第15話 クレハ様は差別しない

〈クレハ〉


 ヴォルグハイエンと共に魔王城へ行く準備ができたので気軽に空の旅となり、今度は以前よりは格段に乗りやすくなった乗り心地に満足しつつ。


 空を飛べば下から町の人間共が「大聖女様!万歳!」と歓声を上げるので気分も良くなると言うものだ。


 最初はこんな糞みたいな魔王討伐から始まったが聖女活動してるときとそんなに大差ないし楽な仕事。楽なピクニックだったと思えば来て良かったかもしれない…なんて思うわけないだろうが!このクレハ様の最終目標は霊峰にクレハ様の教会を立てて愚民共を見下ろしながら悠々自適に過ごすことなんだ!


 最近美味しい物を食べたり、都会って案外いいとこじゃーん、なんて思っていたがそれはそれこれはこれ。


『クレハが上で暴れておらぬか?』

「クレハさんはたまに足をばたばた地団太する癖があるからね」


 魔王に頼んでみようかな?そうすれば人間が作るよりも早く教会を作ってくれるかもしれない。

 温泉のある場所とか探し当てることとかできないかな?


『暴れるのは良いがフラムナードへもうすぐ着くぞ』

「フラペチーノはさぞ美味しいことでしょうね!」

『なんだそれは…』


 魔法使いは雇いたいよな。暑いときや寒いときはエアコンとして重宝したい。


「クレハさん着いたから降りるよ」

「ん?もう着いたんですか。なんですかこの禍々しい城は」

「わりと前から見えていたんだけどね…魔王の居城フラムナードと周りは町だね」


 相も変わらず城の中庭へ降りるあたりヴォルグハイエンもこのクレハ様がどこに行きたいかちゃんとわかってるようだし、あまり歩かなくて済むのは楽だ。


 そういえばドラゴンて人化とかするのだろうかと思っていたら城から豪華なマントを羽織った魔王っぽい人が出てきた。角尖ってるし絶対寝る時邪魔な奴だ。


「ヴォルグハイエン久しいね」

『貴様もなオーファダイン』

「なに勝手にこのクレハを差し置いて懐かしみあってるんですか。そんなに喜んでるなら月一でも勝手に会って話せばいいでしょうに!」


 二人…というより一人と一匹が目を丸くしてこちらを見る。まるでこのクレハがついでに来た扱いではないか。


「まぁ良いでしょう!この光の大聖女クレハ様が来たからには恐らく魔王っぽい貴方に言わなければならないことがあります!同盟結んでさっさと戦争なんてやめて共存の道を行くのです!」

「そういう通達があったことは理解している。だが今さら虫が良すぎるのではないかな?」

「魔王は分かっていないようですね。仲良くなりたいって思っても相手の気分もあるでしょう!喧嘩の一つや二つあったからと言ってそれでどちらかが消えるまでやってしまったら仲良くなれなくなりますよ!こっちが謝罪してもう敵わないので友達になってくださいと言ってるのです!許可しなさい!」


 そう言うと魔王は特に考える様子もなく城を案内しようとこのクレハ一行を連れて城に行こうとする。


『クレハよ、励めよ』


 ヴォルグハイエンの応援を背にいよいよこれで面倒くさいことも全部終わるなぁと感無量ってやつだ。


 すぐに攻撃してこないあたり魔王も話はちゃんとできるっぽいしなんで人間と争ってたんだ?

 グランディア国王代理も基本的には受け身というか保身派みたいな感じだったしパラシフィリア教会や周りの国が関係してそうな面倒さはありそうだけど…。


 客室に案内されてお茶っぽい紫色の明らかに毒そうな見た目の飲み物を用意されたので不味かったら文句を言おうと思って飲んだがハーブティーのようなものだなこれは。味よりも香りを楽しむ飲み物か。


