第20話 クレハ様は押しに弱い

〈クレハ〉


 なにが!どうして!こうなったんだ!?


 仲直りしたと思った相手からラブコールされた上に酒臭いキスをされて。部屋に再度引き籠るのだが。どうすればよいのか…。


 あれか?実はギンともレオンはキスとかしあう感じの関係性だったとかか?考えても思いつかずこのクレハ様のファーストキスが寄りにも寄ってレオンとなるだなんて…いや、まぁよく見れば顔がそこまで悪いわけではない気がする。


 地味なのは髪色と勇者にしては見た目も普通の兵士みたいな恰好してるから、もっとマントとか羽織って堂々としてれば勇者っぽさが出るのになぁ…いやそうではないだろうクレハよ、このクレハだぞ?


 引退宣言もしてないアイドル光の大聖女クレハ様が友達だからとキスをされたとあってはファンが泣くのではないか?いや、電撃結婚なんて言葉もあったくらいだしアイドルをそこまで神聖視してない人が多いのか?


 朝になっても考えるが、どうにも考えが纏まらない…というかどうしてクレハ様にキスをしようなどと考えたのか…あれ?このクレハ告白断ろうとしてたよな?断ってなかったから自然消滅かと思ったら自然に付き合う方向に考えたのか!?


 このクレハ一生の不覚…不覚だが。勘違いをこのクレハもしていたし詫びの意味も込めてのキスなら…許されていいわけないだろうが!もの考えて行動しろよ!


 それとなく別れるか…いやこのクレハが付き合ってると思ってないのに相手は付き合ってると思ってると言う状況は果たして付き合ってると言えるのか?クレハ的になんともわからん。


「クレハいるー?」


 セナが来たし聞いてみるかと部屋に招いて椅子に座らせる。


「なによ、ちょっとは元気出たみたいじゃない」

「このクレハ!謎に直面しています!友なら助けてくださいセナ!」

「元気すぎて懐かしいけど…どうしたのよ次は」

「キスをしたら付き合ってますか?」

「そりゃ好き同士だからキスするんじゃないの?」

「片方にその意思がなくてもですか?」

「……ちょっとは元気出たみたいじゃない」


 話しが面倒くさい方向に進んだと思って誤魔化したなこいつ。それにしたってどうすればよいのか…仲直りしたと思ったら付き合ってることになってるなんて想像にしてなかった。


「…一応聞くけど、仲直りはできたの?」

「わ、分かりません…いきなりキスされたので平手打ちしてその場は去りました…」

「そ、そうなのね。あとでレオンの様子を見に行ってみるわ」

「今!今困ってるのですセナ!友ならば助けなさい!」

「分かったわよ!?一度足を突っ込んだし…それに勘違いさせたの私が説明不足だったのもあるかもだし」


 後半何言ってるか分からない小言で呟いていたけど、さすが友だ!変に言葉責めしなくても手伝ってくれるなんて!いや…このクレハも持ちつ持たれつならセナが困ったときはちゃんと頼れるようにならなきゃな。


     ***


〈セナ〉


 この世の幸せを噛みしめてるというような顔をしてるやつはこんな顔をしてるんだろうなと思いながら中庭で満面の笑みで剣を振ってるレオンがいる。


「セナか!おはよう!」

「あ、うん?おはよう」

「あはは。今日はなんだか調子がいいんだ!」


 言いづらい…勝手にキスするなよとか思いっきり言ってやりたいけど、また急転直下の後ろ暗い気持ちになって酒浸りになるだろうこの人を見ると言いづらい…。


「ち、ちなみに聞くんだけどレオンは何かいいことでもあったの?」

「僕の人生においての悲願が達成されたよ」


 そこまでか。そこまでなのか…いや相手がクレハならある意味色んな人の悲願なのではないかと思うがそこまで思っているなら…いや待てよ?私は確かに様子を見るとは言ったけど誤解を解くとは言ってなかった気がする。


「クレハのことなんだけど」

「クレハって照れ屋なんだなって僕は分かったよ」


 うん、気持ち悪いなこいつ。


「だからせめて隣に立っていても良いよいな勇者に僕は必ずなる」


 言ってることはなんかまともそうなんだけど、勘違いをしてるという点だけを除けば祝ってあげたいところだ。


「とにかくゆっくり話す時間とか設けなさいよ?一昨日辺りからヴォルグハイエンが暇すぎて商人から宝石を買ってその請求ほとんどグランディアに行って迷惑してるそうだから」

「そういえばサラザンドにはいつ行くんだっけ?」

「たしか魔王軍と同盟を組んでる徽章が出来上がったらじゃなかったかしら?それも含めて聞いてみたら?」


 昨日は暴走してたにしても、別に落ち込んでるわけじゃないし。仮に後から振られても今のクレハなら大丈夫だろう。ごめんクレハ私こいつとあんまり気が合わないような気がする。


