第2話 死魂眼
死のうと思ったら、厨二病患者の声が聞こえる。
メイドさんかな?
『わらわはメイドじゃないわい! それに厨二病とは何じゃ?!』
「心の声が聞こえるのか?」
『そうじゃ。わらわは”神”じゃからのぉ~』
神?
こんな厨ニ病が?
まさかね……。
『だから厨ニ病とは何じゃ?』
「子供ってこと」
『なにぃぃぃ~~~!!!』
神を名乗る女か……。
死の間際にして、とんでもない奴に目を付けられちまったな。
てか、こいつは本当に”神”なのか?
そういえば、”魔眼”がどうたらこうたら~って言ってたけど胡散臭い話だぜ。
『胡散臭いとは酷いのぉ~わらわはお主を見込んで”魔眼”を与えようと思ったのだぞ。感謝せいっ!』
「感謝しろと言われてもな……その”魔眼”とやらがどんなものか分からないと何も言えない」
『ほほおぅ~ならばさっそく試してみるがよいぞ」
厨二女がそう言った瞬間、俺の目に違和感が混じった。
暗黒だった視界が、一瞬だけ真っ白になる。
一秒にも満たない些細な変化だったけれど——次の瞬間、俺の世界はカードを捲るように一変した。
目が、見えるのである。
懐かしい、部屋の風景。
色も質感もなにもかもが、昔と同じように俺の目に入ってくる。
「視界が……」
『どうじゃ、視力が復活したろ?』
そう言って俺の瞳に映り込むのは、漆黒のドレスに身を包むゴスロリ少女。
こいつが、”神”か?
『わらわの名は、アザベル。この世の理を超越せし、神々の一人じゃ』
”神”と名乗る謎のゴスロリ少女――アザベルは「えへん」と胸を張りながら、そう語った。
”神”と呼ぶには随分と幼児的なスタイルであるものの、まぐれもなく空中に浮いている。この様子から考えて、”只物”では無いことは確かだね。
「ふ~ん……さてはお前、厨二神のアザベルだな。神のなかで一番弱い、雑魚ゴッドだ」
『なんじゃそれは! 勝手に変な名前を付けるでない!』
「あだ名はいいもんだぜ、厨二神さんよ」
まさか神様に会えるとはな。
俺の人生も捨てたもんじゃないぜ。
「んで、”魔眼”はどうやって使うんだ?」
『それが”魔眼”じゃよ。お主の眼を元通りにしたではないか』
「えっ? なんかもっとさ、『万物を見通す千里眼!』とかそういう類のものじゃないの?」
『なにを言っておる~たかが人間如きに”魔眼”を与えるわけがないじゃろぉ~』
うっわ、なんか裏切られた気分。
視力が回復したのは嬉しいけどさ、”魔眼”って言い方は完全に詐欺だろ。
「アザベル、お前を詐欺師の神に任ずる!」
『お主、無礼にも程があるぞ』
「だったら本物の”魔眼”をくださいな~オナシャス」
『あげるわけないやろがい』
「あれぇぇぇ~もしかしてかのアザベル様も”魔眼”なんて持ってなかったりして?」
『バカにするでないッ!』
ベシっと頭を叩かれた。
”神様”って、もっと寛大なお方じゃないのかよ。
『いいかお主、強大な力には強大な責任が付き物なのじゃ』
「ヘェソウナンデスネ……」
『お主が本物の”魔眼”を手にしたら、恐らく死ぬぞ』
「——どうして?」
『”悪魔”に狙われるからじゃ!』
悪魔?
