旧楽童寺トンネル 第6話

 飯口は、私のことなんて気にすることなく先に進んだ。私は足が竦んで思うように先に進めなかった。2人と少し距離をとりながら、それに後ろも時々気にしながら進んだ。

 全然2人が見える範囲だったのに、私がふと振り返り前を向いた時に、飯口1人になっていた。

 

「飯口……寧音は……寧音はどこに行った! 何でお前がついていながら寧音を見失うだよ! 何でお前じゃ……何で寧音がどっかに行くんだよ……」

 

「寧音のやつも脅かそうとしてどっか隠れたんだな。おかしいよ思っていたんだよ。公平がずっと出てこないのも、寧音と共謀していたからだろ」

 

 飯口の顔を目を覚させるのに1発殴ってやりたかった。でもそれを躊躇った。それよりも寧音を探すのが先決だからだ。

 

「寧音ー! 寧音! どこにいるの? 隠れてないで出てきて! もう一緒に帰ろう。寧音!」

 

 私がどれほど叫んでも寧音は出てくることはなかった。それ以前に私たちは1本道を遠てきたのだから隠れられる場所なんて存在していなかった。

 

「おい、寧音何しているそんなところで」

 

「寧音……」

 

 突然、飯口が何かを言ったと思えば、スマホのライトで照らしている先に別の灯りがあった。光源は明らかに地面から発せらていた。今はまだ夜中。太陽が出る時間でもないが、寧音がスマホを落としたと言うのなら、何かあったに違いない。

 立ち止まっている飯口より前に立ち、私は叫んだ。

 

「寧音……」

 

 それは寧音ではなかった。

 白い着物のような服を着た女の人が何もない壁を見ながら立ち止まっていた。

 私の直感が近づいてはいけないと言っていた。悪寒、そんな生易しいものは感じなかった。あれは殺気だった。

 

「何してんだよ、寧音。早く先に進もうぜ」

 

「待て! 飯口!」

 

 私は全力で飯口を止めた。物理的に手を引っ張って、枯れそうな喉から無理やり声を出して。

 

「何だよ。寧音もいたんだし先に進むしかないだろ」

 

「よく見ろ飯口! あれは寧音じゃない!」

 

「はあ、何言ってんだよ⁉︎ 寧音じゃないなら誰だよ」

 

「どう考えてもおかしいだろ! 寧音は私たちの間にいた。いつ飯口を抜いたって言うんだ! 周りを見ても先回りできそうな横穴はない。私たちは現実に生きている、異世界ダンジョンのような転移なんてあるわけないだろ! あいつに近づく前に寧音がお前より先に行けた理由を説明してみろ!」

 

 もっと早めに飯口の異変に気づいていれば、何かが変わったのかもしれない。でも、この時は遅かった。

 飯口は私の話なんて聞く耳を持たず、力ずくでも先に進もうとしていた。

 さすがの私でも、男子の力には勝てず振り払われてしまった。私はそんな飯口を置いて1人来た道を走って逃げた。

 トンネルに入ってから50メートルくらい。防空壕に入ってからは、30メートルくらいしか進んでいなかったのに、走っても走ってもトンネルには辿り着かなかった。

 飯口と言い合いをしすぎて息が切れたのと、昔から体力はなかったから進まないだけだと信じて、それからもひたすら走り続けた。

 もうこれ以上は走れない。これ以上走れば嘔吐してしまうと思ったところで走るのをやめた。すると、私が探していた防空壕の出口、鉄の扉が現れた。その鉄の扉を出ると、またさらに探し物まではいかないが、座り込んでいる桂を見つけた。

 

「お前、今までどこにいた……」

 

 息が切れすぎて怒る元気すらもなかった。

 

「あ……ごめん……」

 

「人の話聞いてる? 何してたの?」

 

「実は……記憶がないんだ……」

 

「は?」

 

「だから……気がついたら、ここに横たわっていた……」

 

 認めたくないけど、霊的な何かによる現象しか考えられない。

 

「そうか……それよりも早く出口を探そう」

 

「え……? 他の2人は?」

 

「寧音は消えて、飯口は頭がおかしくなった。さっさとここから離れて助けを呼びに行こう」

 

「消えたって?」

 

「そんなの私だって私だってわからない! とにかく寧音は消えたんだ。いなくなったんだ。寧音の存在が消えてしまう前に、大人に介入してもらうしかないだろ……」

 

「わかった……とにかく出口を探そう」

 

 桂は飯口と違って物分かりがいい。出会えたのがこいつだったのは不幸中の幸いかもしれない。

 

「分かれ道だ……僕らはどっちから来たのだっけ?」

 

「何を言っている。私たちは、神山方面から来ていないだろ。右に決まっている」

 

 桂もまだ混乱しているのか、あやふやな態度が気になった。が、今はそれどころじゃない。早く出口に向かわなくてはならない。

 だから私たちはひたすらに走り続けた。

 走って走って走って走った。

 昔から走るのは苦手だった。運動会の徒競走も、いつも後ろから数えた方が早かった。そんな私だが、さすがおかしいと思った。走り出してもう5分が経つと言うのに出口どころか行き止まりにも着かない。

 アパートやマンションの物件情報を検索するとき、駅から徒歩何分と表示されるのは人が実際に測っているのではなくて、人は1分で80メートル歩けると言う仮定のもとで計算されている。この、旧楽童寺トンネルは昔のトンネルだから全長96メートルしかない。その中央付近の横穴が防空壕。2で割れば、48メートル。仮に中央ががずれていたとしても、せいぜい60メートル。普通に歩いたとして1分かからない。疲労が溜まっていて半分のペースでしか走れていないのだとしても、出口まで2分かからない。

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