 なんというか、生理的に話しが通じなそうな雰囲気を今のレオンからは感じるの…。


     ***


〈クレハ〉


 おかしい。レオンが来てから距離は取ってるのになんでそんな爽やかな顔をしているんだ。


「クレハはサラザンドにいつ行くのかな?」

「は、はい…魔王との同盟を正式に国王代理に伝えたので代理が向かってよいと判断したら伝えるように言ってあります」

「それならまだしばらくは時間があるね」


 時間があるからどうしたのだ、と聞くに聞けない雰囲気を纏ってる。人にNOと言える人間にならなければと思うがまるで無邪気な犬を相手にしてるようなもので…そう犬だ。レオンを犬と思えばペットがじゃれてきた程度に思えばいいのではないか?


 無理か。


「ところでこのクレハそろそろ人々が救済を求める声が聞こえたので光の大聖女クレハをみんなに見せようと思うんですが…」

「それなら一緒に行くよ。酒場で楽器の弾き方も教わって少しは役に立てるからさ」


 あ、なんかお腹痛くなってきた気がする。どうしようっかなぁ…今からもしかして付き合ってる?なんて聞いたら駄目かなぁ…。


     ***


 それから急遽、ライブをして町の人に回復魔法をぶっかける作業を終えてから適当に食事を貢いでもらおうと歩くがそれでもついてくるレオンに対してどうしたものかと考えていると肉を食べたいなと思えば。


「クレハがお腹すいてそうだったから買ってきたよ」

「ありがとうございます?」


 肉を食べたら冷たい飲み物、甘いやつが欲しいなと思えば。


「そろそろ飲み物欲しいよね?甘いのがクレハは好きだったから果実水にしてきたよ」

「ありがとうございます?」


 何で分かるん?エスパーなん?それともそんなに分かりやすい顔をしていただろうか?

 とにかくのんびりしたいなと思ってだらだらと歩いていると細やかな気遣いがレオンはすぐに気づいてなんでもしてくれてちょっとこんな扱いも悪くないなと思う。


「レオンはなんでこのクレハが欲しいと思ったものが分かるんですか?」

「常にクレハのことばかりを考えているからかな?好きな人のことを知りたいと思うと自然とそうなると思うよ」


 な、なにを恥ずかしいことを平然とした顔で言ってのけるんだ!このクレハとてそんなことすぐに答えれないぞ…!


 まぁ、悪い気分ではないし。案外このまま放置でもいいかと思って城まで一緒に帰ると、中庭にギンと馬騎士がいたので挨拶しておく。


「ギン、迷惑をかけましたね」

「お?クレハか、レオもいるな。仲直りで来たみたいでよかったよ」


 こいつはいつも通りなんだよなぁ?レオンの方を見ればギンといつもより爽やかさが増して話をしてるがギンはどうしてこいつと平気で話せるんだ?


 軽い挨拶は交わしたし後は部屋に戻って…戻るのだけどこいつ付いてくるの?どこまで?部屋の中まで入ってくる系?


「レオン聞きますが…いつまで一緒にいるつもりなのでしょう?」

「今日はゆっくり話そうかなと思って」


 こいつどこまでだー!?言え!時間を!


 正直言いたいことはあるが、どうにもこいつは言葉足らずな気がする。別に暇してるからとは言え無性に距離感近いし…。


「やっぱりクレハはみんなの前ではあまり近づかない方がいいのかな?」

「へ?」

「クレハの言ってた皆を明るくするのに僕は向いてない気がするんだ。だから人前では普段通りにしようかと思って」

「それは良い心掛けですね!そもそも人前でこの光の大聖女クレハ様の側近として勇者は別にいてもおかしくありませんがブランド価値というものがありますから!」


 そう話しながら私の部屋を開けると、レオンが扉を閉めて後ろから抱き着いてきたんだが。

 チガウ、そうじゃないよ?人前じゃなければ良いって言ってないよ?ここは心を鬼にして言うべきだろう。


「こんなに愛おしいなんて思える自分に驚いてる。いつもありがとうクレハ大好きだよ」


 このクレハ…ここまで愛されたことがあるでしょうか!?いや断じてないと言っていい。というかこいつが急にこのクレハに愛を説くなどあっていいものだろうか!悪い気分ではないが…い、愛おしいかぁ…。


「ち、ちなみにどれくらい愛おしいんですか?」

「僕は誰かと恋なんてしないと思っていた。常に死ぬと思っていたのもそうだけど、そもそも僕のことを好いてくれる人もいなければ僕が誰かを守りたいと思うこともないと思ってた」


 なんか暗い話か?悪いがもっとこのクレハを称賛するような言葉が出るかと期待してたんだけど…。


「それでもクレハのために剣を振っていいと言われたとき、いや生誕祭の時からすでに意識はしていたんだ。誰よりも可愛くてどんな心の闇も打ち払ってくれるところが好きだ。先日の涙に濡れているクレハを傷付けてしまったと思う僕を許せないと同時に美しいとも思っていた」


 ほ、ほうほう。まぁ…悪くはないな。

 だがそれだけか?もっと褒めていいぞ?