「中々に美味しいですね!これの茶葉をいくつかお土産に持ち帰っていいですか?」

「構わないよ、とはいえ先に話を進めてみようか…パラシフィリアが用意した聖女の話しを」

「特に話すことなんてないですよ。同盟結んで平和にやりましょうって話です」

「…それ内容を聞いても?」

「どうせ魔王側は食料困難と聞いてたから主な理由としてはそれでしょうね。なので交易でそれを庇えるところは庇います。道も作らないといけませんね。魔王と言えど魔物全てを掌握してるわけじゃないでしょう?それらは盗賊と同じ扱いで魔王側もそう言う輩は抵抗していいです」


     ***

〈オーファダイン〉


「積もる話としては人間側や魔物側にもあるでしょうが、それらは禍根を残したところでなにもならないでしょう。なので代理戦争を用います」

「代理ねえ…結局のところ戦争ではないのか?」

「代理というのは戦争の在り方そのものに対する代理です。つまりは殺し合いは禁止にしてスポーツマンシップに則って行う遊びの延長戦で競い合うということですね」


 一体どんな提案なのかと思えば、実に下らない解決方法を提案してきた。それじゃあ種族差がある魔物側が有利に働いて人間が不利になる条件ではないか。


 謀略か?この言葉の真意は別の所にあるのではないかと疑ってしまうが、この少女は淡々と事務作業を行うように話してくる。疑問があればそれにもすぐに答えてくる。


「公平性はないが?」

「元々公平性なんてないですよ、だからそこに公平性を求めた場合一つの競技で判断しないというところにあります。季節が春夏秋冬あるように協議も四つ、それでいて二つは人間側が有利なもの魔物側が有利なものとします。引き分けの場合は次の代理戦争まで持ち越しとなり準備期間を要します」

「勝敗の結果何を取るつもりなのだ?領土か?」

「そんなものを取ってもお互いに交流する気なので特に意味は無いでしょう。大陸を隔ててるわけでもないのに同じ大陸同士で国境を作れば勝敗のたびに変わる領地に民の方が困惑します。それよりももっと分かりやすい物として貨幣価値の変動にあります」


 金?お互いの金銭を懸けるつもりなのか?それで国民が納得すると思えない。

 そもそも魔物たちは頭が賢いわけではない。そんなシンプルになるとは到底思えない。


「話は分かったが…それだけで我々が納得できるはずもないだろう?もうここまで争ってきたのだ。今更金のために今までの禍根を消せるはずもない」

「それはそうでしょうね。ただ今回は圧倒的にグランディアは負け確定のシチュエーションです。これ以上争っても負けは必須、これ以降も戦力の残ってないグランディアは負けるでしょう。当面はそれでいいです。むしろ数年単位で負けてくれた方が楽ですしね。その結果魔王側魔物たちが豊かになる期間が増えてこちらもスポーツを出来るものを選んで人選する時間も出来ます」


 豊かか…つまりお互いに失ったものを取り戻しながら関係を取り持つ時間を設けて魔物側は勝利という待遇を味わう…それだと人間側は理不尽な暴力を受けることもあるのではと思うが。


「荒唐無稽すぎる。その話が上手くいくとは思えない」

「なのでまずは留学制度を取り入れます。魔王が人間側に敵意を持ってない者たちを選抜し、こちらも魔物に敵意の無い商人を選抜します。数は期待してませんがそれでもいいのでお互いの知識を取り入れて少しずつ組み込んでいきましょう。それこそこのクレハ達が国で話し合っても実際の民が動いてくれなければお飾りの王と聖女でしかないのですから」


 否定すれば代案が次々と出てくるこの少女は私が何を言うのかすでに計算でもしてるのか?


