第8話 クレハ様は信仰しない

〈クレハ〉


 山に登るとなれば苦労はするだろうと思っていたがこの超天才全知全能クレハ様にかかれば疲れたら回復魔法を飛ばすというやり方で登れる。


 さすがに馬車は山の中腹で置いてきて、怠いことこの上なかったがそれでももう少しでドラゴンと対面できると思えば心躍るというものだ!


「クレハのおかげで大分楽できるな」

「そのクレハが一番足遅いけどね?レオン担いであげたら?」

「別にいいけどクレハさんはでも楽しそうだよ?」


 運動は嫌いだ。勇者の言う通り楽しそうにしてるのはドラゴンがもう少しで会えると思うからであって、山は辛いがそれでもこの世界は自然が豊かだからな。


「まったく皆さんはこんな時にもどうせ移動したらとか山に魔物が居たらとか考えてしまうのでしょう!しかし!このクレハがその曇りきった眼を晴らして見せます!ここから見える大自然を見なさい!山を登ったものにしか味わえない徒労の先にこの景色が刻まれたのなら楽しくもなるでしょう!」


 人工物も村みたいなものがどこか遠くにポツンとあるのが邪魔だが、それを補っていいほどに美しい景色がそこにある。


 決めた…クレハ様の教会は山に作ろう。霊峰とか勝手に名乗って地脈が凄いあるとか。あ、どうせなら温泉があるところがいいな。


「俺、魔王倒したら色んな山登ろうかな…」


 このクレハの言葉に大体感銘を受けるのが戦士だけなので他の二人は許せんが魔法使いは最近物分かりがいいので少しは許そう。


「ほんとクレハのおかげで毎日暇しないわ。でもいいの?クレハの言うドラゴンが味方にならなかったら食料が片道分しかないけど」

「このクレハにそれも作戦があります。聞くところによるとドラゴンは美味しいらしいですよ?」

「え?え?食べるの?」


 ドラゴンステーキと言えば異世界でも定番だろう。まぁでもどうせ鶏肉みたいなもんだろ。毒とか持ってたらどうしようとかも考えたけど、火を吐くなら毒なんか持ってないだろうし治せばむしろ珍味かもしれん。


     ***


 登山病とか若干気になったけどそれも回復魔法でなんとかしたのか山を登りきり頂上にはドラゴンの巣であろう場所と卵が置いてあった。


「卵だな」

「卵だね」

「卵ね」


 これを盗んで親だと刷り込めば簡単に仲間と言えるだろうが。成長まで時間がかかりすぎるだろうしいまいちドラゴンの育て方が分からないし、いっそ卵焼きでも食べてみようか?


 三人がこれからどうするの?という顔をしてるのでこのクレハ仕方なく説明してやる。


「卵があるってことはドラゴンは敏感に防衛反応があるかもしれません。とりあえずは離れた位置に行きましょう」


 そう言って待っていると夕刻ごろになればドラゴンが羽ばたいてこちらに迫ってくる様子が見れた。


 まじかっけえ!なんて説得しようかな!言葉通じたらいいんだけどな!


―ガアアアアァアァアア!


 体を震わせるほどの咆哮が山に響き渡る。


「クレハさん危ないよ!」

「誇り高きドラゴンよ!言葉は通じますか?このクレハ。大聖女クレハと勇者一行が貴方を仲間にせんとここまで来ましたよ!」


 怖い、怖いに決まってる!格好いいとも思ってる!それでもこれが興奮せずにいられるか!


「言葉が通じるのなら聞きなさい!貴方に悪意を持っていたら貴方の卵に何かする時間は十分にありました!それでも待ち続けていたのが貴方を待ち続けていたなによりの証明!今一度聞きます。言葉は通じますか!」

『たしかに我が戻ってくるのを待っていたということは十分その証明とも言えるかもしれない。しかしたまたま戻ってきたところに出くわしたという可能性もあるだろう?』


 脳内に響くのは、これは魔法か?便利で羨ましいなちくしょう!


「仮にそうだ。として貴方はこのクレハの言葉を聞き入れました!ならば貴方が軽く捻りつぶし食べてしまえるこのクレハ達の言葉を暇つぶしの合間に聞くことだってできるはずです!このクレハは対話を求めています!」

『人間風情と話して何の意味がある?暇つぶしなどいくらでもどうにでもなる』

「このクレハとてドラゴン風情と話して何の意味があるかと聞いてみましょうか?人間など!ドラゴンなど所詮種族の違いに過ぎないのに知性を持ってるものが!その知性を使わずして何のための知性か!このクレハは世界に絶対の存在!そしてそれは貴方も同じ!力の差はあれど対等の存在に変わりはしません」


 興奮が止まんねえ!渋い声してやがるドラゴンがこのクレハが相手にしているんだ。


 最初こそ魔物をばたばたとなぎ倒してお金を稼ぎたいと思っていた、聖女と名乗って自堕落な生活をと思っていた。それでもロマンは人を駆り立てる!


