第19話 クレハ様と勇者の誤解

〈セナ〉


「ギン!大体のことは省略して伝えるわ!」

「おう!」


 まずどういう勘違いが起こったのか確かめなければいけない。クレハは振ってないし、むしろ私達のことを今まで雑な扱いをしてしまっていたと悩んでいたことを伝える。


「それは…クレハに限ってそれはないだろ?聖典とかわざわざ一人一人に書くか?普通」

「そう思うんだけど、クレハはいつかは離れて行く存在を特別視すればいなくなった時に傷付くのが嫌だから名前なんて覚えても無駄とか言ってたわ」

「あー…戦場でそういう奴がいるのは知ってる。それでもだ。雑どころか丁寧に扱われた記憶しかないぞ?」


 私も思い返せばクレハが私達のためにやってきてくれていた数々のことを思い出せる。


 クレハはそれをなんてこともないように扱ってるがはっきり言ってそれが本当だとしたら優しすぎだろう。たしかに誰に対しても優しいにしても限度がある。


「それで、そっちはどうだったの?」

「どうって言われてもな?たしか最初は分かってもらえなくて焦って強気に告白したら、お前の名前なんて覚えてねえよ馬鹿って言われて振られたらしい」

「んー…それ以外は?」

「いんや、あとには走って逃げるクレハを見るしか出来なかったそうだ」

「断られてないんじゃないの?」

「断られてないな」


 レオンも初心だったかぁ…いやでも待ってそれならなんで避けてるの?


「クレハを避ける理由は?」

「言ったろ?傷心してるから次の旅にも行くしそれまでの間に踏ん切りをつけるんだとよ」

「はぁ…困ったわね…仮にクレハが振るって決めたら二回もレオンは振られてしまうわ」

「やっぱ脈ねえの?」

「んー…今はそれどころじゃないって感じなんだけど…」


 なんというかひたすらに後悔?というか、そう懺悔だ。懺悔してるような感じのクレハが続いてる。


 私が三日間部屋を訪れれば、あの時はこうだったとかこの時はこうだったとか心情を話し始めていつもの元気がなくなった普通のクレハが子供っぽく話してくるものだから聞いているだけ。


 とりあえず誤解を解いてあげたらレオンも何とかなるんじゃないかと思ったけど次も振られたら同じことが起きるんじゃないかと思ったら素直に伝えづらい…。


 逆に今のまま放置してもいいが、そしたらクレハがいつ元気になるか分からない。


「ギンはどっちがいいと思う?クレハを元気づけるか、レオンに誤解を解くか」

「俺は誤解を解いた方が良いと思うが?クレハを元気づける方が難しそうだ」


 それもそうか。今の私がやってることと言えば話を聞いてあげるしかできないし、拒絶されたと思ってるレオンの言葉ならなんとかなるかもしれない。


「作戦を考えるわ」

「作戦?レオンにか?まぁ付き合ってやるよ、どうせこれ以上あいつに何言っても変わらんだろ」


     ***


〈クレハ〉


 ギンが訪れてきて、レオンが話したい事があるけど以前と同じ場所に来て欲しいと伝えてきた。


「ギン…今まですいません。クレハは人の心を踏みにじる行いをしてきました…」

「え?俺の名前…いやまぁそうか。てか気にすんなよ!あのクレハなら名前なんか気にしてないだろ?」

「ですがクレハは人に自分を押し付けておきながら周りが消えていくと知ってそこまで手を伸ばそうなんて考えてませんでした」


 そう、今までクレハがやってきたのは利用していただけに過ぎない。はっきり言ってやってることは屑だろう。それでもお金は欲しいし、周りの連中は真面目にいつ死んでもおかしくないと思うが。


 ただないがしろにしすぎていた。生きている間くらいちゃんと向き合ってあげればよかったのだ。どうせ死ぬにしてもクレハがもっと人の名前程度を覚えるくらいのことはしてあげても良かった気がする。


 思いのほかアイドルと言うものは一人一人に構ってる時間は無いのだと思って…友達にも同じ雑な扱いをしていたとなればどうしようもない。


 セナは甲斐甲斐しくクレハの元へずっと来てくれていて。アイドルスマイルも無しに付き添ってくれていた。ギンもわざわざ部屋に来て励ましてくれてる。友達っていい物なんだなって今なら思えるけどレオンは友達とすら見られてないことを怒っていた…嫌われて仕方ないだろう。


「調子狂うし、正直セナはすげえって思う。俺はなんて言えばいいのかわからん。それでも俺なりに考えたことなんだがよ、いいんじゃねえの?それで」

「良い?」

「俺も生きるか死ぬか分からないところで戦い続けてきたからこそ分かる。名前なんかよりももっと大切なことはそいつがどんな生き方をしたかだ。名前なんて聞いてねえけど俺の戦友たちは今も覚えてる。クレハはどうなんだよ?」


