第10話










 そうして幽心の口から語られたのは、資料のどこにも書かれていない、オーナーが亡くなる原因になったであろう、とある出来事だった。


「オーナーを死なせた一番の原因は裏切りですよ。妻と親友の不倫、しかも彼と結婚する前からその関係は続いていたみたいですね。長い付き合いのある二人を随分と信用して、二人の距離の近さを見て疑いもしなかったのはどうかとは思いますけど。まぁ、最終的に借金に妻を巻き込みたくない一心で離婚した後に、多額の慰謝料を手にして気が大きくなった二人から、そんなふざけた真相を笑いながら告げられたんですから、絶望して死に急いでしまったのも……ね」


「待て、なんでそんなこと―――」


「知ってるのか、ですよね」


 手元の手帳をパタンと閉じると、幽心は手元を見ていた視線をスッと鹿児島へと向ける。その瞳に宿る感情があまりにも無機質で、まるでガラスの瞳を持つビスクトールを相手にしているような、そんな錯覚に陥るくらいだ。

 先ほどまでの人らしさは鳴りを潜め、彼が何を思ってこちらを見つめているのかもわからないまま、鹿児島は緊張からか無意識に喉を鳴らす。

 幽心はスラリと伸びた長めの指を、そっと自身の唇に寄せると口角を緩やかにあげ、こう言った。




「内緒です」


「……」


 鹿児島の肩が、気が抜けたようにカクリと下がる。


「なんか不満そうですね」


「あったりまえだろうが! あーもー! 」


 後ろに撫で付けていた金髪を乱暴にかき乱しながら喚きだした鹿児島は、そのままの勢いでコーヒーを一気に飲み干すと、苛立ち紛れにガリガリと氷を嚙み砕く。

 そして、力が抜けたようにテーブルにゴンと額を付けると、彼はそのまま幽心を見ずに話の続きを促した。彼の言うことに一々突っ込んでも仕方がないと諦めたのだ。


「まぁ、いい。とりあえず続き」


「はい。簡単に言えば、あの言葉は彼の未練を無くすために言ったんです」


「……は? 」


「だってかわいそうじゃないですか。生者は死者になれても、死者は生者には戻れない。もう住む世界が違うのに、いつまでも消化できない未練があるから死者でありながら現世に縛られる。だったら未練を晴らしてしまえば、気持ちよく黄泉の国に渡れて彼も安らかに眠れるはずでしょう? 」


 なんのことは無いとばかりにそう言った幽心に、鹿児島は思わず言葉を失くす。


「もちろん、亡くなったオーナーも決して善人というわけではなかったし、驕りがあったと思います。でも、僕が限りでは……奥さんである女性と親友だと言い張っていた男性は、間違いなく屑です。同じ人間として恥ずかしいと思えるくらいに畜生ですよ? 彼が亡くなってからもあんな姿になってまで苦しんでいるのに、彼らは平気で毎日を過ごしている。彼を捨てて幸せな家庭を作って、彼の命を踏み台にしたことにさえ気づかずにね。だから、僕くらいは手を貸してあげてもいいでしょう? 」


 形の整った薄めの唇から紡がれた言葉の意味を、理解したくないと鹿児島の脳が拒む。

 相も変わらず柔らかな笑みを浮かべながら、その瞳は一切の表情を失ったように空虚で、何かしらの感情の色を宿すことなく鹿児島を見つめていた。

 共感も理解も求めていない、ただ自分の中に存在する正解を答えているだけなのだということが、なんとはなしにわかる。



 あの部屋から出た後に感じた、腐臭を纏う強い風。あれが解放されたオーナーの霊だとしたら、何をしに行ったのかなど簡単に想像ができてしまう。

 きっと、オーナーの霊は彼らを見つけるだろう。そして死ぬ間際まで抱えていた怨嗟を、どんな形であれ、必ず晴らすのだろうという予感が胸を過る。

 オーナーを罠に嵌めて大金をせしめ、今もなお虚飾された幸せに身を浸らせている彼らの行く末が、けして幸福だけで終わるはずがない。罪には罰を、彼らは結果的に幽心の手により相応の代償を支払うこととなったのである。















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