旧楽童寺トンネル 第7話

 私たちは5分も走り続けている。仮に1分40メートルしか進まないのだとして、5分走れば200メートル進んだことになる。200メートルは、このトンネルの全長を大幅に超えている。

 私たちは閉じ込められた。

 そうだったとしても、空間そのものを幽霊が操れるわけがない。これは物語の話ではない現実なのだから。そう考えれば、異変があるのは私たち。

 

「桂! 1回止まって……」

 

「何、どうしたの?」

 

 私は桂の頬をつねった。合わせて自分の頬もつねった。

 

「痛い! 何、するの……」

 

「桂、今度は桂の番。私の頬をつねって」

 

「ど、どう言うこと? そ、そんな女子の頬をつねるなんてできない……」

 

「じゃあ、腕でもいい。腕をつねって! 早く!」

 

「ああ、うん……じゃあ、行くよ……」

 

 しっかりと痛かった。

 これは悪い夢を見せられているのではなく、現実だと言うことか。

 

「そうだ。桂、何か印をつけるものを持っていない?」

 

「印? 何でそんなもの?」

 

「同じ道を通ってないか確かめるため」

 

「それだったら、スプレー缶を持っているよ」

 

「スプレー缶? 何でそんなもの……いや、ごめん。何でもない……」

 

 そう言うことをするのが桂の裏の顔だとしても今は関係ない。

 私は桂からスプレー缶を預かり、壁に大きく1の数字を書いた。預かった時は色など気にしていなかったが、まさか赤だったとは。少し不吉に感じるのは私だけだろうか。

 

「ら、落書きなんて……」

 

 お前がそれを言うか。

 

「今は非常時だ仕方ない」

 

 1と書いたところから約5メートルおきに次の数字を書いていき、出口を目指した。

 トンネルの長さを考えると、書く数字は最大でも20。1メートルくらいの誤差を考えれば20プラスマイナス5くらい。ただこれは、トンネルの端から端まで行った時の計算。中心付近にあった防空壕からだと、計算上その半分で着いてくれなければ不可解なことが起きていると証明されてしまう。

 

「やった……」

 

 7の数字を書いた時に先に壁が現れた。先まではまだ20メートルくらいあるが、私たちが入ってきた場所で間違いない。

 

「本当に出口だ……すごいな須賀野さんは……」

 

「何を言っている。安堵するのはまだ早い。もしかすると、これからの方が大変かもしれない。こんな時間に起きている人の方が少ないんだ。警察に連絡する方がいいかもしれんな。通報して来てくれるかな」

 

 私たちは外に出た。外は入った時と何も変わりなく、薄暗い森が広がっていた。ただ1つ。入る前は通っていたはずの電波が、今は何故か圏外になってた。

 

「なあ、桂。ここって来た時か圏外だったか?」

 

「ごめん。来た時スマホ触ってなかったから、見てないや」

 

 役立たず。

 まあいい。電波の通りそうなところまで下りよう。

 

「桂、車運転できる?」

 

「できるけど、鍵がないんじゃないかな」

 

 それもそうか。あのバカが車に鍵を置いて行ったりしてないよな。

 車には鍵がかかっていて、どこの扉も開けられなかった。

 

「仕方ないな。歩いて下るしかないな」

 

 そう言った私を珍しく桂が止めた。

 

「それは危ないんじゃないかな……」

 

「でも、この坂道を下るしかないんだ。幸いにも舗装自体はされている。獣道じゃないから、夜中の山を降りるほどの危険はないと思うよ」

 

「そ、そかもしれないけど、熊とか猪が出てきたらどうするの?」

 

「もちろんその危険はある。でも、それはここで立ち止まっていても同じことが言えるだろ。ここで待っていたら助けは来るのか? こないだろ。誰も助けを呼びに行っていない。誰かが動かなければならないんだ」

 

 早く寧音を助けてあげないと。今頃きっと怯えて震えているはずだ。

 

「桂。それだったら、お前はここで待っててくれ。それで、もし2人が中から出て来たら私に連絡してくれ」

 

「それは流石に危ないよ……」

 

「さっきから危ない危ないって、じゃあどうしろって言うんだ! もう助けを呼びに行く以外に手がないだろ!」

 

 言いすぎただろうか。桂は黙り込んだ。

 

「そう言うことだから、ここで待っててよ」

 

 桂を置いて1人山を降りようとしていると、桂が私を止めた。それも聞いたことないくらい大きな声で。

 

「待って! 僕も行くよ。須賀野さんも1人じゃ心細いだろ」 

 

 心細いと思っているのは、どちらかといえばお前な気がするが。

 

「行く前に、僕らが脱出したメッセージを残しておこう」

 

「私描くものなんて持っていないぞ」

 

「大丈夫。僕が持っているから」

 

 考えなしにそう言ってみたが、よくよく考えれば桂はトンネルの中でスプレー缶を持っていた。

 

「か、桂それは流石にまずいんじゃ……」

 

 桂が取り出したのはスプレー缶ではなく、1本のマジックだった。スプレー缶じゃなくて安心した。

 

「“先に下りてる”でいいよね」

 

「うん。短いほうが伝わりやすい」

 

 が、まさか、フロントガラスに直接書くとは……後で大変なことになりそうだ。

 

「大丈夫。これ水性のマジックだから」

 

 何かの間違いで油性であって欲しいと願う私であった。

 

「それじゃあ、行こう。とりあえずは電波の通るところまで。それがダメなら、交番まで下りよう」

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