


「ふ~ん、つまり俺が兄さんを殺しても問題ないね」



 目の前にいるロブレムの顔が、かすかに引き攣った。

 ざまぁ~みろ、と俺は思う。


 妖刀で人を殺すと何が起きるのだろうか?


 逃がさねえぞ、と俺はニヤけながら近づく。


 だけど、思わぬ邪魔が入った。



「やめて! ロスト!」



 母さんの声だ。

 振り向くと、涙を流す母さんが見えた。

 気が動転していて、何が何だか分かってない様子だ。


 俺は必死に状況を説明しようと思い、言葉を掛けようと思った。

 ところが次の瞬間、ロブレムは部屋の窓ガラスから飛び降りた。


 一抹の隙を付いて、彼は逃亡したのだ。



「——ッ!」



 やられた、と苦心する。

 割れた窓ガラスに顔を突っ込んで辺りを見渡すが、ロブレムの姿は無い。

 逃げ足だけは速い奴だ。

 腐っても、アルベルフ家の人間……魔力を利用し身体を強化したのだろう。



「大丈夫か?!」



 音に反応して、父とリリアお姉ちゃんが部屋に来た。

 泣き崩れる母の背中をさする父。

 そして訝しげに俺を見つめるリリアお姉ちゃん。



「ごめん、みんな」



 なんだか申し訳なくて、条件反射的に謝る。

 俺の言葉を聞いて、お姉ちゃんは「はぁ~」と深くため息をついた。


 難しい顔をして、眉を顰めている。

 そして怒ったように、お姉ちゃんは言った。



「やっぱぶっ殺しておけばよかった、ロブレム」



 ありったけの殺意が、部屋に充満する。




*     *     *


『ほっとけばいいのさ、そんな輩』



 宙に浮かびながら、アザベルは憮然と答える。

 自部屋に戻った俺は、今日起きたことを全てアザベルに話した。



「でも……殺せるなら殺せばよかった。あいつ、マジでムカついた」


『妖刀”メルブルク”を使うとはね~なかなか鋭い暗殺計画じゃ』


「褒めんなよ!」


『褒めてないわ~でも、お主が”メルブルク”を掌握してよかったのぉ。おかげで腕も戻ったし、これで更に強くなるのじゃ!』


「まぁ……そうだけど」



 理解できるが、納得はしない。

 結果的には好都合だ。でも、一歩間違えたら死んでいたかもしれない。


 恐怖……というよりも怒りか?

 例えば、瀕死の虫けらが殺虫スプレーを掻い潜って顔面に飛び込んできたら、誰だって驚き、そして怒るだろう。

 それに似た感情だと思う。


 雑魚が踏ん張るほど、俺はイラつく。



「次会ったら、絶対殺す」



 自分の心に刻むように、ゆっくりと言う。

 俺は壁に取り付けた”メルブルク”に手を伸ばすと、わずかに刀身を抜いた。


 紫色の刃と漆黒の波紋。

 龍の紋様が掘られた鞘。

 握りやすい、大きな柄。


 それは、今まで見たどの刀剣よりも禍々しく、迫力がある。

 刃が鞘に触れる音も、柄を握りしめた感触も、その全てが特別な気がした。



「次は、必ず……」



 燃え上がる殺意は、留まることを知らない。



*      *      *



 木剣を、ひたすら振る。

 対するリリアお姉ちゃんが、凄まじい速度で迫る。

 互いの剣先が重なり、轟音が響く。

 俺たちの汗が、宙を舞った。



 森の中、日が暮れるまで魔物を殺す。

 妖刀”メルブルク”は、生物の魂を切断する力があった。

 敵の硬度・防御を全無視して、攻撃できるのである。

 強くなりすぎて、つまらない。

 けれど、これが”メルブルク”の真骨頂ではなかった。

 根拠はないけど、俺はこいつの性能を完全に引き出せていない気がした。


 夜の部屋で、魔力トレーニングを行う。

 机には書斎から取り出した魔導書が積まれている。

 父から借りた一メートルほどの杖を持ち、呪文を唱えてみる。

 すると、炎が顕現。杖を使えば魔法は生み出せる。

 けれど魔法剣士は、杖無しで魔法を発動できないと駄目。

 だから、なんとかして手ぶらで魔法を習得しようと試みた。


 冬が終わり、春がきた。

 雪はすっかり解け、桜の花びらが宙を舞った。

 この世界にもソメイヨシノがあったこと……俺は心底驚いた。

 九年間もこの世界にいて、やっと桜の存在に気付いたのだ。


 風に揺れるピンクの花弁。地面を旋回する葉桜。

 すじ雲が輝く晴天の空。

 毎朝、そんな景色のなかで剣を振る。

 リリアお姉ちゃんの稽古を受け、魔物狩りへ出発。

 屋敷へ帰宅したらご飯を食べて、魔法訓練。

 魔力を全て使い果たし疲労困憊したら、ベッドに直行する。


 そしてようやく、俺は手ごたえを感じ始めた。

 妖刀”メルブルク”の使い方や、天魔速神術てんまそくしんじゅつの完全習得。

 そして杖を介在しない魔法の習得。


 ——これなら、確実に殺せる!


 そう思うと、俺は久しぶりに力んでいた体が緩んでいくのを感じた。


 そんなある日、ルシウスに呼ばれた。

 何か用でもあるのだろうか?


 書斎を訪ねた俺に、彼は言った。





「二週間後、王都で皇族パーティが開かれる。一緒に行くぞ」

 


 心底、面倒だと思った。



 


 


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