第6話 底辺冒険者

 冒険者にはそれぞれランクがあって、俺は一番下のEランクに分類される。

 ランクが高ければ高いほど、危険なクエストに挑戦することができ、報酬も多くなる。


 俺がいま出来ることは、森に棲むゴブリンを狩ること。

 一時間近く森の中を散策し、既に五匹以上倒している。

 討伐を完了させ、ゴブリンの頭部を切り取ってリュックの中に入れた。


 レヴィ―ル城塞都市は、緑豊かな森林に囲まれている。

 多種多様な魔物が生息し、森の奥にはSランク級の魔物もいるらしい。

 だが、森の奥へ行かなければ強力な魔物には遭遇しない。

 そう思うと、意外とこの森は冒険者に優しいのだ。


 戦闘に慣れるまでは、俺も奥へは行かない。

 調子に乗ると、昔のように失明するかもしれないからね。



『つまらんなぁ~もっと暴れようよ~』


「俺は臆病な人間なんだ」


『お主が臆病? 冗談じゃろ』



 宙に浮かぶアザベルが小言を言う。

 こいつから見た俺は、どんだけ野蛮なんだよ。

 俺は、その辺に居る普通の人間だ。


 身の丈にあった行動を心がけるし、無茶は止めた。

 生き急いで強力な魔物と戦う必要は無いのだから。

 ゆっくりじっくり、狩猟を堪能したいのでね。


 とはいえ、物足りない。

 ようやく魔物狩りが解禁されたんだ。

 もう少しだけ背伸びしようかな。


 そう思いながら歩いていると、咄嗟に気付く。



「——ッ!」



 並みならぬ、気配と殺気。

 空中に浮いているアザベルも察知したようだ。



『おろろぉ! これは……人間じゃぁ~ロスト、こいつら殺さないか?』


「う~ん、確かに殺したいんだけどな……」



 ゴブリンを殺すだけでは満たされない、己の欲求。

 殺人を犯すことで得られる快感が、喉から出るほど欲しい。


 だが、無意味な殺人は犯罪に等しい。

 前世のように、自分の首を絞めるかもしれない。

 俺は失敗から学ぶ男だからな、同じ過ちはしないのさ。



「取り敢えず、顔ぐらいは出そうかな。相手が悪党だったらぶっ殺す」


『そうじゃね、そうしよう!』



 にやりと笑って、俺たちは気配のする方向へ足を進める。


 生い茂る草木を払って歩くと、やがて俺たちを囲んでいる不審者たちに遭遇した。

 全員、黒ずくめのロングコートを羽織っていて、見るからにヤバそうな人たちだ。



「お前が、”魔眼”のガキか」


「俺を知ってるんですか?」


「あぁ、悪いがお前には死んでもらう」



 そう言って、奴らは剣を引き抜く。

 ジリジリとした殺気が、俺の身に降りかかる。


 奴らの言動から考えて、こいつらは殺し屋か。

 だとしたら、誰かに雇われたのか?



