第12話 クレハ様は統治しない

〈クレハ〉


 ほーん、へーん、はーん。と言った感じだ。

 なんか勇者が話しているのはこのクレハに対して助けるために一度苦戦してる戦地を治めるために出向いていたのだとか。


「その、クレハさん怒ってる?」

「このクレハが怒る!?霊峰よりも高く!深海よりもさらに深く心の広さを海と称されるこのクレハが怒るなんて!そんなことありません!」


 精々怒ってるのはこのクレハが連れて行かれるのを呆然と見ていた時くらいだ。もっと止めろよ!


「あ、貴方が聖女を騙るクレハですか…」

「いたんですね?聖女風情がこの光の大聖女クレハに対して随分とした言い様ですね!」

「ふ、風情…!?」

「聖女風情でしょう!ここにいるのは光の大聖女クレハですよ!そんなちっぽけな傷すら癒せない癖になにが聖女ですか!まったく最近の聖女はなってないですね!」


 聖女が傷付いたのかふらふらと椅子に寄りかかってる。悔しいがこのクレハより体が豊かだな。結構食生活まともにしてたのに…いやスタイル自体はクレハ様の方がいいはずだから豊かさよりも清廉さで勝ってる。


「それで…そのクレハは大丈夫なの…?」


 魔法使いがいつもの元気がないな?なんでだ?


「そんなことより回復魔法をかけたのに何故元気にならないんですか?」

「クレハさん、セナは魔力欠乏症だから回復魔法じゃだめだと思うよ」


 魔力欠乏症か、そういえば最初の辺りはこのクレハも戦場で欠乏症になったことあるけど、あれ結構辛いんだよな。

 回復魔法が同じ魔力を使うかは知らんが適当に分けてやるか。


「んー…マナヒールとでも名付けましょう。マナヒール!」

「え…あ、ありがとうクレハ」


 うん、顔色良くなったし同じ魔力を使うのか。じゃあなんでこのクレハは魔法を使えないのか謎だな。

 ただこれを見て聖女が驚いていたのでドヤ顔を見せておく。お前程度は所詮は聖女に過ぎないとな!


「やっぱクレハがいるとなんでも解決するんだな!すげえよ!」

「このクレハ様の偉大さを分かってるのはさすが戦士ですね!褒めてあげましょう!」

「よっ!世界一の聖女様!」

「あーはっはっは!クレハ様にかかれば造作もないことです!あと大聖女様ですこのクレハは!」


 もう笑いも止まらないってものよ!いい気分だぜ。


「そもそも貴方は牢に入ってたはずです…何故ここにいるんですかクレハ」

「はて?聖女なのに何も知らないんですか?厚顔無恥とはこのことですね!牢から出して欲しいと国民が訴えて暴動を起こす寸前だったのを国王が引きこもったので兵士たちが出してくれたのです!」

「は…?え…?」

「ま!国王の顔も見てきましたけどこの真の聖女様に平伏したので許してあげました!このクレハは寛大ですからね」


 ちゃんと説明してあげたのに聖女は呆けている。感謝しろよ。

 勇者達は安心したように笑っている。ちゃんと心配をしていたようであの時のことは多少許してやろう。ただ今日の晩御飯は奪うことが決定したな。


「待ってください!説明になってません!そもそもなんで暴動が起きようとしていたのですか?」

「そんなの聖女が仕事をさぼっていたからでしょう?聖女を名乗るなら国程度三日徹夜で癒しつくして見せなさい」


 実際回復魔法を自分にかければある程度無理くらいできるだろう。まぁ勇者達を癒してそれが出来るって思ったから参考にしただけなんだけど。


 さすがにこの規模を癒して周るのは魔力が少し欠乏しはじめて焦ったしな。


「それこそ無理です。魔力欠乏症になりながらもやったというのですか?」

「どうやら聖女というのを分かってないようですね聖女見習いよ。聖女とはいついかなる時も皆に笑顔を届けるのです!それが出来ない貴方は見習いです!修練し直してきなさい!」

「クレハほどほどにしてあげなさい?私からしたらセシリアさんも結構頑張ってたわ」


 魔法使いは可愛そうに思ったのか聖女見習いをフォローしているが、仮にも聖女ならそれくらいするべきだろう。

 もしこのクレハが居なかったら勇者達はこいつを連れて行くことになっていたんだぞ?


