第4話 優しいお姉ちゃん

 【死魂眼しこんがん】を獲得し、視力を取り戻してから、日常は忙しなく過ぎていく。

 剣士の達人に剣術を教わり、毎日が修行と魔物狩りで埋め尽くされていた。


 気づけば、俺は六歳。

 あれから三年の時が経過していた。






『良いのぉ~昔よりも強くなっておるぞ、ロスト』



 宙に浮かぶゴスロリ少女、アザベルが見下ろして言う。


 俺は、自部屋で魔力トレーニングを行っていた。



「お前が”魔力”の使い方を教えてくれたからだ。感謝してる」


『そうじゃ! そうじゃ! もっとわらわを褒めるのじゃ!』



 得意げな顔つきでアザベルが胸を張る。

 アザベルは、褒められると直ぐに喜ぶ。

 この一点のみにおいて、俺とこいつは類似していた。



「アザベル、いまの俺だったら”悪魔”にも通用するか?」


『調子に乗るな。お主は、魔法の深淵の隅にも入っておらん』


「はぁ~まだダメか。結構頑張ってるつもりなんだが」


『お主の成長スピードは物凄いぞ。間違いなく常人以上じゃ』


「俺、天才なので」


『調子に乗るな!』


「痛っ!」



 アザベルの拳骨が、俺の頭皮を痛める。

 どうしてこんな酷いことをするのだろうか?



 この世界には、まとな奴が俺しかいないのかよ。




*     *     *



 翌日の朝。

 屋外訓練場で剣の素振りをしていると、メイドさんに屋敷の玄関へと導かれた。


 メイドさん曰く、アルベルフ家にとっての”重要人物”が訪問したらしい。

 まさか、国王とか?

 そう思って焦り始めていた俺を待っていたのは、金髪の女性だった。


 絵に描いたようなスリムな肉体と、腰まで伸びた金髪。

 高層マンションの最上階に住んでそうなぐらい整った、品のある顔つき。


 彼女は、リリア・アルベルフ——歳が十個以上離れた、俺のお姉ちゃんだ。



「久しぶり、ロスト。元気だった?」


「お久しぶりです、リリアお姉ちゃん。屋敷に帰って来たのですか?」


「そうだよ。ロストが六歳になったから、本格的に剣術と魔法を教えてやれ~ってお父様から言われたんだ。ロストは”魔眼”持ちだっけ?」


「はい。ほら、この通りです」



 即座に俺は【死魂眼しこんがん】を開眼させた。

 身の回りの物体から数多の魔力や魂を感じる。

 もちろん、リリアお姉ちゃんの魔力も——。



「うわ、初めて見たわ。なんて素敵な眼なの……」


「ありがとうございます。僕は、リリアお姉ちゃんみたいな立派な魔法剣士になります」


「グへへ~私はそれほどでも……」



 リリアお姉ちゃんは、一族最強の魔法剣士だ。

 魔法剣士とは、魔法と剣を織り交ぜながら戦う”戦士”のことを指す。


 アルベルフ家は、剣術も魔法も同時に扱えるように訓練されるのだが、リリアお姉ちゃんは一族の中でも別格の魔法剣士。

 単騎での国家転覆を可能とする、【極級戦士】にも任命されている。



「——あ、そういえばロブレムはどうしてる?」


「え? あっ……」



 ロブレム——三年前、俺がボコった兄だ。

 懐かしいな、そんな奴いたわ。



「あれからずっと部屋に引き籠っています。体は、回復魔法で完治したと聞きましたが」


「ふ~ん、無才がむやみやたらに天才に挑むから落ちぶれるのよね」


「でも最近は……屋敷を出て街に出ているとメイドさんから伺っています」



 正直、ロブレムのことはどうでもいい。

 あのとき殺害したのも同然だから、俺の記憶のなかでは既に”故人”みたいな立ち位置なんだよね。



「いっそ、死ねば良いのに。弱い男なんてアルベルフ家にはいらないのよ」


「だったら俺が殺したいな」



 【死魂眼しこんがん】を通して伝わってくる、リリアお姉ちゃんの殺気。

 この眼で解析するからこそ分かる、彼女がどれだけの怪物か。


 こうやって俺と話している時でさえ、まったく隙が無い。

 リリアお姉ちゃんの一挙手一投足が、周囲に生息する生物の手綱を握っている。


 

「ロストはあいつなんかに時間を割いちゃダメよ。は私がするんだから」


「分かりました。”戦士学院”の入学も六年後ですから」



 俺の家系は、「ブリューデル戦士学院」に進学するのが慣習らしい。

 超一流の戦士を育成するための学校で、リリアお姉ちゃんも”戦士学院”の卒業生だ。

 入学は六年後。

 その間に、強くならないと!



「あの……結局、リリアお姉ちゃんは俺に剣と魔法を教えてくれるんですか?」


「もっちろ~ん! 可愛い可愛い弟のためなら!」



 もぎょ~とリリアお姉ちゃんが俺を抱きしめる。

 マシュマロみたいに柔らかい胸の膨らみが、俺の顔を覆い隠した。


 洗剤の香り、めっちゃええやん!



「それじゃあ早速、始めようか。魔法と剣、さっきにどっちを習得したい?」


「剣です! 剣の方が”やりがい”があります!」


「うん、まったく同感。剣は、『自分の手で殺してる』って感覚があるから最高だよね。生きてるって感じがする」


「は、はい!」



 こうして俺は、新たなる修行の日々を開始した。

 最強のお姉ちゃんから剣と魔法を教わるのである。

 そして夜は、自部屋でアザベルから魔力コントロールの真髄を学ぶ。


 ゆくゆくは”悪魔”と戦う日が来るので、そのときまでに実力をつけなければならない。

 ちなみに、”悪魔”とアザベルのことを知っている人間は俺だけだ。リリアお姉ちゃんはおろか、両親にも話していない。


 課題は山のよう。

 訓練は毎日。

 自由時間はシャボン玉のように消滅し、魔物狩りをする暇など無くなった。


 最初は、忙しさで欲望を誤魔化した。

 生き物を殺したい、という欲望を。


 だけど、だんだん欲求が抑えられなくなった。

 せめて魔物だけでも……殺したくて仕方がない。

 動物が食欲を抑えられないのと同じだよ。


 


 


 

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