旧楽童寺トンネル 第5話

 たとえ防空壕の方が後に作られたのだとしても、適当に掘った穴とトンネルに加工をしたのでは全くもって崩落の危険度が違う。それに何があるかなんてわからないんだ。防空壕だったのなら、暴発しかねない旧式の武器や不発弾、自害用の手榴弾にもしかすると死体なんてものもあるかもしれない。これ以上は不用意に近づかない方が身のためだ。

 

「何だよ、須賀野。怖くなったのか? 怖いのだったら1人で戻っててもいいぞ。俺らは3人だとしても先に進むぜ」

 

 寧音、本当に君はそれでいいの?

 たとえ飯口に惚れているのだとしても、それでいいの?

 飯口は悪いやつじゃない。それは私もわかっているつもり。だけど、今回ばかりは私の主張が正しいと思う。寧音、お願いだから目を覚まして……

 

「わかったよ。寧音が行くって言うのなら私も同行する。寧音の安全のためにも……」

 

「だってよ。どうすんだ、寧音?」

 

「い、行ってみようよ……案外何も起きないかもしれないよ……」

 

 飯口は私に何も言わずに、先へ進んだ。

 防空壕の中でもさっきと同じ飯口、寧音、桂、私、の順番に並んで先へ進んだ。防空壕の中は、手彫りのせいか天井は低く、上から水が滴り落ちていた。暗く長い防空壕の中では、水滴が落ちる音があちこちで鳴り響いていた。

 しばらく歩いていたら、飯口が急に立ち止まった。

 

「くそっ! どこまで先があるんだよ! 全然端っこに辿り着かないな」

 

「す、少し休憩しない? 結構歩いて疲れちゃった……」

 

「それもそうだな。先も長そうだし、お菓子でも食うか」

 

 防空壕に入って20メートルくらい進んで、5分程度の小休憩を挟んだ。トンネルの時と違って地面が凸凹してて歩きづらく、余計に体力を消耗させられる。

 小休憩中は寧音も飯口もほとんど話なんてしてなくて、鳴り響いていた水滴が落ちる音を静かに聞いていた。

 飯口の言うお菓子とは、どんなものだろうと飯口が鞄から何かを取り出すのを見ていたら、鞄から取り出されたのはカロリーバーだった。飯口よ、それはおやつ感覚で食っていいものではない。それでも太らないのなら羨ましい限りだ。

 その小休憩を終えて再び歩き出した瞬間だった。私の前方に3人ともいると言うのに、私は誰かに肩を触られた。振り返っても、もちろん誰もいない。こんなことは初めてだ。やっぱり先に進むのは危険だ。飯口を止めないと……だが、今の飯口が私の話を信じるのか。それでも話さないと、このまま進んでいくだけだ。

 

「飯口……」

 

「今度は何だよ」

 

「これ以上はやめよう……」

 

「またそれかよ。もうそれは……」

 

 飯口が話している最中だったけど、私は彼の言葉を遮った。

 

「今、確実に肩を触られたんだ! こんなことはあり得ないと私も思うけど、あれは人の手だった! 色々な意味で危ないんだよ!」

 

 声を荒らげたのは久しぶりだ。おかげで息切れを起こすし喉がもう潰れそうだ。

 

「寧音どうするんだ?」

 

「え? わ、私?」

 

 飯口まで寧音を使うのか。寧音はこの手の押しに弱い。それも飯口からなら尚更だ。間違いなく飯口の意見に賛同する。

 

「わ、私は春人が行くって言うのならついて行こうかな……だって、せっかくここまで来たのだから……」

 

 やっぱりこうなったか。

 意見なんんて言うだけ無駄だった。

 もう寧音なんて置いて私1人で戻ろうかな。

 

「じゃあさ、こうしようよ。さっきまでは須賀野さんが最後尾だってけど、僕が最後尾になるってのは。もしそれで、僕が幽霊にでも触られたら、その時は戻ろう。どう須賀野さん。それでいいかな?」

 

 そうだ私は寧音をあきらめてはいけない。私の唯一の何でも話せる友達なんだ。寧音だけは何が何でも連れて帰らなければ。

 桂の案に乗るのは癪だけど、寧音のためなら仕方ない。

 

「頼んだ、桂……」

 

「ああ、最後尾で様子でも見ているよ」

 

 桂に順番を変わってもらい、私は寧音の後ろについた。これからと言うもの、霊的なことは起きずにさらに進んでいた。不自然なくらい静かに。

 

「飯口……」

 

「何だよさっきから!」

 

「桂がいない……」

 

 後ろがえらく静かだと思って振り向いてみたら、桂がいなくなっていた。

 

「公平! おい! どこにいるんだ! 隠れてないでさっさと出てこいよ!」

 

「飯口……桂がいなくなったんだ。戻って助けを呼びに行くべくだろ」

 

「どうせ、俺らを脅かすつもりでどっかに隠れているんだろ。そのうち出てくるって」

 

 飯口、お前は桂の何もわかっていない。桂はそんなことをするやつではない。私は嫌でも高校の3年間を共に過ごしたんだ。奴の性格なら大抵わかっている。

 

「違う……桂はそんなことはしない! あいつは気持ち悪いくらいに善人で、私と飯口がこうして言い合っているのを見過ごすやつではない!」

 

「だったら、先に戻ったんだろ。公平、飲み会でもよく先に帰るんだよ。2次会なんて言っているとこ見たことないよ」

 

 そんな安直な答えで納得してはいけない。桂は幽霊に攫われた。でも、それを決定付ける明確な証拠はない。そもそものところ幽霊の証明から始まる。その時点で証明は不可能だ。

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