「パラシフィリアの動きはどうするつもりだ?」

「それはこのクレハも悩んでるところですね。正直胡散臭いあのパラシフィリア教会が周りの国をどうにかしてきそうなので四天王を借りたいです。こちらは聖女を一人あげます」

「聖女?まさか交渉して自らが人質になりにくるつもりか?」

「いえ。パラシフィリア教会が選任した聖女です。このクレハは光の大聖女ですし、あげるのは普通の聖女です」


 聖女とは何人もいるものなのか…それにしてもわざわざ聖女を寄こしてくるとなればそれこそ何か策略があるのではと思うが…聖女は回復に秀でてはいると聞いたが戦闘には向いてなかったはずだ。


 暗殺でもしてくるのかと思ったがヴォルグハイエンと共に堂々と来るその胆力も踏まえて姑息な手を使ってくるだろうか?それなら最初からヴォルグハイエンを謀り殺しに来そうなものだ。


 茶も…毒が入ってるか不安な様子もなくむしろもっと欲しいなどと気軽に言うこの生き物が本当に悪だくみを考えてるのかと自分を疑いたくなってしまう。


「クレハ的に話し合うより読んでください。計画書を書いてきたのでそれに大体書いてます。読み終わったら教えてください。ふかふかのベッドのある部屋でしばらく泊めさせてもらいますね」


 そう言い山積みの紙をテーブルに乗せて勝手に部屋を出て行った。


 な…なんなのだあいつは。というか勝手に城を歩いて去って行ったぞ。後ろの付き添いの者も唖然としているではないか!


「あ、案内をしてやれ!あいつ一人では勘違いされて殺意を持つ配下もいるのだぞ!」


 付き添いの人間もそれを聞いて慌てて追いかけて行き、私は今からこの積み上げられた紙を一枚一枚見なければならないのか…?


     ***

〈クレハ〉


 怠い説明をしてきたし、しばらくは大丈夫だろう。


「クレハはいつの間にあんなもの用意してたの?」

「あんなの聖典を書くより容易いです。面倒くさかったですけど」


 魔法使いの疑問にも答えて案内役を務めるのは山羊の人がいたのでその人について行くが、これも魔物なんだよなぁ…なんか分かりにくくね?自治権みたいなものとかこの世界に用意されてないせいか種族もあるのに大雑把すぎるんだよな。


「山羊よ」

「なんでしょうか?」

「あとで魔王に伝えておいてください。魔王傘下にあるものは資格を持ち魔族であり知性あるものを魔人とでも名乗りなさいと。こちらのグランディアに住む人々も魔族と交流をする神聖人類とでも勝手に呼んでお互いに分かりやすい紋章を刻んだ徽章、それでいて魔法をかけた贋作が作れない住民権を用意すると」

「か、畏まりました…」


 当面はこれでいいだろう。詳しい住民票とかそういうのは人間が少ないうちにやっても仕方ないしそれを悪用されても仕方ないから簡単に徽章も本人の魔力に帰属したものとか作れたら便利だろう。


「なんかクレハがおかしいわ!すごく真面目なのよ!」

「ああ!クレハが間違いなくおかしいな!こんな真面目なクレハ見たことねえ!」

「やっぱりすごいねクレハさんは」

「あ、でも聖女を軽く人質にするところだけはクレハっぽかったわ」


 後ろでうるさくしてるやつらは許さんとして、さすがにここで人間嫌いの魔物たちに飛び込んで回復魔法をぶっかけまくるのはどうだろうなぁ?アンデットとかいたら死んだりしないかな?


「山羊よ」

「なんでしょう…?」

「回復魔法でダメージを受ける種族はこの国にいるのですか?」

「いないと思いますが?攻撃魔法でなら消滅する者はいますが…」


 ならすることは決まったな…コンサートだ!

 城の中を少し見たが特に面白みもないしヴォルグハイエンに急いで食料を大量にグランディアから運んできてほしいと告げて、その間にこのクレハは何かあった時のために勇者を連れフラムナードを堂々と治しに治しまくる!