『わざわざここまで来たのだ…話くらいは聞いてやる』

「ではまず勇者!音楽を鳴らすのです!ゆっくりした音楽で構いません!」

「う、うん?」


 セッティングと言うものが大事だ。ここまで対話をしてくれると言質を取れたのならもう無礼講と行きたいがそれ以前の問題に山の音だけでは雰囲気が盛り上がらないと言うもの。


「コホン!このクレハ!大聖女クレハは、勇者と共に魔王討伐を神託で授けられし者です!貴方の名前を聞かせていただけますか?」

『ヴォルグハイエン。貴様は魔王討伐を、神託を授けられたのに我に会いに来たのか?呆れて物も言えん』

「ドラゴンは魔物と囀る人間もいるのは事実、しかし人間にも色んな種族があり同じ人間などいません。魔物と呼ばれる者もその実態は魔物ではないかもしれません。人間が…パラシフィリア教会が勝手に魔王討伐などと抜かしたに過ぎません!この大聖女クレハはたとえパラシフィリアの言葉とて信じるに値しません!信ずるのは自らの眼と心のみ、それに呼応する幾多の生物たちです!」


 後ろから一瞬音楽が途絶えて動揺した気がするが、事実を言わなければ。真摯に向き合わなければいけないだろう。交渉なんてそんなものだ!相手に悪意が無いのであれば本意を告げて真意を聞かなければ何も始まらない。


『人間の事情は多少なりとも知っている。だがその教会の聖女が声を大にして言えるのか?女神が信用できないと間違いなく言い切れるのか?』

「もう糞と言ってもいいですね!何故崇められてるのか甚だ疑問でしかありません!このクレハは常日頃より思っていました!そんなに魔王を討伐したいならお前が勝手にやれと!しかし教会は必要な存在でもあるのは事実。人はヴォルグハイエンのように強くはないのです。信じる何かにすがらなくては希望など捨てて自害する程度には脆い存在です」


『ならば、我の友である貴様らが言う魔王を殺すなと言えば殺さないのか?』


「友の友はそれもまた友。聞きなさいヴォルグハイエン、このクレハに不可能はありません!それが貴方の望みならこのクレハと友になることを許可します!そして貴方もこのクレハと友になることを許可してください!」


 はっきり言って魔王を倒さないとかでたらめにもほどがある。このクレハとて今の戦争状況が魔物と人間の争いなんてどうなってるのか詳しいところなんて知らん。


 だが知らなくていい。知ってからやっぱやーめたって言っても友達なら許せと言い切るしかない。


『貴様…そのためだけに来たのか?』

「そのためだけがこのクレハにとって最も最良で最善の選択だと、このクレハが言います!」

『そうか。それなら我も多少は信じよう。友となるためだけに来た貴様の妄言を、女神の差し金ならば間違いなく意図がある行為だ。その神託を覆して見せれるなら見せてみろ』

「じゃあ早速なんですけど、グランディアまでこのクレハ達を運んでくれませんか?あ、あとついでにドラゴンと友達になったことそこら辺の森に見せびらかしてくれませんか?このクレハは空の王と呼ばれるドラゴンと空の散歩を所望します!」

『そ、それは我を雑に扱ってないか?』

「その代わり、貴方の卵に祝福を捧げましょう!このクレハが立派なドラゴンになれるように神聖魔法の神髄を!試しに貴方に使ってあげます」


 することはもちろん浄化だ。ドラゴン獣臭いし正直喋るたびにちょっと臭すぎて嗚咽が漏れそうになってた。


 浄化した後は頭の先から羽先、尻尾と余すところなく回復魔法をぶっかけまくる。ついでに解毒もしておく。


『見事なものだ。聖女は偽りではないようだ』

「このクレハにかかれば当然です!なんて言ったってヴォルグハイエン貴方の友なのですよ!」

『フハハハ、自己主張の激しい女だ。だが空に連れて行くのはしばし待て、妻が代わりに卵番をするときになら連れて行ってやろう』


 ってことはこれから祝宴会を開かないといけないな。


「勇者!戦士!大量の肉が必要になりました!今すぐ狩ってきてくれませんか?」

「ここは山だし、なによりドラゴンの住処だ。獣はいないと思うけど」

『どうしたのだ貴様急に』

「宴です!知らないのですか!?友達になったらカラオケ言って歌を歌い、肉を食べて騒ぐんですよ!」


 このクレハ自らが丁寧に説明してやると、その話を聞いて面白くなったのかヴォルグハイエンが森まで獣を取ってきてくれるという。


 こうしてはいられない。彼だけに忙しい思いをさせては駄目だと勇者と戦士に馬車まで調味料を取りに行かせ、その間に魔法使いには大きい石に魔法で穴をあけてもらう。


 ヴォルグハイエンが二匹の猪を捕まえてきたがもちろんふざけるなと言ってやった。


「貴方も食べるんですからその数で足りると思ってるんですか!?」

『む…?そのまま食えばよかろう?』

「友だけ生食なのは許せません!今すぐに取ってきなさい!狩ってきなさい!貴方の胃袋が満たされるまでこのクレハは料理を作り続けて見せます!ヒール!ほら行ってください!」


 どうせ勇者たちもまだ遅くなるだろう。それならもう少し時間をかけてもらわなくてはいけないし急がなくてはいけない。


「魔法使いは石の方どうですか?」

「穴をあけるだけのやつなら出来たけど、あんたがいう石のフライパンが組み立てるのはさすがに無理よ?一応平らにしてはいるけど」

「グッジョブ魔法使い!勇者が戻ってきたら組み立てさせればいいんです!」


 このクレハも周り整えて周りを浄化してってなんとかある程度は綺麗になったけど、まだ宴会会場といえるほどではないな。


 よーし!もうちょっと頑張っちゃうか!