「雇い主はだれ?」


「ほう。殺される寸前なのに堂々としてるな。加えて、俺たちへの分析を怠らないと」



 この反応……黒幕は身近な人間だな。

 まぁ、どうでもいいんだけどね。



「はぁ……君たちが悪人でよかった——ありがたい」



 これは正当防衛だ。

 故に犯罪ではない。

 殺しても問題ない。


 あぁ~~~最高だ。

 生身の人間をボコせるのは、六年ぶりか。

 今まで修行を頑張ってきてよかった。


 これは、神様からのご褒美だな。


 俺も鞘から剣を抜く。

 魔力を循環させ、笑みを浮かべたまま叫んだ。



「遊びの時間だァァ!!」



 全身の魔力を巡らせ、身体能力を向上。

 その状態で剣を握り、地面を蹴った。


 刺客の首に、一筋の刃を刻む。



「んなッ!」



 まずは一人目、頸動脈を絶ち切った。

 瞬間、真っ赤な鮮血が樹林に降り注ぐ。


 先手の初手は上出来。

 さぁ、次はどうするかな。



「クソガキッ!」



 敵の大剣が振り下ろされる。

 重い一撃だ……これは避けるのが得策。


 身をひるがえし、攻撃を回避する。

 と思ったら、後ろから急襲がやってきた。



「”死魂眼しこんがん” 解禁」



 【死魂眼しこんがん】の察知能力で、見ずとも攻撃を躱す。

 隙をつき、男の腹部に刃を——。

 横一文字の如く薙ぎ払った剣筋が、男の腹部を切り裂いた。

 これで、二人目。



「”魔眼”だ、気を付けろ!」


「無駄だよ、お前らにはどうにもできない」



 【死魂眼しこんがん】は、いわば万物を見通す千里眼。

 直接的な攻撃能力は持ち得ないが、相手の分析には大いに役立つツールである。

 要するに、警戒もクソもないのだ。



「頼むから早々とバテないでね~」


「黙れ、クソガキがッ!」



 迫りくる剣技を捌き、【死魂眼しこんがん】で隙を見抜く。

 そこへ俺のカウンターを注ぎ込み、敵を一体ずつ狩っていく。

 完璧なコンビネーションだ。


 とはいえ相手も殺しのプロ。

 魔力をまとわせ、器用な攻撃を展開してくる。

 一発でも受けたら致命傷だな、油断は禁物。


 でも、やっぱり速度は俺の独壇場だ。

 リリアお姉ちゃんのおかげだな。



「お前ら、囲んで殺すぞ!」


「ごめ~ん、それも想定済み」



 男たちの進行に合わせて、俺も突進。

 リズムが変わったことで男の動きが、わずかに遅れる。軌道のブレた一振りを剣で弾き、渾身の膝蹴りをぶち込んだ。


 骨を砕き、その破片が内臓にぶっ刺さる。



「こ、これはなんだ……」


「【死魂眼しこんがん】でお前の体内を看破した。

肝臓、すい臓、胃、肺、横隔膜……その全てに肋骨と骨盤の破片が刺さった。お前はもう、終わり」



 案の定、男は口から血を吐き倒れた。



「に、兄ちゃん!」



 背後に立っていた女が発狂する。

 お前、こいつの妹か……いいね、こういうのは滅茶滅茶そそられる。



死魂眼しこんがん ”拘束”」


「ひぃぃぃぃ!」



 【死魂眼しこんがん】は、魂を知覚することが出来る。

 その力を利用し、肉体ではなく、観測した魂そのものに恐怖を植え付けることで相手の動きを封じる——これが、【死魂眼しこんがん ”拘束”】である。



『その技を待っておったぞ、ロスト』


「お前が喜ぶと思って使ってみた」



 俺はニチャ~と笑みを刻みながら、女に近づいた。

 彼女の首に刃を添える。



「ッ!!」

「怖いか?」



 女は絶望した顔をしている。

 恐怖に肉体を封じられ、息をすることすら困難。

 あ~かわいそうに。



「これは魔法ではない。単純な威圧だ。心の脆いヤツほどかかりやすい」



 女の首を斬り裂く。

 鮮やかな血液が、宙を舞った。

 とても美しい。


 これほどの傷を受ければ絶命するだろう。

 俺は即座に視線を戻した。



「お前ェ……よくも俺の嫁をッ! 嫁を返せェ!!」



 視線の先には、大柄の男がいる。

 この団体のリーダーだろうか。

 雄たけびを上げながら、剣を構えて向かってくる。

 俺への殺意を大海のように震わせながら。


 良い、それで良い。

 それでこそ、真の殺し合いだ。


 振り回される男の剣を、躱し、そして弾く。

 怒りに支配された攻撃では、どうしても精度が甘くなる。

 そんなんじゃ、俺を殺せないよ。



「おいおい、せっかくの殺し合いなんだ。最後まで楽しもうぜ~」


「黙れ! 俺たちは生きるために必死なんだッ! 誰が、命なんか賭けたいと思うんだッッ!!!」


「ん~イミフメイ」



 分からんな、どうして苦しそうなんだ?

 おまえら、殺し屋なんだろ?



「”殺し”を生きる為の手段にしてる人間は、俺に勝てない。なぜなら……俺にとって”殺し”はなんだから!」



 型無しで突っ込んでくる男の肉体を、魔力を込めた足で一蹴り。


 受け身を取り損ねた男は、俺の蹴りを浴びて地面に倒れた。

 苦しそうに悶える彼の心臓を、剣で一突き。

 喘ぎ声とともに、男は絶命した。



「そ、そんなリーダーが……」



 大黒柱が潰されて、男の部下たちは動揺する。

 先ほどまでの殺気が、嘘のように消えていた。

 まさか、こんな腑抜けた団体だったとは……つまんねぇ~な。



「早くしろよ、日が暮れる」



 バットを担ぐように、剣の側面で肩を叩く。

 さっさと来いよ。


 男たちはビビりながらも、未だ剣を構えている。

 そうだ、それでいい。

 最後まで闘志を燃やすのだ。



『【死魂眼しこんがん ”拘束”】で一掃するのはどうじゃ?!』


「それじゃ~物足りない。せっかくの戦闘なんだ、最後まで楽しみたい」


『いいのぉ~それでこそロストじゃ』



 とはいえ、俺だって分別は弁える。

 殺すのは、俺を殺そうとしてきた者だけ。

 もしくは自殺願望のある人間。


 それが俺の価値観。絶対に破らないルール。

 一流の男は、マイルールに従うのさ。



『ふむ、マセガキじゃ~』


「こちとら、濃密な時間を過ごしてきたもんで」



 会話を終え、剣を構える。

 あいつらも準備を終えたらしい。目に炎が宿っている。


 ——そのとき。



「孫の仇じゃ!」



 老いぼれの声が聞こえてきた。

 目を凝らすと、男たちの奥に白髪の生えた一人のババアが見える。

 手に数珠を絡ませ、意味深な呪文(?)を唱えていた。


 と同時に、やや離れたところから巨大な音が聞こえる。

 鈍い音だ……これはまさか。



「——足音だな」



 呟いた直後、ババアの背後から巨大な虎が現れた。

 魔物である。

 レッドウルフやゴブリンの比較にならないほど巨大な大きさ。



「バ、ババアが魔物を連れて来たぞぉぉぉ!!!」

「逃げろぉ~!」



 恐竜のようにデカい虎。

 その圧倒的な威圧に怯んだ盗賊たちは、一斉に退却を始めた。


 発狂し、剣を捨て、一目散に走りだす。


 だが、その虎は次々に人を襲う。

 強靭な歯で噛み砕き——ビチャ!

 一人、また一人が盗賊が食われていく。


 あのババアも頭部を食べられていた。

 その景色はまるで、一度は思い浮かべたであろう地獄のような眺めだった。



「ようやく、骨のある奴が来たな」



 その光景を見届けながら、俺は剣を構える。

 ——互いの視線が、交差した。


 

 


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