聞こえる足音 2話最終話

 ある日。僕はまた塾で居眠りをしてしまって、帰る時間が遅くなってしまっていた。遠回りをして帰れば、22時半を過ぎる。多少はいいだろうけど、もしものことがあったら嫌だから、あの道を通った。足音が聞こえたら嫌だから、自転車を全力で漕ぎながら。

 自分の自転車の音にかき消されたのか、足音やそれ以外の音は何も聞こえなかった。

 その日の夜だった。また金縛りにあってしまった。

 人生でこんな短期間に3回も金縛りにあうとは誰が想像しただろうか。もう本当に勘弁してほしいよ。

 前回と同じように足音は聞こえている。助けを呼びたいけど声は出ない。

 扉を通り抜けて僕の部屋にやってきた前回は足だけだったものは、いつの間にか全身を表していて、性別が女性であることがわかった。それ以外はわからない。その女性は、僕の前で立ち止まり、ゆっくりと座り込んでから、僕の顔に顔を近づけた。

 

「なぜ来ない……」

 

 ボソッと一言そう呟いて立ち上がり、今度は僕の身体に跨って、また顔を近づけてきていた。

 

「なぜ来ない……なぜ来ない。なぜ来ない! なぜ来ない‼︎」

 

 次第に語尾を強くして言う声に、僕は寒気を感じながら強く目を瞑るしかなかった。内心は叫びたかった。叫んで誰かに助けを呼びたかった。でも、できなかった。声が出なかったから。

 しばらく女性の声を聞いていると、声はしなくなって身体は軽くなった。恐る恐るではあるけど、ゆっくりと目を開けると、身体の上に乗っていた女性の姿は無くなっていた。はあーとため息を吐いたことによって、金縛りが解けていたことに気がついた。窓の前まで歩いてカーテンを開けると、海から顔を出したばかりに太陽が、空をオレンジ色に染めていた。結局一睡もできなかったな。でも、この時間に起きることも悪くない。そう思った。日の出を見ていると心が浄化されている様な感覚を覚えた。

 それからと言うもの、あの道を通ろうが足音が聞こえることは無くなった。金縛りにも合わなくなった。何が原因で金縛りが起きていたのか不可解なことが多過ぎるけど、金縛りの原因は最新の医学で証明されて、身体に力が入らないレム睡眠時に脳だけが覚醒してしまうことによって引き起こされるのだとか。幽霊もどちらかというと否定的な意見の方が多い。僕が見たものもきっと幻覚だろう。金縛りも幻覚も疲れている時によく起こるものだ。すべての原因は過労だ。少し勉強をし過ぎたか。たまには休む日を作ってもバチは当たらないだろう。

 今度の日曜日には全力で遊ぼう。今のうちに何人か誘っておかないと。



 日曜日まで残り2日となったこの日。またしても塾の帰りで遅くなってしまい、あの道を通った。あの道を通る恐怖よりも、早く帰らないとと思った感情の方が大きかった。

 また足音とか聞こえ出したら嫌だからと、また全力で駆け抜けた。つもりだった。

 遠目に白い服を着た女性が立っていたのを視認してから、様子がおかしいから駆け抜けようと思っていたけど、自転車の荷台を掴まれて、動けなくされた。

 そんなバカな。いくら足が遅い僕だったとしても、20キロは出ている。手で掴めるものではない。掴めたとしても、一瞬で離してしまうくらいの衝撃だったに違いない。なのに、なんでずっと握れている。それに、なぜ僕が負ける。漕いでいるのに、先に進めない。この女性はおかしい。

 女性の顔を見ると、とても見覚えのある顔だった。そう、この女性は僕の部屋にやって来ていた、あの女性だった。

 間違いなく幽霊の類だ。これは幻覚じゃない。

 どんなに力強く自転車を漕いでもびくともしなかった。それどころか、女性に自転車を倒され、僕も自転車と一緒にこけてしまった。

 

「痛っ!」

 

 立ちあがろうとした僕の足を掴んで、来た方向へ引き摺られていた。そのまま来た道を辿られるのならいいのだが、そうはいかない。それは間違いない。ここの道の奥には、今や誰も手入れをしていない、墓石も苔だらけになってしまっている墓場があるんだ。

 

「やめろ! 放せ!」

 

 言葉では伝わらないかもしれないけど、僕の声を聞いた誰かが助けに来てくれることを願って、大声で叫んだ。声なんて枯れてもいい。今後一生出なくてもいい。今死んでしまうくらいなら、声なんていらない。

 

「誰かー! 誰かいませんか! 助けてください!」

 

 墓場を隠すように10数件の住宅が建っているのに、まるでこの街には誰もいないみたいに、閑散としていた。まだそこまで夜は遅くないから、どこかの家に電気が付いていてもおかしくない。なのに、どこも電気は付いていない。真っ暗な家ばかりだ。

 

「誰か……誰でもいいから助けて……」

 

 墓場の目の前まで連れてこられていた僕がそう言うと、女性は僕の足を持ったままお墓の手前で立ち止まった。

 チャンスだと思って、逃げ出そうとしたが、今度は僕の方が力が入らなかった。

 もうだめだ。このまま死んでしまうんだ。そう思っていたら、徐々に意識が遠のいていた。

 

 あれから何があったのかは全く覚えていない。ただ、目を覚ました僕はいつも通りベッドの上で寝ていたのだった。顔に手形のようなあざを残して。

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2025年2月27日 18:00
2025年2月28日 18:00
2025年3月1日 18:00

ホラー短編集 倉木元貴 @krkmttk-0715

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