 どう、と聞かれれば覚えている。孤児院で世話になった意地汚い鬼婆やこれ見よがしに魔法を使って遊んでるクソガキ共…教会のちょっと髪の毛薄い神父、そこから移動をしてクレハが看病した戦場の戦士たちも。


 クレハが旅に出るとなって止めてきた、目が開いてるのか分からない神父も泣いてきた修道女も、道中の村人AとかBとかも。今も生きてるかは分からない。それでも覚えている。


「すべてこの胸に頭に覚えてます…」

「じゃあそいつは幸せ者だろう。あのクレハが覚えてくれているんだからよ」

「それでもレオンは怒っていました…」

「怒ってねえよ。行けば分かる。もし嘘だと思うなら何でも言うこと聞くぜ?」

「サクラになってくれますか?」

「それがなんだか分からねえが任せとけ」


 いつか考えていたことだ。セナがダンサーになってクレハが歌いレオンが音楽を奏で、賑やかにさせるギンの役割…正直こいついらねとか思ってた…友達ならいらないなんてことないよな。必要だ。


「じゃあちょっと行ってきます…」

「おう」


 そう言えば話したい事って何だろう?もしかして文句とか罵倒じゃないだろうか…このクレハはメンタルが弱いから出来れば嫌なんだけど。


     ***


 来てみたが誰も特にいない…。やはり嘘だったのかと騙されたというよりギンはああ言ってくれていたがレオンはもう見限ったのではないかと思う。


 確かこの辺でお金数えていた気がするけど…いや、もう少し待ってみよう…もうちょっとだけ…。


     ***


〈レオン〉


 ギンと飲み歩きをしてすっかり疲れてしまった。とはいえ酒に体を酔わせるのも気分を紛らわせるから良いものだと思って、今もアルコールの強い酒をひたすらに飲んでいる。


 今の僕をクレハさんが見たらどう思うだろうかなんて考えてしまう、ついクレハさんのことを考えてしまうがギンにはもう忘れてしまえと酒場で言われて考えないようにはしてるんだけど考えてしまう。


 悪酔いはしたことがないから大丈夫だと思うが、明日からはまた稽古をしていかなければと考えるが。それすらも怠く感じて、もしかしたら僕は別に勇者としてもう動かなくてもクレハさんならすべて解決するんじゃないだろうかとそんなことを考える。


「はぁ…だるい…」


 言葉に出せば少しはマシになるかと思ってただただ気持ちを吐露してしまうが、考えるのはクレハさんの事ばかりだ。


 これほどまでに彼女にしてもらっておいて後は任せますじゃ駄目だろう。僕だって意地はあるんだから。


 情けない考えを一蹴して再度気持ちを切り替える。そして明日にはちゃんといつも通りクレハさんと話そう。そうすればいつも通りだ。元に戻るだけ。


 決心すると同時にドアが強く叩かれてセナの声がした。


「レオン!いるんでしょ?開けなさい」

「どうしたの?今開けるよ」


 ドアを開ければそのままズカズカと部屋の中に入って鼻をつまんで部屋の外に出て行く。


「なにあんた…ずっと酒飲んでたの?酒臭いにもほどがある…」

「あはは。ごめんね、でも大丈夫酔ってないよ」

「顔赤いし、ちょっとふらついてるし…大体酔ってる奴は酔ってないって言いながら酔ってると思うわ」

「それよりもどうしたのさ?セナが僕に用事があるなんて珍しいね」


 言えばセナは真剣な顔をしてポツポツと話し始める。


「クレハが…勇者に見向きもされないことに壊れ始めてしまったわ…いえ、もうあれはクレハではないクレハね」

「待って?どういうこと?」

「あの子のことはよく知ってるはずよ。クレハはあんたのこと振ってない、ただ急に告白されて急だったから名前を思い出せないことを悔いているのよ…あのままじゃ時間の問題ね」


 名前を思い出せないだけでそんなことになるなんてとてもではないが思えない。

 それ以上の何か別の理由があるんじゃないだろうか。


「事の重大さに気づいてないようね…今ではクレハは私の名前やギン、レオンの名前を口にしながら謝るだけの無垢な子供となってるのよ」

「いや、いやいや。そんなクレハさん想像できなくて、よく分からないというか実感できないというか」


 僕が戸惑っていると、頬を叩かれた。


「考えてもみなさい。名前を忘れたというだけであってあんたの返事をしようと思ったら無視されて遠ざけられたらこいつ嘘つきと思うわ。私なら思うわ。昨日まで好きと言ってくれた相手が急に手のひら返しされるなんてとんだ詐欺師だと。けどクレハは優しいわ自分もいつかは勇者一行と別れるのが惜しいと思って今まで名前を覚えようとしてこなかったのだから当然の扱いだと…もしかしたらあの子はもういつものクレハにならないかもしれないわ」