本当に存在するのか……。
まぁ神がいるんだから悪魔もいて当然か。
『神と同等の力を得た人間は、”悪魔”にとって養分。お主じゃ確実に死ぬで』
「ふ~ん、じゃあ逆に言えばさ……”悪魔”を殺せば一件落着でしょ?」
『勝てる算段でもあるのかい? 相手は悪魔じゃ』
「勝てる算段っていうか……”悪魔”を殺しても犯罪にならないなら大丈夫さ。刑務所行きは耐えられないからね」
『グヌ……お主ほどぶっ飛んだ人間は初めてだ』
訝しげにゴスロリが見つめる。
かなり驚いているようだ。
それに次いで、俺も笑顔のまま話を続ける。
「どうせ全部殺すんだ。”悪魔”もヤってやるよ」
『呆れるのぉ~なんて傲慢なのじゃ』
「褒めんな、照れる」
『褒めてなんぞおらん!』
「さっさと”魔眼”を渡してくれ」
目が復活したせいで、さっきから全身が疼いている。
俺の全細胞が「魔物を殺せ!」と訴えかけているのだ。
早く森に行かないと、欲望が爆発しそうだ。
『はぁ~お主と話していると頭が痛くなってくる』
「悪魔って神の敵なんだろ? だったら俺が悪魔を殺せばお前のためになる、悪い話じゃないはずだ」
『なにを偉そうに~でも、それは正論じゃ』
「だろ」
『調子に乗るな』
二度目の頭叩きが降臨。
既に俺の頭部には、巨大なたんこぶが出来ていた。
ゴスロリのくせに強い拳だぜ、まったく。
「んで、どうするんだ? 契約するか?」
『お断りじゃ!』
俺の希望が、刹那にして分断された……と思ったのだが。
『――のはずじゃ。だけど、お主はやっぱり面白いのぉ~こんだけのバカは初めてみたでござる!』
「バカじゃない。”個性的”と言ってくれるかな?」
『口の回る男じゃ。まぁ、そこも含めて見込みあり』
「お前、見る目あるね」
『キッモ』
「おい、ガチで傷つくのやめろ」
『まあ許すとしよう。ほれ、手を出しな』
差し出された手を、俺は卵を持つみたいに優しく握った。
すると凄まじいスピードで、視界が変化していく。
白や紫といった、色とりどりのオーラが見えるようになったのである。
『これは【
「すげぇぇぇぇ! 味気ない日常の風景が、まるでアニメの世界に入ったみたいに、美しく鮮やかに映し出される」
『【死魂眼】の効果は、念じればオンオフ切り替え可能じゃから、練習して必ず習得するのだぞ!』
さっきまでの暗闇が、まるで嘘のようだ。
いつもは見過ごしていた日々の情景に、なぜこれほどまでに心を動かされるのだろうか。
それはひとえに【
「アザベル、ありがとう。必ず悪魔を殺して、お前を幸せにしてやる」
『~~~!! 人間如きが調子に乗るな!』
本日三回目の拳骨が、俺の脳天を打ち抜いた。
さすがの俺も、涙を流さずにはいられない。
だけど、なぜか、こんなにも頭を悩ませる痛みを置き去りにして笑ってしまう自分がいる。
多分それは、子供がクリスマスプレゼントを貰ったときの万能感に近いのだろう。
人生を二周して、俺はようやくサンタさんの素晴らしさを理解できた。
『お主と悪魔が対決するその日まで、わらわはお主の隣で見守るとするか』
「好きにしろ」
さぁて、こうなったら本格的に修行でも始めるか。
包丁一本で戦うのも今日で卒業だぜ。
なにせ俺の敵は、神々の敵――悪魔なんだから。
* * *
「聞いたぞロスト!」
バン、と扉を開けて父が入ってきた。
ノックしてよ。
「”魔眼”を授かったそうじゃないか! ”魔眼”を授かるなんて滅多にないのに……お前という奴は!!」
俺が”魔眼”を授かったことは、メイドを通じて両親や兄姉に知らされた。
ヤンチャして失明した息子が”魔眼”まで貰って視力を復活させたのだから、相当嬉しかったのだろう。
絞め殺されるんじゃないかと思うほどに、強く情熱的に父は俺を抱きしめた。
「パッパ、息できない」
「あぁ……すまない。つい嬉しくてな……」
涙を流す父。
心の底から俺のことを大切に思ってんだろう。
この世界の住民は、みんなこんな感じなのかな。
現代日本じゃ、子供は父親のサンドバッグだったのに……場所によって子供の存在意義が違うのはマジでおもろいな。
そんなことを考えていると、不意に棘のある声が聞こえてきた。
ふと、ドアのほうに目を向けてみる。
「やぁロスト、”魔眼”を授かったんだってな」
「うん、そうだよロブレム兄さん」
こいつの名前は、俺の三つ上の兄、ロブレム・アルベルフ。
金髪に赤い眼の、ちょっぴり怖めの兄さんだ。
どうやらこいつは、俺のことが嫌いらしい。
言わずもがな、ロブレムが不敵な笑みを浮かべて口をはさんだ。
「父上、俺に提案があります」
「なんだ?」
「ロストと決闘させてください」
マジかッ!
もしやこれは……
ロブレム兄貴を合法的に殺す、最高の機会なのでは!?
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