「まぁいいです!それよりも勇者は勝ったんですね。やるじゃないですか」

「勝った…というかクレハさんのおかげで停戦してもらったんだよね」


 なんだと?このクレハの威光が魔物たちにも通用したのか、意外というか我ながらすごいな。さすがにそこまでは想像してなかった。


「事情を聞きましょうか」


     ***


「つまりこのクレハというよりはヴォルグハイエンの威光でしたか」

「そうなるね」


 なになに!四天王っているんだ!会ってみたいなぁ。この場合四天王最弱が現れてるのかな?いやでも魔物だしなぁ…好戦的だったらやばいか?いやヴォルグハイエンにやっつけてもらえばいいのか。


 平和のためとか言えば平気で殺すだろあいつなら。


「じゃあさっさと国王に伝えて同盟でも結びますかね」

「そんなあっさり決めちゃうんだ」

「ヴォルグハイエンももう少しでやってきますしタイミングよかったですね。勇者がちゃんと日数計算していたか分かりませんけど功労者ですよ」

「あ…そういえば一か月後って言ってたっけ?忘れてた」


 まったくどいつもこいつも仕方ないやつだなぁ。しかしこのクレハのために戦場に言ってたという手前仕方ないだろう。ほんと!仕方ない。


 ここにいても仕方ないし国王が引きこもってる部屋に向かうと聖女見習いも一緒に付いてきていた。金魚のフンみたいに付いてきて大聖女クレハ様の功労をかすめ取ろうとしてるのか?


 ま、いっか。


 魔法使いも元気になったみたいだし。中央を堂々と進みながら国王の寝室に行くと兵士がいたけど。


「入りますよ」

「畏まりました!」


 これよ、これこれ。実に気分が良い。ドアを開けるとなんか前より老けてる?おっさんに事の次第を伝えないとな。


「魔王と同盟を組みます」

「な、そ、それは謀反…!?」

「なにを勘違いしてるのか知りませんけど魔王と同盟を組むのはグランディアです。何寝ぼけてるんですか、貴方一応国王でしょう?」

「それはならぬ!それだけは…他国からも援助を受けて、パラシフィリア教会の庇護下にも入ると決断をしているのだ…」


 はて?パラシフィリア教会って言うとうちの教会だけど、どういう話になってるんだ?まぁいいや。興味ないし。


「この国は誰が中心となっていますか?」

「それは国王であるわ――」

「暴動が起きる国王など王にあらず!もう一度聞きます誰が中心となっていますか?」

「そ、それは…クレハ様です」


 こんなのが国王なんて聞いてあきれるわ!まったくけしからん!


「なんか今の一言相当気に入ってるみたいねクレハがだらしない顔してるわ」

「きっと王様に認められてうれしかったんだろうね」

「いつものクレハで安心だな!」


 とはいえ別に統治したいとかそんな欲望ないんだよな。内政とかそういう経験ないし。

 別に国がパラシフィリア教会の手に下っても構わないが、偽物扱いしてきたしそろそろあの教会も役に立たないだろう。


「ではとりあえずグランディアはこのクレハが預かるので貴方は国王代理を名乗りなさい」

「え…だ、代理?」

「当然です。本来ならクーデターが起きて貴方は死んでいたんですよ?このクレハの代理になれることを感謝なさい!」


 あとは…魔王との同盟か。


「待ちなさいクレハ。パラシフィリア教会を裏切る気ですか?聖女として神託を受けたのなら分かるでしょう?」


 聖女見習いが何か言ってるけど神託とか一回も来たことないんだけど。


「聖女見習いは勘違いをしているようですね。パラシフィリア教会がやってるのはあくまで圧政に苦しむ人々を助ける慈善事業みたいなものです。だからこそいろんな国から支援してもらってるんですよ?」

「それは…そうですが。パラシフィリア様には深い考えがあるのです!」

「もしかして貴方はパラシフィリア様と思ってる神託というのは邪神が言ってきてるんじゃないんですか?あぁ…あぁぁぁ!今神託が届きました!貴方は騙されているのだと!」


 そう言ってみれば、そんなまさかとぶつぶつ呟き始めたので放置しておいて。

 実際パラシフィリア教会がそんな胡散臭いことをしてるのだとしたら勇者の件も案外適当抜かして凡人を勇者に見立てたのかもしれないな。どうりで地味な男が勇者やってるなと思った。


「その…クレハ様、周りの国にはどう説明するんですか…?」

「はて?国王代理は何か心配があるんですか?」

「援助は無くなるでしょうし…今の疲弊した状態では最悪攻めてくるかも…」

「どうせグランディアが他の国にとって防波堤になるとか援助していただけでしょう。攻めてきたら魔王と一緒に攻めましょう。それも含めて魔王と話してきます。ほかに問題ありますか?」


 特にないっぽいので後は任せよう。


「あ、貴族とか変なの全部解雇で。魔法に優秀なのは誰かれ構わず雇っておいてくださいねそれは解雇しなくていいです。有能な人間を周りに置いておきましょう」

「はい…」


 有能すぎてこのクレハが暗殺されるとか考えたりもしたけど、有能ならむしろ活用してくれるだろう。やっぱりアイドルと言えばマネージャーだよなぁ!


