第1話 天職
自分が異世界に転生したことに気付いた。
すぐに気が付いた。
まず、見慣れない天井。
木で作られた、ゴシック様式のような形をしていた。
次に違和感を感じたのは、体の変化だ。
声を発すると聞こえてくる、赤ん坊の泣き声。
言葉の代わりに、涙が出てくるのは何故だろうか。
おまけに、体が鉛のように動かない。
全身の筋肉が風船のように萎んでしまったのかと畏怖するほどに、俺は満足に体を操れなかった。
それもこれも——俺が赤ちゃんだからである。
* * *
≪三年後≫
アルベルフ公爵家。
それが、俺の転生先だ。
生まれて間もない俺を、いつも面倒見てくれた両親やメイドたちの話を聞いているうちに、そう理解した。
ロスト・アルベルフ、これが俺の名前である。
なかなか良い名前だと思う。
アルベルト公爵家は、かなり地位の高い家柄で、国王とも面識があるらしい。
貴族の中では、とても有名な家系だとかなんとか。
またメイドの話によると、俺は幾多の兄姉たちの一番下、すなわち末っ子であることが分かった。
最初は驚いたけど、まぁ末っ子は一番甘えてもらえる子供なので心底うれしかった。
てなわけで、この三年間、俺はこの世界の実情について少しだけ知ることが出来た。まだまだ分からないことだらけだが、生活が困らない程度には情報収集したさ。
とくに——
この世界は、俺にとって天国かもしれない。
「ロスト、お前はいつか立派な『戦士』になれ」
「……せんし?」
「あぁ。『戦士』っていうのは、魔族っていう悪いモンスターを退治するんだ!」
ある日突然、父親が俺に言った。
最初は「イミ不明~」って鼻をほじっていたけれど、父の話を聞いているうちに気分が高揚してきた。
なぜって?
そんなの——魔族が殺し放題だからだよぉぉぉぉ!!!
どうやらこの世界は、人間と魔族が長らく対立しているらしい。
圧倒的な魔力と魔法技術で、人間を殺してきた魔族。
そんな奴らに対抗するため、【戦士】は日夜戦っているのだ。
つまり【戦士】になれば、好きなだけ魔族を殺せるというわけ!!
うひょ~~宝の山だぁぁぁぁぁ!!
前世では虫を殺すことすら否定されたのに、ここでは”魔族”も”魔物”も”犯罪者”も殺していいんだ。
法的に問題ないから、際限なく狩れる。
まさに天国、極楽!
神さま、マジでありがとうございます!
こうして俺は、この世界を存分に楽しむことにした。
* * *
初めにしたことは、魔物狩り!
包丁の使い方は生前にマスターしておいたので、稽古とか訓練とかそんなものは置いといて、早速”ダンジョン”に足を運んだ。
おまえ、修行は?
というお叱りの言葉があるかもしれない。
だけど、俺は我慢できないんだ。
殺したくて仕方がない。
せめて、魔物だけでも……。
三歳の子供は”ダンジョン”に入っちゃいけないのだが、子供時代は法律に縛られないボーナスタイムなので、そんなの無視!
殺したい奴がいるなら、なるべく子供の時にヤッておくのがお得なのさ。
刑務所に入らなくて済むからな。
俺がやってきたダンジョンの名前は、”禁じられた森”。
数多くの魔物が生息する、かなりヤバめの森林地帯だ。
こうやって独り言を吐いている間にも、どんどん魔物が寄ってくる。
さぁ~て、どれから遊ぼっかな!
「ガルルッ」
初めて喧嘩を売ってきたのは、”レッドウルフ”という名の魔物だった。
その名の通り、真っ赤な体毛を身に着けた狼型の魔物である。
「お前はたしか、腹部の中心点と眼球が弱いんだよな~」
魔物の特徴は「魔物図鑑」で暗記した。
図鑑に掲載されている魔物は、全て頭に叩き込んだ。
狩猟において、獲物を知ることが最も大切だからね。
「ガルルッ!」
俺の予想通り、レッドウルフは遠慮もなく飛び掛かってきた。
「来たな!」
攻撃を見切り、地面をスライディング。
奴の真下に潜り込み、包丁で腹部を切り裂いた。
多量の返り血が、俺の顔面に降りかかる。
「ガルルッ!!」
レッドウルフは、うんこを我慢する子供のように、身を縮こませながら地面に倒れた。
腹が弱いってのは、本当だったらしいな。
「「「ガルルルッ!!」」」
仲間が負けて悔しいのか、ぞろぞろと援軍がやってくる。
どうやら皆さん、俺のことを殺したくてウズウズしているようだ。
はぁ……はぁ……
この世界、マジで最高過ぎる。
死にたがり多くて嬉しいよ、俺は。
いまの俺があるのは、マジで前世の徳(?)のお陰だな。
「おらぁぁぁぁ戦いごっこだぁぁぁぁ!!!」
その後、十時間の戯れの末、レッドウルフを六十匹ほど討伐した。
* * *
「ロ、ロスト……」
家に帰ると、母親が震えながら俺を出迎えた。
レッドウルフの返り血を浴びた俺の姿を見て驚いているようだ。
魔物狩りをしただけなのに……。
もしかして、普通の人は返り血なんて浴びないのだろうか?
