第5話 独立をかけた戦い

 リリアお姉ちゃんとの修行が始まってから、俺の日常は加速度的に進んでいった。

 気づけば三年の月日が流れ、俺は九歳になった。




「おぉ。太刀筋が良くなったよ、ロスト」



 俺と木剣を交えながら、リリアお姉ちゃんが感心したように言う。

 俺はそれが嬉しくて、にやけながら答えた。



「リリアお姉ちゃんのお陰です! ありがとうございます」


「ふふ! やっぱりロストは可愛いねぇ~もうこれ以上背が伸びないで欲しいよ」



 そう言って、リリアお姉ちゃんが俺に抱き着く。

 稽古中にも関わらず。



「リリアお姉ちゃん、い、息が……」


「あらごめんっ」



 一族最強の魔法剣士は、お胸も最強であった。

 抱擁するだけで、相手の息を止めてしまう程の大きさ。

 三年修行しても、これだけは未だに慣れない。


 というか、今は稽古中なんだが……。



『実の姉に興奮するとかキモいじゃの~つくづくお主は変態じゃ』



 アザベルが余計なことを言ってくる。

 誰が、変態なんだッ!

 俺は正常だぜ!



「リリアお姉ちゃん、今は稽古中だから止めてぇ~」


「あっ言い忘れてた。稽古は今日でだよ!」


「えっ?」



 中断?

 どうしてだ?

 ——と質問を重ねる暇もなく、リリアお姉ちゃんに導かれて俺は屋敷の中へと入る。

 彼女の雰囲気から察するに、これはドッキリと悪ふざけとかの類じゃなくて、本当に”何か”あるのだろう。

 少し不安を抱えながら、俺たちは”書斎”へと向かった。


 父がいる、書斎に。



*    *    *



 書斎に到着した。


 リリアお姉ちゃんを置いて、一人で部屋の中に入る。

 入ってすぐ、本を手に取る父の姿が見えた。

 頭を下げ、要件を聞いてみる。



「お待たせしました、当主様。ご用件をお聞かせください」


「うむ。そんな固くならなくても良いのだぞ。そっちのほうがパッパも嬉しいからな~」


「いえ、当主様。そうはいきません」



 父親のことをパッパと呼んでいた頃が懐かしいな。

 そういえば、あの頃は包丁一本で魔物と戦ってたっけ?

 今考えると、頭おかしいな。



「ロストは先月で九歳となった」


「はい」


「そこで”試練”を課すことにした」


「はぁ……ですが”試練”は十歳から始まるのでは?」


「お前の兄——ロブレムが引き篭もり、おじ様が怒り沸騰中でな。その緩和剤としてロストにはいち早く活躍して欲しいのだ」


「ほ、本気で言ってます?」



 出来損ないの兄のために、俺が尻ぬぐいか……。

 かなり面倒な事態だな。

 とはいえ、ロブレムの人生をぶち壊したのは紛れもなく俺だ

 きっと、あの決闘をきっかけに”トラウマ”を抱えたんだろうな。

 ざまぁ~みろ。



「”試練”の年齢制限は、気にしなくて良い。お前ならきっとできる」


「はい」



 さすがに早すぎだとは思うんだけどな。

 父の語る”試練”は、アルベルフ家に伝わる”慣習”みたいなもので、一族全員が突破してきたものだ——兄のロブレムを除いて。


 ”試練”の内容は——冒険者ランクCになること。


 さほど難しい訳でもない。

 まぁ、余裕だろう。

 というか、むしろ俺にとっては好都合だ。



「分かりました。喜んで受けて立ちます」



 遂に、だ。

 ようやく”魔物狩り”を再開できる。

 三年越しの欲求発散、といこうか!






 一週間後。

 馬車に乗って、隣町のレヴィ―ル城塞都市にやってきた。


 レヴィ―ル城塞都市は、街が巨大な壁に覆われており、人口密度がかなり高い。


 この街で冒険者登録を行い、冒険者活動を開始していくというのが定石だ。



「人が、多いな」



 城塞都市というだけあって、アルベルフ家領地よりも活気づいている。あらゆる人間の声や生活音が充満していた。


 父から貰った大金で宿を取る。

 今日から毎日、”試練”を突破するまでこの街で生活しなければならない。



『冒険者ランクCか……時間がかかりそうじゃ』



 俺の頭上をフワフワ浮かぶアザベルが、不満げな表情で言った。

 首を縦に振って、俺も肯定する。



「”冒険者”は、”戦士”を目指す人間が必ず通る道だからね。いわば夢追いアルバイト、みたな立ち位置さ」


『アル、バイト?』



 ”戦士”は、国家資格を突破した者のみが就く職業だ。

 それに対して”冒険者”は、年齢制限さえ満たしていれば誰でもなれる。


 剣と魔法に一生を捧げた人間が食っていくためには、”戦士”か”冒険者”のどちらかでお金を稼ぐ必要がある。


 だから、こうしてせっせと冒険者ランクを上げるのさ。


 だけどアルベルフ家は、冒険者を”お遊び”だと思っている。

 事実、九歳のガキにこんな”試練”を与えていることが何よりの証明だ。



「まぁ、どちらにせよ俺には嬉しい限りだ」


『やっと魔物を殺せるのじゃ! よかったのぉ~ロスト』


「そうだな。俺の眼に映る全ての魔物を惨殺してやる」



 冒険者登録を終え、早速クエストに挑戦する。

 このひと時が、胸をどこまでも高揚させてくれる。


 三年越しの魔物狩り。

 殴り放題、斬り放題。

 そして、一人暮らし。

 全てが魅力的で、にやける顔面を引き締めることができない。


 俺の抑止力であるはずのアザベルでさえ、ニタニタ笑っている。

 なんだよ、お前は”あっち側”だろ。

 



*     *     *



 ロスト・アルベルフがレヴィ―ル城塞都市に到着した頃、遅れてこの街を訪れた者たちがいる。


 全員が漆黒のロングコートを羽織り、口元を布で隠していた。

 腰には剣が装備されており、物騒な雰囲気を漂わせる一方で、街の城壁を見上げて男たちは笑う。



「ははは! 久しぶりの”暗殺依頼”だぜ」

「小童っめ、気を引き締めな。今回の相手は”怪物”だ」



 後方に控えていた仲間の一人、数珠を握るババアにそう言われ、男たちは唸りを上げる。



「ふん、たかが子供一匹で大金だ。ババアに言われなくとも、きっちり殺してやるさ」


「だけど……が弟の殺害を依頼するなんて変ですけどね」


「ああん? 納得できないのか?」


「そ、そんなこと言ってないだろ!」


「んああ、文句あんのか!」


「——黙りなさい!」



 男たちの口論を沈める、数珠のババア。

 鈍重な声色で、ババアは語りかける。



「今回の相手はアルベルフ家の神童だ。なにせ”魔眼”を覚醒させたらしい」


「”魔眼”か……そいつは気味が悪い。数百年に一度の逸材だな。なかなか面倒なターゲットだ」


「噂によれば、三歳で兄を半殺しにしたと聞きました」


「はッ、そういう感じね。才能ある弟に畏怖して殺せってわけか」


「不満か?」


「いや……むしろ大金が貰えるから構わね」



 そう言って、彼らは街の中を歩く。

 これから手に入る大金の想いを馳せながら。



「天才くんよ、俺たちの食料となってくれ」



 奴らの魂が、漆黒に染まる。

 

 

 

 

 

 



 

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