 用件は言い終わったし、適当に寛いであとは満足に観光できなかったしヴォルグハイエンが来るまで遊ぼうっと。


     ***

〈レオン〉


 本当に凄いと思う。兵士たちがクレハさんを支持してることがなによりもそうだろう。


 城下町の人はクレハさんのいつもの救済が及ぼしたのだと思うけどどうやって兵士を懐柔したのかが分からない。


 ギンとセナは城で休んで、ヴォルグハイエンが戻ってきたときの説明役も兼ねて残っている。

 僕はクレハさんが観光したいと言い出したので二人で出かけて城下町を歩いて進む。


「勇者どうしました?」


 僕の顔を覗き込むようにいつものクレハさんがいてとても安心する。


「クレハさんは凄いね。僕たちはどうやって助けようか悩んでいたのに一人で解決するんだから」

「勇者はどうやらこのクレハに感服しているようですね!このクレハ!はなんとかなるものです!と言いたいですけど…運が良いだけですよ」


 珍しくしおらしいクレハさんが、そこには自信満々の顔ではなく普通の少女のような顔があった。


「このクレハはやれることをしてるだけです。剣は諦めました、努力をしないクレハが悪いのですが向き不向きというのもあると自分に言い聞かせて言い訳しちゃいました」

「それは言い訳なのかな?クレハさんは実際教会で活躍してたから町の皆もこんなになってるんだし」

「剣の話しですよ?それと同じく魔法の才能もなかったですからね。ただ運良く修練を積めて人を救えるようになったからそれと引き換えに出来ることをした…それが今です」


 やれること…その理由で魔力切れになりながらも人を救い続けていけるものなのだろうか。セナは真似できないと言っていたし、セシリアさんも同じく出来そうにない。


 それこそ出来ることをやったという言葉で簡単に片付けれるものなのかと言える。


「クレハさんはどうしてそこまで頑張れるの?」

「勇者だってそうでしょう?勇者は何のために剣を振るうんですか?」


 僕にはそんな出来ることのためだとかで剣を振るってない。ただ生まれがグランディアで兵として雇われたに過ぎない。


 彼女も同じような境遇だったはずだ。故郷を無くし、魔法の才が無く。ただ教会で努力をした。

 僕は強くなるために努力していただろうか?自分のために努力はした。それでも人のために努力をしていたかと聞かれると漠然と国を守らなければいけないと思っていた。


「僕は、誰かのために剣を振るっていたわけじゃないよ」


「このクレハのために振るっていたじゃないですか。旅の途中何回魔物に襲われたと思っているんですか?盗賊に襲われそうになったときは?ヴォルグハイエンが敵対しないかいつでも剣を抜けるようにしていたのは誰ですか?このクレハのために戦場へ赴いたのは誰ですか?それが誰かを救うために振るった剣だと勇者は誇りなさい。いつも言ってるでしょ、もう少し傲岸不遜になるべきです」


 僕は、僕は既に誰かのために振るう剣を持っていたと。彼女がそこではにかんだように笑う。


「今このクレハは大変満足しています。どこぞの見習いに尻尾を振っていたようですが元の飼い主に戻ってきた忠犬を褒めたいような誇らしい気分ですよ勇者」


 言い方がペット扱いなのが気になるが。それならそれでもいいだろう。


「クレハさんのために僕は強くなるよ」

「それがいいでしょう。目に見える相手の方が分かりやすいです、考えすぎる勇者はシンプルイズベストですからね。誰かのためではなくこのクレハのために剣を握りなさい」


 そう言って満足したのか露店に並んでる串肉を強奪してきて僕に一本くれる。


「腹が減っては観光できぬです!さぁ食べ歩きとしゃれこみましょう!」

「そうだね。グランディアは僕の方が詳しいんだ。エスコートするよクレハさん」

「あぁ!良い気分です!エスコート!なんて甘美な響きでしょう!」


 そんなことで喜んでくれるならいくらだってエスコートしよう。クレハさんが喜んでくれるかは分からないけどそれでも僕が知ってる美味しいお店。オシャレにちょっとうるさいクレハさんが喜んでくれるか分からない服屋。沢山のものを。


「あ、勇者よ。お土産も買うのでそれに見合ったところも教えてください」

「ギンやセナに?あの二人もグランディアは詳しいと思うからお土産ってどんなのだろう?」

「決まってるじゃないですか!あえて一口サイズで美味しいお店です。あと香辛料を売ってるお店を先にですね」


 一応知ってるには知ってるから紹介するけど、物珍しさはないんじゃないかなと思っていたら香辛料を買った後にお店の人に香辛料を渡していた。


「一個だけ香辛料をふんだんに使ってください!見た目じゃわからないように工夫をお願いします!」


 あ、悪戯心の楽しそうな顔をしている。これは帰った後二人が食べるんだろうなと思うとどちらかは悶えることになるだろう。


「勇者は一緒に買い物をしてくれたので罰ゲームなしの美味しい物食べることを許可します!」

「あはは。ありがとうねクレハさん」


 一応彼らも説明役として残ってるのに罰ゲームとは容赦がない。そしてそんなことにも楽しさを考えてくれるクレハさんが戻ってきてくれて本当に良かった。

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