だとしたら、かなり遠回りな狩猟方法だったかもしれない。
「魔物図鑑」は魔物の特性しか教えてくれないから、討伐方法は載ってないんだよな。
もっと効率的な殺し方があれば……いや!
”好きこそ物の上手なれ”だ。俺が楽しければ、それで充分!
「この血、どうしたの?」
「ダンジョン!」
「ダ、ダンジョン?!」
まぁ、母親が驚くのも仕方がないかもな。
ダンジョンに入ってはいけないのだから。
「ちょっとあなた~!!」
母親がせわしなく父を呼びつける。
どうして、父にも報告する必要があるのだろうか。
なんか面倒なことになりそうで嫌だな~。
そんなことを考えていると、足音をドスドス立てながら父さんが二階から降りて来た。
「ロスト、お前平気か?」
「うん。ちょっとダンジョンに遊びに行っただけ」
遊び、ね。
嘘は言ってないのでセーフ。
「遊びって……魔物からはどうやって逃げた?!」
「逃げてないよ」
俺がそう言うと、父は訝しげな表情をした。
「殺したよ、全部」
「まさか……お前、そもそも剣も魔法も扱えないじゃないか」
俺の言葉を、笑いながらあしらう父。
なにがそんなに面白いのだろうか?
「包丁で殺した」
「はっ?」
取って張り付けたような笑顔が、一瞬にして消えた。
父は目の色を変えて、俺を見つめる。
「……あり得ない」
「?」
父は唖然とした顔で、ぼそりと言う。
すると突然、裏を返すように態度を変えた。
「き、聞いたかッ?! ロストはたったの三歳で魔物を倒したぞ!! 天才だッ!!」
「へぇ?」
父親がやけに喜んでいるが、さすがの俺もこれには拍子抜け。
あの雰囲気から察するに、かなり険悪なムードになりそうだと予想していたが、この世界の住民はかなり俺と似ているらしい。
「パッパ、ぼくは『戦士』になるッ!」
「うんうん! パパもそれを応援してるぞ」
うわぁ~マジで恵まれてるわ。
* * *
《数カ月後》
なんやかんやで、今世を謳歌している俺。
もう、ウキウキウハウハ状態ですッ!
警察に捕まったのもアレだけど、俺ってさ……す~ぐに調子に乗っちゃうんだよね。
幸運が続くと、舞い上がっちゃう的な……そんな感じ。
だからさ、親に認められると気分が上昇するし、魔物を殺す時が一番楽しいと思ってしまうのだ。
まぁ、そのこと自体は悪くないのだが……実を言うと
「失明かぁ~」
失明しちゃいました~(テへ)。
理由は、魔物との戦いで。
Sランクの魔物を相手に、包丁だけで戦ったのはどう考えてもバカだったよな~。
勝てたからよかったけど、一歩間違えていたら俺が死んでいた。
絶対戦わないほうが賢明だったのに。
頼むから俺の前頭葉よ、仕事してくれ。
「眼って大事なんだな。これじゃ、戦えないや~」
視覚を失ったせいで、最近はずっと部屋にひきこもっている。
レッドウルフぐらいだったら、視覚なしでも殺せるけど……それだけじゃ物足りない。
命尽きるその寸前を目撃するのが醍醐味なのに。
「はぁ~退屈。もう、いっそのこと死のうかな。来世もこの世界でオナシャス」
鉄臭いのナイフを、自分の首にかける。
頸動脈を切り裂こうとした、そのとき。
『うむ、気に入ったのじゃ。おぬしに”魔眼”を授けよう』
「…………魔眼?」
───────
あとがき
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