「クレハ!」

「ひゃい!」

「僕はこんなにも人を愛したことは無い!どうかこれからも僕をもっと意識してほしい、君だけの僕でありたい」


 ぐはぁっ!なんだこんな恥ずかしい身をよじりたくなるほどのセリフを聞いたのは…というかこのクレハに対して言ってくるなんて思わなかった…いや!期待はしていた!していたが本当にくるのとこないのでは話が違う!


 よ、よく見れば見た目に派手さはないが顔の作りは良い方ではないか?ギンは厳ついし、大抵の戦士は厳ついがそれでも強くて標準さを兼ね備えてるならわりとイケメンと言えるんじゃないかな?


「こ、このクレハに対して良い度胸です!ならばこのクレハをもっと輝かせるために励みなさい!」

「もちろん。そのためならこの命を一片も惜しいとは思わないよ」


 恥ずかしいよぉお!聞いてるこっちが恥ずかしいんだよ!そんなセリフお前のキャラ的に絶対言わないランキング上位だぞ!いつもの弱弱しさはどうしたんだよ!


 なんか知らない間に手を繋いできてるし!このクレハを一体どうするつもりなのだと心臓の鼓動が早く自分でも分かるくらいに聞こえてきてレオンを見る。


 ま、まさかまたか!またする気か!?キスをそう何度もクレハが許すと思っているのかこのすけこましは。


「クレハ様!クレハ様ああああ!この見習い!今日町に出かけたらクレハ様のコンサートがあったと聞きました!この見習いにも救いの慈悲をくださいぃ!」


 一瞬で正気に戻りレオンを蹴飛ばして扉を開けるといつも通りの変人が来てくれたから落ち着けた。


 やばい、雰囲気に流されるなど一番あってはいけないというのに危うくそんな展開になるかもしれなかった…。あぶねえ。


「見習いよ!この光の大聖女クレハ様についてきなさい!食堂で先に食べて皆さんに頼ませてあげましょう!見習いも覚えるのです!」

「はい!ところでレオン様はなんで倒れてるんですか?なにかありました?」

「き、気にしなくて結構です!勇者ともなればレオンは受け身の修行をしていたんです!」


 あー、なんか見習いがいると落ち着くわぁ…。


     ***


〈セナ〉


 なんだろうか。案外上手くやってるではないか。


 クレハは食堂では元気に歌って踊っていたし、レオンもおかしな言動が少なくなって…ちょっとクレハに対して可愛いとか呟くようになってる感じは変だが許容範囲だろう。


 それとなくギンにも聞いてみたけど中庭で会った時は特に変わった様子はなく仲良くしていたと聞いたし問題はこれで解消したと言える。


「ギンは色恋沙汰とかないわけ?」

「俺か?俺にはねえよ。酒場で口説いて振られて終わりくらいだな。そういうセナは?」

「多分クレハのおかげか、野暮ったいローブじゃないおかげなんだろうけど。今まで気づかなかったけど魔導士セナは美しいですねなんて同期に言われたわ。むかついたから魔法で追い払ったけど」

「そりゃご愁傷様だな。セナは実際美人だしな」


 あら、褒めてくれるなんて珍しい。ギンは正直者だろうから素直に嬉しいが、実際誰かにそういうことを言われたら魔導士相手だと実力の差でマウントとか取られたり勝手に嫉妬されたりするから。恋愛するなら魔法の才能を持ってない人とかななんて思う。


 ただしばらくはレオンとクレハの恋愛話でお腹いっぱいだからもういいかな。


「ギンも怖い声を控えたら硬派で格好いいって思われるかもよ?」

「余計なお世話だよ。俺はレオン見てたらこうも人は変わるのかとちょっとこええぞ?」


 同意見だ。クレハが大事だけどレオンも勇者として旅を共にしてきた大事な仲間だ。


 クレハが言ってくれたように短いけど長い時間だったと思いでとして振り返ると貴重な体験だった。


「私も少しは踊ってあげるわ!食後の運動程度の踊り混ぜてよクレハ!」

「良い心掛けですねセナ!このクレハが歌うので盛大に踊ってみせなさい!」


 あまり覚えてる踊りはないが、それを配慮してクレハが良く歌う歌を選んでくれるのに甘える。

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