旧楽童寺トンネル 第9話

 どこかで見た覚えを感じていたが、助けを求めるためにその車に近づいた。何あの違和感も抱かずに。

 その車から5メートルくらいに近づいた時におかしいと初めて思った。何故なら。

 それは飯口の車だった。

 桂は「迎えにきてくれた」と喜んでいた。そんな桂を私は必死に抑えた。

 だってどう考えてもおかしい。トンネルまでは1本道だったのにどうやって歩いて来た私たちを追い越せると言うのだ。そう言えば、防空壕の中でも同じようなことが起きた。飯口はあのまま奥へと進んでいた。まだ戻って来れてないと思う。たとえ別の道に出たとしてもだ、トンネルの前に停めてある車に乗り込んでここには来れないだろ。ほぼ崖に近い木々が生い茂っている山を直接下って来たのなら話は別だが。

 

「桂、落ちつけ! あれは飯口じゃない!」

 

「どう見ても飯口の車だ。ナンバーも飯口のだし、ここで待っててくれたんだよ」

 

「飯口の車だったとしても、私たちより先についているわけないだろ!」

 

「徒歩と車だったら、車のほうが早いんだから当然でしょ」

 

「普通ならそうかもしれないけど、私たちは下っている途中で車に追い越されていない」

 

「きっと別の道があったんだよ。それで先回りしてくれてたんだ」

 

 だめだ。話にならない。それに、男子の桂を私の力で止めるのも無謀だった。

 

「桂! それだったら、お前がフロントガラスに書いた文字があるかどうか確かめてからにするぞ!」

 

 そう言ってもだめだった。桂は私の制止を押し切って、飯口の車のフロントドアガラスを3回ノックした。

 その直後に窓が開いて、中から顔を出したのは飯口だった。

 

「お前ら何しているんだ。早く行くぞ!」

 

 相変わらずテンション高くそう言われた。

 これは本物の飯口だろうか。今の私にはトンネルの中でいた、寧音の偽物のようには映らない。

 

「須賀野さんも行こうよ」

 

 桂にそう誘われても私は乗る気はない。

 

「寧音はいるの?」

 

 桂は車の中を覗き込んで、奥にでもいる人に話しかけていた。その話が終わったのか、桂が窓から顔を離すと助手席の扉が開き、助手席から出て来たのは寧音だった。

 トンネルの中で見かけた飯口が見間違えた化け物でも怪物でもなく、私の知っている寧音そのものだった。

 

「寧音なの? 本当に寧音なの?」

 

「何言ってるの? 私は私だよ。光莉、疲れているの?」

 

 まだ本物と決まったわけじゃないけど、そんなことよりも私は寧音を抱きしめていた。

 

「ちょっと、光莉重いよ。本当にどうしたの?」

 

「ごめん……夏休み終わるまでに痩せるから、もうちょっとだけこのままでいさせて」

 

「仕方ないな。もう少しだけだよ」

 

 溢れ出そうになる涙を必死に堪えながら、寧音の実体が確実にあるか精査していた。

 身体の形は明らかに人だった。温もりも人肌ほどあり、偽物ではなかった。

 

「寧音ごめん……緊張がほぐれて今度は力が入らない」

 

「やけに重いと思った。疲れているなら車の中で少し休んだら?」

 

「うん、そうする」

 

 寧音が本物であったことを理由に私は飯口の車に乗り込んだ。今回は行きの時と違って座席は私が指定した。もちろん私の隣は寧音だ。寧音と後部座席に2人で座った。

 

「それじゃあ、出発するぞ〜」

 

 疲れ切って動きたくなく眠たい私には、酷くウザいテンションの飯口だった。

 車を狭い道中停めていたと言うこともあって、動き出したはいいものの転回がが下手すぎて何度もハンドルを切っていた。

 

「飯口下手」

 

「うるさい。集中させろ」

 

 古い道路だったこともあり、車はよく揺れた。そんな揺れが心地良くはなかったけど、眠たい私には結構効いた。

 

「寧音。少し寝てていい?」

 

「うん、いいよ。ついたら起こすね」

 

「うん。お願い」

 

 私はそのまま寧音の方に凭れて眠った。

 何分くらい寝ていたのか。何だか少し変な気がして目を覚ました。

 

「あれ、起きたんだ。まだ着いてないから寝ててもいいのに」

 

「ごめん寧音。服汚れてない?」

 

「大丈夫だよ」

 

 寝起きだと言うこともあって初めは全然気が付かなかった。その違和感に気づいたのは、何気なく窓から外を眺めていた時だ。

 

「飯口……何でこの車、登っているの?」

 

「何だって? これから旧楽童寺トンネルに行くからだろ?」

 

 どう言うことだ。私たちは今まで旧楽童寺トンネルにいたと言うのに。そこから逃げるように山を下ったと言うのに。実は私が寝てて変な夢を見ただけで、何も起きていなかったと言うのか。そんなわけがない。私は寧音をトンネルの中に置いて逃げて来たのに。

 

「桂!」

 

「え? どうしたの須賀野さん?」

 

「お前何で止めない。私たちはトンネルから歩いて下って来ただろ?」

 

「ん? 何を言っているの? トンネルにはこれから行くんでしょ?」

 

 寧音も飯口も同じことを言っていた。

 

「3人ともこそ、何言ってるの? だって、飯口がトンネルの中に入って3人とも消えて……」

 

 ことの重大さがわかったのはこの時だった。

 そうなのだ。よくよく考えてみれば、私以外の3人とも行方不明になっているんだ。トンネルから逃げている途中で桂と合流したのも、私たちより先に寧音と飯口が山を下れていたのもどう考えてもおかしい。全てことがうまく運びすぎている。初めから釣られていたと考えるほうが辻褄があう。

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