     ***

〈ヴォルグハイエン〉


 頭のおかしい女が来た。見た目はやたら着飾った世間知らずの人間が物見遊山で来た手合いかと思えば忌まわしい女神の遣いと名乗りを上げる。


 ただその小さな人間の眼には言葉にするとき一切の信仰などはなく、むしろ女神を本当に心の底から邪魔だと思ってる意思を感じた。


 人間がどれほどちっぽけな存在なのかを語りながらも人間も魔物も変わらないと言う矛盾も延べ、その真意を探ろうにも言ってることに嘘を感じない。


 オーファダイン…奴らにとっての魔王を本当に説得してみせるのか?人間に恨みを持ちあ奴は人間すべてを滅ぼそうとしている。昔は人間とも仲良くなろうとしていたがパラシフィリアという女神によって人間はまるで魔物を駆逐せねばならないと変わっていった。


 それに魔物は人間を平気で食う。あまり美味いとも思えない人間を食う種族と本当に仲良くなどなれるのだろうか?


 獣を適当に見繕い、戻れば何度往復しろと言われたことか、十分に我の腹が満たされるほどの量を積んだ獣を勇者共が解体している。


「勇者も戦士も!そんな丁寧にしないで急いで捌くんです!でも内臓をとるときは丁寧に取るんですよ!魔法使いも水魔法を何のために使えるんですか?水をとにかく出しまくるんです!」


 我に対峙していた時よりも戦場だと言わないばかりに調理を繰り返しているこの矮小な存在が為せるとは到底思えない…思えないがそれも一興なのであろう。


『肉はこれでいいのか?』

「ちょうどよかったですヴォルグハイエン!貴方の火力が必要です!魔法使いは魔力切れ寸前でバテていますから火を石に吐いてください!あ、溶かしたらだめですよ。それと火力を調整してもらって脂を溜めたところに180度くらいになるように維持して火を吐いてください!」

『言ってることが分からぬ…だがやってみよう』


 そうして火を吐いて見せれば文句を言われつつも威力を調整していったら満足していき「ナイス!」だの「グッド!」だのと言い始める。


 人間の違いなど分からぬ。それでもその白と金で彩られた人間は、聖女は他の人間とは違うのかも。そう思ってしまう。


 知性を使わずして何が知性か。その知性があることで苦しんでいた友を思い返しながら再度考える。


『貴様は――』

「どこの誰に向かってものを言ってるんですか!?この聖女クレハ様をクレハと言いなさいせめて!」

『クレハはどうやって魔王と対峙するつもりだ?』

「そんなの決まってるじゃないですか?まずはパラシフィリアの影響を全てこのクレハ様に塗り替えるのです!」


 それは…出来るのだろうか?だが女神が選んだ人間が、その女神を否定して見せれば効果はあるのやもしれん。


『魔物はどうする?』

「ここまで来たら仲良くして食べるの禁止にして一緒に家畜を育てるんですよ。そして一緒に交易をしていきます。そもそも魔物は食べれれば人間じゃなくてもいいんですよね?だって貴方家畜ばかり奪って食べてるって聞きましたよ」

『人間は不味いからな』

「聞いたことはあります。なんか豚肉を不味くしたような味をしてるとかなんとか?このクレハも当然ですが美味しい物を好みます!ならば種族が違ってもヴォルグハイエン貴方が認めてるじゃないですか!美味しい物を一緒に食べれれば人間なんて不味い物食べようと思わなくなりますよ!」


 一緒に食卓を交わす。今まさに行われようとしてる行動をそのまま口にされてみればそうかと納得もする。


 試しに味見しろと言ってきた肉に食らいつけばいつもより刺激的な味と脂が口の中で広がる。


『貴様の妄言しかと聞いた』

「このクレハはまだ聞いてません!味見だって言ってるでしょう!?好みに合ってるか先に答えなさい!」

『美味である!』

「ヴォルグハイエン良し!」


 妻が卵を産んだ時喜んだ。それと同じ時のような感覚が我の心をくすぐる。


 この者なら、大言壮語を言い放つ聖女クレハなら狂ってしまった我が友をまた再び笑顔を取り戻せるのではないかと。


 この期待を決して裏切ってくれるなよクレハ。もし裏切れば人間の友など二度と作ることはせん。


 むしろオーファダインと共に我も人間を滅ぼすことに肩を並べんとすることを良しとせよ


「調味料が足りなくなりそうだからヴォルグハイエンは勇者を連れて町まで買い物明日行きなさい!」

「え、僕!?」

『……良かろう』

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