「に、人間か!」

「光の大聖女クレハ様です!ヒール!」

「きゃああ人間が攻めてきてるわ!」

「崇め奉られる存在究極の光の大聖女クレハ様です!ヒール!」


 いまいち反応が悪いがそれでも無理やりに回復したり浄化したりして突き進んでいくと魔王軍の兵士なのか厳つい種族が出てきたのでそいつらもヒールしながら後ろから追いかけてくるがこっちの勇者が抑えてくれる間に国民を阿鼻叫喚のヒールにしてやるわ!あーはっはっは!…でもちょっと泣きさけばれるのは傷付く。


     ***

〈レオン〉


 一体何をするのかと思ったらクレハさんはフラムナードに来てからもいつも通り癒すのみだ。癒して名前を名乗り何をするでもない。


 兵士の人になんとか説明をすれば迷惑行為をしてるが…やってることは回復魔法だしどうしたものかと一緒に悩んでくれた。


「あの女はいつもこんななのか?」

「クレハさんは困ってる人や怪我してる人がいればそれを癒していきますよ。もちろん悪者には施したりはしてないですけどね」

「そうか…じゃああの女に兵の基地で怪我をしてる者がいると伝えてくれないか?」

「いいですけど?ちょっとうるさいと思いますよクレハさんの声だけは止めれないですから」


 それでもいいらしいのでクレハさんに兵がいるところで怪我をしてると告げるとさっきまで話してた兵の方を見てにやにやとしたあとに宣言する。


「このクレハに頼りたいなら最初からそう言えばいいんです!中途半端に止めようとしてるから周りもびっくりしちゃうでしょう!最初から協力すればいいのですこのクレハのためだけに!」


 いや、それは勝手に動いたクレハさんが原因なのではと思うがそれでもクレハさんは変わらずだ。


     ***


 彼女はそれから三日寝ないで癒して周ったらしい。

 魔王もクレハさんに話したい事や聞きたいことがあると言ってたけど、もうどこで治療してるのか分からないほどに兵が交代しながら国中を駆け回るクレハさんに終わったら話すと諦めた魔王も帰ってきて眠そうにしているクレハさんを見て明日話すと決めて解散した。


「クレハさん大丈夫?無理してない?」

「このクレハにかかれば無理などするはずがありません!しかし予想外なことがありました」

「どうしたの?」

「魔物…いえ、魔族の種類によっては効き目が違う場合があります。恐らく細胞が人間とは大きく異なってるが故の弊害でしょうが腕を生やそうと思ったりしても上手くいきづらかったり、病気も思わず毒持ちの魔族の毒素を抜いてしまって殺しかけてしまいました。毒も薬だと思い回復魔法をかけたのが上手くいって良かったです」


 何言ってるか分からないが、すごい苦労をしていたんだろうな。


 今日もいつも通りのクレハさんを抱っこしてベッドまで運んであげれば疲れが相当にたまってたからか寝顔を見れた。この健やかに眠る彼女が大人しくなる日が来るのだろうか。


 魔王の話しも途中で終わってるし、心配は山積みだけど。魔王も国民が大事に扱われて喜んでいるのでこれも必要なことだったんだろう。


 ギンもセナも言っていたが今まで魔王との会談について何も聞いてなかったのに用意周到もそうだが考えを言葉にしているときのクレハさんはとても頼りがいがあった。


「お姫様は眠ったのか?」

「相当つかれてたみたいだよ、ギンはなにしてるの?」

「おう。やっぱ魔王軍は強いな稽古を頼んでみたらあっさり負けたぜ!」

「それは僕も頼んでみようかな」


 こちらもこちらでクレハさんに感化されたのか城の人達と仲良くしている。


「セナは?」

「セナも魔族が扱う魔法に興味を示して一緒に勉強中だとさ」

「案外僕たちを歓迎してくれてるみたいで良かったよ」

「その件だが…前回の争いで失った命もあるが、先日から走り回ってる聖女様のおかげで多くの命が助かったから好印象みたいだぜ」


 ここでもクレハさんの威光が輝いている。そう思うと居ても立っても居られなくなってギンと一緒に急かすように訓練所まで一緒に行く。


「次は人間との争いなのかねえ?」

「どっちにしてもクレハさんを守らなきゃ、クレハさんがいなくなればまた魔王軍の進行とドラゴンも来ると思うよ」

「俺たちの命はすべてクレハにかかってるってか。良いのか悪いのかわかんねえな」


 良いだろう。今まで何のために戦い続けてきたか分からないよりも。やることが明確になってるというのがなによりも今回の収穫なのだから。

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