旧楽童寺トンネル 第8話

 最寄りの交番までは4キロ弱。もう疲れたからできればそこまで行きたくない。それより前に住宅街に着くが、時間も時間だしたとえ起きている人がいたとしても、もし私なら心霊スポットなんて行きたくない。断られる可能性が高いから、交番まで結局行きそうだ。

 

「桂、スマホの充電大丈夫?」

 

「ずっと使いっぱなしだったからもうそんなに残っていない……」

 

「私も同じく。モバイルバッテリーとか持っていないの?」

 

「ごめん。持っていない……」

 

「謝る必要はない。私も持っていないのだから。それよりも、2人でそれぞれスマホを持つのではなくて、どちらか片方のスマホにしないか?」

 

「それは危険じゃないの?」

 

「1列になればなんとかなるんじゃないか? 前の人が危険を察知しながら進む。そうしないとどちらも充電が切れたらそれこそ困るだろう」


 この道は旧道だから街灯がほとんどない。あったとしも電球の切れかかっている照らせていな街灯くらいだ。スマホの充電も有限だ。多少の危険は伴うがこれが最善の策だ。


「それもそうだね。まずは僕からでもいい?」


「いいけど、何で?」


「磐岬さんがもし脱出できたなら1番に須賀野さんに連絡するでしょ。その時に充電が切れていたなんてあってはならないでしょ」


 こいつに説得させられるのは癪だが、寧音のことを思えばそうするのが最善か。


「わかった。まずは先頭を頼む」

 

「ああ」

 

 それからしばらく山を下っているけど、住宅街どころか行きに見えた廃墟すらも見つからなかった。

 

「僕、道間違えていないよね……」

 

「間違えようなんてない。トンネルまでは1本道だからな」

 

 つまりこれは、不可解なことが起きていると言うことだ。トンネルの中で起こったことと同じことが起きている。トンネルの中は96メートルと距離が短かったからスプレー缶を使って脱出できたが、今回はトンネルと違って、下手すれば4キロだ。5メートルおきに印をつけていけばスプレー缶は必ず途中でなくなる。仮に20メートルおきに印をつけるとしよう。そうした場合200個くらい印をつけなければならない。労力とスプレー缶が持たない可能性がある。途中でなくなるのは最悪。これまでしたことが無駄になる。1回に使う量を調整しながらさっきよりも広い間隔で印をつけて行こう。それしかない。

 そう考えながら桂の後ろをついて行っていると、突然視界が真っ暗になった。

 

「あ、ごめん。もう充電切れたや……」

 

 タイミング最悪だ。

 

「わかった。今度は私が先頭を歩く。ついでにまた印をつけたいからスプレー缶くれる?」

 

「うん。もうそんなに残っていなけど……」

 

 さっき私が使いすぎたか。あんな大々的に数字を書かなければよかった。

 

「ありがとう」

 

 桂はとても驚愕した顔を浮かべていた。

 

「何?」

 

「い、いや……須賀野さんにお礼なんて言われたの初めてだったから……」

 

「お前は私を何だと思っている」

 

「ごめん……あのクラスの女子と、こうして話しするのも久しぶりだから……」

 

「そう言うことにしておくから、今は取り敢えずこの山道から抜け出そう」

 

「そうだね」

 

 山肌を削って作られた道路には崖側にガードレールが設置されていて、色も白でとても見やすい。ガードレールへの落書きも違法だけど、どんなお咎めだったとしても後で受けよう。

 今回は前回と違って書くスペースもかける量も限られている。書くのは数字ではなく、点にしよう。進むごとに1つずつ増やしていき、5つになれば縦に線を引き、縦の線も5つになれば今度は横に線を引いた。

 ここまで書いた回数は36回。1個あたりの距離はだいたい50メートル間隔。約1800メートルくらい進んだことになる。車で来た時、山道に入ってから10分くらいでトンネルについた。細く入り組んだ山道を車で走れてもせいぜい30キロくらい。全ての道でそのスピードは出せないだろうから平均25キロくらいだとしたら、もう広い道が見えてきてもおかしくない頃だ。それも見えないと言うことは、まだ何らかの不可解な現象に襲われている。若しくは、私が計算を間違えている。このどちらかだ。どちらにしろあと1キロまでは様子見だ。書く文字は20回くらいか。そこまで行って現状が何も変わっていなければまた対策を考えよう。

 それよりも先に私のスマホの寿命が尽きた。

 

「こんなタイミングで電池切れか。流石に真っ暗闇を進むことはできないな」

 

「ちょっと待ってて」

 

 暗闇で何をしていたのか見えなかったが、音からして多分カバンの中を漁っていた。

 

「あった」

 

 桂はライトを取り出して私の足元を照らした。

 

「いいもん持ってんじゃん」

 

「おもちゃだから、そこまで明るくないし電池もそんなに持たないと思うけど、ないよりはましでしょ」

 

「じゃあまた先頭は桂だね」

 

「勘弁してよ。また迷うよ」

 

 頼りない男だな。まあ先頭を歩くくらいいいいか。スプレー缶で書くのにもいちいち呼び止めないといけないから。私が先頭を歩いた方が効率がいいな。

 それからしばらく桂のミニライトで山を下っていると、道が少し広がったところに1台の車が止まっていた。

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