第3話 合法的な殺し合い

≪ロブレム視点≫


 俺の名は、ロブレム。

 六歳。


 かの有名なアルベルフ家の長男だ。


 アルベルフ家は、優秀な「戦士」を輩出してきた由緒正しき家系。


 魔物を駆除し、魔族を滅ぼす。

 俺たちは、選ばれし人間。

 悪を徹底的に排除するんだ。

 この世から悪は消えなければならない。



「ロブレムさま、夕食のお時間です」



 いまは夕食の始まり。部屋で一人、シェフの作った料理を堪能する。



「あの……大変恐縮でございますが、ロストさまの件について……」



 メイドが、渋い顔で口を開く。

 やれやれ。

 俺が教育してやらないとな。



「君さ……俺がいつ話すことを許可したっけ?」



 部屋に沈黙が走る。

 はぁ~これだから若い使用人は使えないんだよな。



「食事の邪魔なんだよね。わざわざ言わないと分からない?」


「いえ、そういう訳では御座いません。ただ、ロストさまが”魔眼”を授かったとのことで……ご報告を」


「あのさ、俺に向かって”否定語”から始まるのやめようね。君は俺のおかげでお金がもらえて生活出来てるんだから、口の利き方には気を付けな」


「すみません。もう二度と、あのような事は言いません」


「ん~実績の無い子が幾ら吠えても信用できないんだな~俺はさ、アルベルフ家の長男だよ?」


「で、では……どうすれば許してくれますか?」



 ちゃんと教育してやらないとな。

 ここはとっておきの罰を与えよう。



「俺にパンツを見せながら、”うんち”って十回言ったら許してあげる」



 女がスカートを上げて俺にパンツを見える。

 おぉ~今日は白だ!



「うんち、うんち、うんち、うんち…………」



 女は顔を真っ赤にしながら、俺の言う通りにした。



「んまぁ~今日はこのぐらいにしてやるかな」



 やれやれ。

 メイド長は新人にどんな教育をしてるんだ。

 ちゃんと躾しないと、俺が面倒見なくちゃダメじゃないか。


 それに……気がかりなのは、メイドだけじゃない。



「ロスト……!」



 弟のくせして、調子に乗りやがって。

 ”魔眼”を授かって、生意気なガキにならないと良いのだが……。

 丁度いい機会だ、ロストと決闘しよう。

 あいつに身の程を教えてやらないとな。

 弟を正しい道へと導くのも、兄貴の役目だからね。

 はぁ~やることが多くて、やれやれだぜ。



*       *      *


主人公ロスト視点≫



「ロストと決闘させてください」



 ロブレムの下卑た声が、俺たちの間を通り過ぎる。

 どこからか、”邪悪”を感じさせながら。


 現にロブレムの魂は、下水道の水みたいな色をしていた。



「三歳のロストと戦うというのか? いくらなんでも差が在り過ぎだ」


「し、しかし……ロストは”魔眼”がありますし、父上だってロストの実力は重々承知でしょ?」



 剣術や魔術の訓練を受けた六歳の少年が、右も左も分からぬか弱い弟に決闘を申し込む……父親として、このような理不尽は認めなくないのだろう。

 父は、ロブレムの提案に否定的だった。


 だけど、それと同時にアルベルフ家は実力至上主義の家系でもある。

 「戦士」は命を懸けて魔族と戦う職業だ。

 故に暴力による理不尽や虐めは、むしろ日常茶飯事……兄貴と姉が殴り合っているのも、何回か拝見したことがある。


 俺も参加したかったんだよな~兄姉喧嘩に。


 だから答える。



「その決闘、受けて立ちましょう」


「ほぅ……」



 父が興味深そうに目を細める。

 よし、このまま決闘に突入して……ロブレムをぶっ殺そう。



「三歳のお前が?」


「もちろんです。なんなら”魔眼”無しでも勝てます」



 この世界に来てから、初めて人間と殺し合うんだ。

 やっぱり、拳と拳を通わせてこそ!……だよな。


 だけど、兄貴ロブレムは俺の提案に納得してなかったようだ。

 少し眉をひそめながら、俺に圧を掛けてきた。



「ロスト、お前は弟なんだから言動を慎め。生意気な態度に出るのなら、それ相応の罰を与えるよ」


「ふ~ん。お兄ちゃんが僕に罰を与えるのか……」


「なんだ? 不満か?」


「ううん。僕に罰を与える前に、死なないといいですね」



 よし、言ってやったぜ!




