旧楽童寺トンネル 第10話(最終話)

「飯口! 車止めて!」

 

「何だよ急に大きな声出して」

 

「いいから止めて!」

 

「何だ須賀野〜怖くなったのか?」

 

「そうだよ。怖くなったんだよ! だから止めてくれ! 降ろしてくれ!」

 

「どうしよっかな〜ここまでビビっている須賀野も珍しいからこのまま行こうかな〜」

 

 飯口は全く聞く耳を持たなかった。ここに来るまでは、ここまで話が通じないやつではなかった。飯口の異変にもっと早く気づいていれば、こうなるのを防げていたかもしれない。寧音も怖い思いなんてしなくてよかったのに。

 

「飯口がその気なら無理にでも降りる」

 

 飯口はそこまで速いスピードを出していない。早めの自転車と同じくらいの速度。多少の怪我はできるかもしれないけど、今はこれしかない。

 シートベルトを外して扉を開けようとした途端、寧音に体を掴まれた。

 

「危ないからダメだよ!」

 

「寧音離して! ここから先には行ってはダメなんだよ!」

 

 私の知っている寧音は、ここまで力は強くない。寧音より私の方が身長も高く体重も重い。それを加味しても、到底勝てるような差ではなかった。

 寧音の圧倒的な拘束力に私は屈した。と言うか動けなかった。

 

「光莉死ぬきなの! 動いている車から勝手に降りたら死んじゃうでしょ!」

 

「やめろ! 寧音のふりをするな化け物!」

 

「光莉、どうしたの? まだ疲れているんじゃないの? 着いたら起こすからもう少し寝ときなよ」

 

「やめろ……これ以上寧音を傷つけるな……」

 

「膝貸してあげるから寝ときな……」

 

 このとき私は初めて寧音を突き放した。

 もう逃げる気力なんか残っていなくて、しばらくぼーっとしていると、トンネル前のカーブミラーに着いた。

 逃げるのならこの時しかない。私が逃げれば、可能性は低いが寧音は追いかけて来てくれるかもしれない。そうすれば寧音と私だけは逃げれて、飯口と桂だけが取り残される。最悪それでもいいと思っていた。男どもには悪いが、これは因果応報だとそう言い聞かせれば何とかなると思っていた。だが、そう簡単には行かなかった。

 3人は着くなりすぐさま車を降りてトンネルへ足を向けていた。そのトンネルの前に白い服を着た女の人が立っていると言うのに。

 さっきまでは空が曇っていたのかここまで明るく白い服を着た女を照らしていなかったのに、今ではよく見える。足元にしゃがんで遊ぶ3人の子どもの姿も。不気味に笑う女に足がすくんでいたが、寧音のことを考えると自然と足は動いた。

 

「寧音! おい、寧音! 目を覚まして! あそこに行っちゃ駄目だって! 寧音!」

 

 寧音は何も言わずゆっくりと、トンネルへ向かって歩き出した。よく見ると、トンネルの前にいる白い服を着た女が手招きをしているようだった。それに釣られて寧音も飯口も桂も近づいて行っている様子だった。

 

「桂! お前もどうしたんだよ! 目を覚ませよ! あれは近づいていいもんじゃないだろ!」

 

 桂も聞く耳を持たず、力ずくで止めようとしたが男子に敵うわけもなく、私まで連れていかれそうになった。

 

「飯口! お前、あれが見えないのか!」

 

 飯口も寧音と桂同様に私の話なんて聞く耳を持っていなかった。だけど、寧音にも桂にもできないことを飯口にはできた。それは顔面を思いっきりグーで殴ることだ。

 

「飯口ごめん!」

 

 そんなに力を入れたつもりではなかったが、飯口は3歩ほど後退して転んだ。

 

「痛った……何すんだ須賀野!」

 

 これでよかったのかわからないが、いつもの飯口に戻った。あとの問題は、飯口にあれが見えるかだ。

 

「そんなことよりも飯口あれが見えるか?」

 

「はあ。あれってどれ……何だよあれ!」

 

 よかった飯口には見えていた。

 

「飯口殴って悪かった。あれから逃げるために協力してくれ」

 

「そんなこと言わなくても逃げるしかないだろ」

 

 飯口は桂を、私が寧音を無理やり車に乗せて、内側から扉を開けないようにチャイルドロックを掛けて2人を閉じ込めた。つまり、飯口の隣の助手席しか空いていなく、私はそこに座るしかないと言うことだ。だが、そんなことより座るしかない。あの女から逃げるためには多少の犠牲はつきものだ。

 

「飯口! 任せた!」

 

「任せろ!」

 

 飯口はそう言ったものの、お決まりのようになかなかエンジンはかからず、白い服を着た女の方ではなく、3人の子供が徐々にこちらに近寄って来ていた。

 

「飯口! 早く!」

 

「待てって! 焦らすなよ! 余計にできなくなるだろ」

 

 エンジンがかからない間も刻一刻と子供はこちらへ近づいて来ていた。そんな子どもの1人がボンネットに触れたと同時にエンジンがかかり、飯口は見たこともない速さでバックと転回を行いトンネルから離れていった。バックミラーで様子を伺おうと覗いてみると、寧音と桂が眠っているのが視界に入り、女と子どもの姿は気づけば見えなくなっていた。

 

 後日談。

 トンネルから帰ってきた3人は行く前と比べて正反対のように性格が変わっていて、寧音は自分の意見を主張できる強い子に、飯口は急に真面目に勉強し出してガリ勉と呼ぶにふさわしく、桂は無口なキャラだったのがお喋りに。そんな違和感に誰も気がついていないことに違和感を覚えた私は、軽音楽サークルを辞め3人とは友達をやめた。

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