 理解が追い付かない…それでも僕が原因だと言うのならそれはそうなのかもしれない。

 たしかに勇者と言って何かを話そうとしていた彼女を見るのが辛いからと遠ざけてしまっていたから。


 いつも元気な彼女が好きだった。暗いところなんて想像もできない明るいクレハさんがいつも僕たちに元気をくれていた。


 心では分かってる。彼女に僕なんかが釣り合わないことを、それでも僕はまだ好きでそれは嘘なんかじゃない。


「クレハの所に行ってくるよ」

「部屋にはいないわ…きっとあんたが告白した場所にでもいるんじゃないかしら」


 どうしてそこに行ってるのかと不思議に思うも、先ほどまでクレハさんがいつもの元気ではないと言うなら行動も読めないものだろうと思い僕は城壁でクレハさんがお金を数えていたところに走る。そして後ろから何かつぶやいてる声があった気がした。


「ギンはちゃんとクレハに伝えたんでしょうね…それにしてもレオンが呼び捨てで呼んでるの初めて聞いたわ。」


     ***


 先日彼女に名前なんて知るかと言われた場所に向かえばたしかにそこに月夜に照らされて美しい銀髪を輝かせて、風に靡く髪も相まって幻想的に見える。


 ただそれだけではないのは彼女の頬を伝う涙を見れば自分が彼女を傷付けてしまっていたのかと自覚してしまい何を伝えればいいのか、どう彼女と向き合えばいいのかを忘れさせてしまう。


 僕の心の準備ができてないまま振り返り僕を見て微かに笑い、そして不安気に顔を変化させていきあの日とは違った意味で胸が締め付けられるように苦しくなる。


「…レオン…ごめんなさい……」


 最初に彼女に会った日に確かに呼ばれた名前、それ以降名前なんて呼ばれたことがなかったからそれがどこか嬉しくて、でも辛くて。


「このクレハは…今までぞんざいな扱いを行ってきました。ですがせめてこれからは――」

「違う!僕が変な態度を取ってしまったから。僕が勘違いをしていたから!」


 そう。すべて僕が勘違いをしてしまったからいけないんだ。セナが言ってた通りだった。

 僕は振られたと思ったけど、僕のことを考えて答えを…告白を受けてくれようとしていただけだったはずなのに僕は勘違いして断られた物ばかりだと思っていた。彼女が僕に応えてくれたようにこれからを僕も支え続けて行かなければいけない。


     ***


〈クレハ〉


 レオンがちゃんと来てくれたことに安心をするがこれから仲直りをしなければいけないと思うとこのクレハ喧嘩別れを経験したことはあるが、大体の喧嘩って学校に行けば必ず会うから自然と仲直りしていた経験しかない。


 これからはちゃんと友達として接するから仲良くしてほしいと言えば分かってもらえるだろうか不安だが。

 …というかこいつ酒臭くね?いや今指摘するのはよろしくないな。


「クレハ!僕はクレハに振られたのばかり思っていた…それは違って、クレハが真剣に僕のことを考えてくれてると聞いてから今まで最低の態度を取ってしまったことを謝りたいんだ」

「このクレハも…今までまともに対応してこなかったから招いてしまったことです。ですから今後はちゃんと向き合おうと思ったのです」

「分かってる。クレハが僕のために一生懸命になって考えてくれたことが嬉しい、何より僕を受け入れてくれて、なんて喜べばいいのか分からないくらいだよ」

「そ、そんなにですか?」


 こいつ友達が一人もいなかったのかななんて思ったけど。セナも確かにグランディアに来てから誰かと仲良くしてる姿は見当たらなかったし、ギンは兵達と仲良くはしていたけど。向き不向きはあるもんな。


 このクレハもこの世界で初めての友達はこいつらなんだし、初めての喧嘩というのは勘違いが起こりやすいものだろう。


 そうだ。それなら初めての友達パーティみたいな感じでこのクレハも初めて友達が出来たと言えばレオンなら一緒に共有してくれるかもしれないなんて思っていたら抱きしめられた。


「レ、レオン?」

「本当にありがとう。これからは僕の全てを懸けて守っていくよ」

「そこまでオーバーなものでしょうか…?いや大事にすべきだとは思いますが…」


 いくら友達と言えど気安すぎないだろうか?女性同士はスキンシップが激しいと言うがそれにしても…。


 顔を合わせて真剣な眼差しで見てくるから見返すが。ここまで思ってもらえるならまぁ、それもいいかとなるし。レオンも友達いない同士だから多少のスキンシップは多めに見てやるか。

 友達記念にギンと色々スキンシップしてるイラストでも描いてあげよう。友達はほかにもいるよって。


「クレハ、たとえ魔王を…神を敵にしたとしても愛してる」

「いや魔王はみか――」


 味方。そう言おうとしたら口を塞がれた。なにしてんだこいつ。友達の枠超えてね?というかこのクレハの最も最上級にして至高のファーストキスを奪ってるのでは?


 殴るが、抵抗してもこのクレハの力では大した力にもならずキスがあまりにも長いし、なにしてんだこの馬鹿野郎が。


 口づけが終わり、満足そうな勇者の顔を見たら苛立ちが勝って、ビンタをかまして走る。


「ふざけんな!ファーストキスだったんだぞー!」

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