*      *      *



 場所を移して屋外訓練場へ。

 俺とロブレムを囲むように、数名のメイドと両親が立っている。


 全員が、俺たちの決闘を見守る。



「ロスト、お前は調子に乗り過ぎだ。少しは挫折したほうがいい」


「既に失明経験があるので挫折はしてます。人生経験が薄いのはお兄ちゃんのほう」


「やっぱお前、ここでぶっ潰すわ。もう一回失明させてやるよ」


「そのまえにバテないでね」



 メイド長が試合開始を告げる。

 刹那、ロブレムは地面を蹴った。


 さすが、同じ血を分けた兄貴だ。

 身体能力が人間のレベルじゃない。

 地球人と比較したら、象とネズミぐらいの差があるな。


 俺は奴との距離を維持しながら、右手に持った木剣を振る。

 一つ一つの攻撃が致命傷になり得るから油断は禁物。

 体を半回転だけ捻って、ロブレムの攻撃を避けた。



「ワンパータンだよ」

「——ッ!」



 連撃を全て躱されて、ロブレムの顔に動揺が浮かぶ。

 焦燥に駆られているな……。


 俺の予想通り、奴は必死の形相で襲い掛かる。



『【死魂眼しこんがん】は使わないのぉ? つまらんなぁ~』



 防御に熱中する俺に退屈したのか、アザベルが余計なことを言う。


 しょうがない、少しは使ってやるか。



「”死魂眼しこんがん 解禁”」



 瞬間、俺の眼が薄紫色に変色する。

 これが【死魂眼しこんがん】の発動だ。



「あれが……”魔眼”」



 俺の眼を見て言葉に詰まるロブレムとは対比的に、父は目を細めながら言葉を漏らした。

 父よ、兄貴にも興味を持ってやってくれ。

 じゃないと、可愛い可愛いお兄ちゃんが闇落ちしちゃ~う。



「”魔眼”のお出ましか……これは面白い」


「マジかよ。さっきまで”魔眼”無しでロブレムとやり合ってたのか?」



 ざわざわと観客たちの間で波風が立つ。


 いつもはオーバーリアクションな父が、真剣な顔をして俺たちの試合を見てるのだから、かなり集中している。


 無理もない。

 千載一遇のチャンスで手に入れた能力なのだから。

 誰だって驚くよね。



「お前は、アルベルフ家史上最高の天才かもしれん」

「パッパ、大袈裟。でも、お兄ちゃんよりは絶対強し!」



 俺は睨みつけるようにロブレムを見た。

 ニタニタと笑う。


 すると、ロブレムは顔を真っ赤にして怒鳴った。



「ロストッ……お前は所詮、”魔眼”に恵まれた凡々だ。俺が、本当の”才”を教えてやるッ!」


「そこまで言うなら、”魔眼”はやめるよ。正々堂々、で終わらせてあげる」



 そう言って俺は、【死魂眼しこんがん】を抑え、木剣を場外へ投げ捨てた。

 ここまでハンデをやるんだから、文句は言わないで欲しいな。


 だけどロブレムは、なぜか怒ったままだ。



「なんのつもりだ?!」

「別に。正々堂々戦おうと思ってさ……」



 というよりも、【死魂眼しこんがん】の役目は終わった。

 この戦いにおいて欲しかった情報はただ一つ……ロブレムの骨の本数だ!


 俺は【死魂眼しこんがん】を通じて、奴の骨の本数を解析した。

 全部で、221本だった!



「お兄ちゃん、1から221のなかで一番好きな数字を言って」


「はっ?」


「はやくぅ~!」


「…………ジャスト、100だァ!!」



 俺の質問に呆れたのか、ロブレムは雄叫びを上げながら突進してきた。

 まっすぐこちらに向かってくる。



「百か……たしかに丁度いい」



 思わず、笑みが零れる。

 これほどまでに気分が高揚したのは、久方ぶりだ。

 さぁ~てお望通り、百本いきますか!



 半身を巧みに翻しながらロブレムの斬撃を避ける。

 木剣が振り下ろされたタイミングで、俺は奴の手首に蹴りを入れた。


 その一撃で、肘の関節を砕いて筋を破壊。

 苦痛に耐えきれず、ロブレムは木剣を落とした。



「……んあ!?」



 隙を付いて、腹部に膝蹴り。

 次いでに、両脚の関節も粉砕した。


 もう、ロブレムは立てない。

 惨めに涎と涙を垂れ流しながら地面に倒れた。


 さて、”仕上げ”の時間だ。



「まずは肩甲骨を砕いて、次に肩鎖関節を壊すね。ここが連鎖的に破壊されると、腕が使い物にならなくなるよ。んでもって肩関節を粉砕して、上腕骨は分かりやすくポキッとやっちゃおうか」

「ま、待ってく——うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 哀れなお兄さんだ。

 動物みたいな声を出しながら、血走った目で涙を流している。


 ナイスリアクションだよ。

 嬉しいな、拷問し甲斐があるよ。



「肋骨は……二十四本全部やっちゃっていいよね。うん、最高だね」



 ここまで楽しい時間は久方ぶりだ。

 あ~人を拷問しても逮捕されない世界、マジで極楽だぜ。


 俺は、そんな甘い匂いにそそられながら、地面に落ちた木剣に手を伸ばした。

 肋骨は、木剣で破壊しようと思う。


 ——ところが。



「そこまでです、ロスト様」



 俺の背後に、決闘を見守っていたメイド長が現れる。

 俺の腕を掴んで、拷問を中止させた。



「なぜ止めるの? ”決闘”は死者が出てもいいはずでは?」


「死体処理が面倒なので」


「魔物に食わせればいいだろ」


「……たしかにそうですが」



 心臓を突き刺すみたいに、父親の鋭い視線が飛んできた。

 これは「中止」の合図だ。



「トドメ、差しちゃダメ?」

「ダメだ。お前の才能はよく理解したから、もう充分だ」

「ありがとう」



 木剣を納め、父に頭を下げる。


 ロブレムは殺せなかったけど、父には認められたので満足だ。

 本音を言えば、殺した上で認められたかったけど。

 とりあえず、あいつの悲鳴が聞けて良かった。


 俺はみんなに一礼したあと、訓練場を去った。


 

 

 










 

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