第6話 クレハ様は祝われたい
〈クレハ〉
町に着いたらクレハ様を普通はさ、パーティでも開くようにするじゃん?前回の町だってそうだったのにこの町ときたらさぁ…
「クレハさんなんか不機嫌だね?」
「当り前です。このクレハとその一行は魔王討伐という国家に携わることをしてるのですよ?もっと歓迎されるべきです!」
「まぁ、町長にでも挨拶しておく?」
「直訴せねばなりません!」
このクレハが町長はどこかと町の人に聞けば答えてくれてそこに全員で向かう。怒らねばなるまいて。
「本当に行くんだ」
「あのクレハだぜ?行くだろ」
「そのクレハは何を言うつもりなのかしら?」
戦士だけはよくこのクレハを分かってるではないか、残りの二人は今日の飯を奪うとして。
実際の所なんて言おうかな?いつもなら乗り込めば良かったがさすがにこのクレハの威光が届いてない町は…あれ?そんなことどうでもいいけどそろそろクレハ様の誕生日じゃね?
「魔法使いよ、今はまだ春ですよね?何日か分かりますか?」
「どうしたの急に?今日はいつだっけ?レオンはそういうの細かく知ってるんじゃないの?」
「たしか僕が間違えてなければウンディーネの14日のはずだよ?」
この世界はよく分からない精霊を月日の代わりに言う。1月がノームだったり暑い7月はサラマンダーだったり。
それでこのウンディーネは6月なのだ。つまりは6月14日でこのクレハ様の誕生日は6月20日。
町長に言うことは決まったな。
「もうすぐこのクレハの誕生日です。聖女の生誕祭をこの場で開くことを許可せねばなりません!」
「許可しないといけないんだ」
「何日に誕生日なんだ?クレハは」
「20日がこのクレハの生誕祭です!」
そう言うと三人はそんな大した反応をしなかった。どうしたんだろうか?
「勇者達もこのクレハの生誕祭なんですよ?祝いたくないんですか?」
「その…私達は誕生日とか言われても特に祝ったことなかったし、どんなことをするのよ?」
「呆れました!このクレハ実に呆れました!それならば勇者たちもこの際祝ってもらうべきでしょう!このクレハの誕生日と一緒に祝いますよ!その様子じゃどうせ自分の誕生日も知らないのでしょう!」
三人共頷いて肯定してる始末。なんて有様だ!
「僕達はどの精霊を司った生まれかくらいしか覚えてないかな?」
「それぞれ点呼です!」
「え?あぁ、僕はフェンリルだったかな」
「俺はコロボックルだったかな」
「私はサラマンダーね」
フェンリルは12月。コロボックルは5月。サラマンダーは7月。全員バラバラだな。
まぁ纏めてクレハ様の誕生日で祝うんだから別に覚えないけどさ。
「では行きますよ皆さん!すべからくとしては生誕祭にこそ1年分の思いをぶつけるのです!」
「「「お、おー…?」」」
***
〈ギン〉
「この大聖女クレハの生誕祭を町総出でやらねばならねばパラシフィリア様がお怒りになるでしょう!具体的に言えば滅びます!」
「そ、それは大変じゃ!?し、しかし教会の方からは何も言われておらなんだが?」
「このクレハこそがまさに教会から来た張本人ではないですか!?一体何を言ってるんですか!そして生まれたことを祝われたことのない祝うべき勇者たちも纏めて行います!計画書を作るので紙を持ってきなさい!」
なんか滅びるとかいう不穏な言葉も聞こえたが、いつものクレハの饒舌な口が回る回る。
「俺たちはどうすりゃいいんだ?」
「祝われる側は黙ってふんぞり返ってればいいんです!このクレハが許します!故に寛ぎなさい、町長!宿ー!宿も一番高いところしばらく泊めれるようにしないと天罰下りますよー!」
雑な言い様に思わず俺もレオも笑っちまうが。セナだけは呆れながらもちょっと楽しそうだ。
いや、それを言ったら俺の方も楽しくなってる。
こんな無茶が、馬鹿な祭りがあってもいいのか。いや無けりゃいけねえんだ。それがそこのクレハっていうもんなんだろう。
「戦士は好物とかないのですか?」
「俺か?俺は肉が…いやただの肉じゃねえな。脂のしっかり乗った肉が食いてえ」
「戦士良し!」
その後もクレハはレオにもセナにも好物を聞いて恐らく用意するためにまた町長に無理を通すのだろうさ。
こんな自分を知ってる奴なんか誰もいない町で勇者達だからと当たり前のように、むしろそれをしなければおかしいと言えるもっと頭のおかしい奴が言ってるんだから。
「ギンは凄く楽しそうだね」
「そりゃそうだろ?誰が俺たちのことを知ってるんだよ」
「西に行く時は宿を通っただけだったからね」
準備をするその様がどうにも悪戯心で溢れている笑顔を弾ませている聖女を止めれるやつなんかいねえ。
***
〈セナ〉
「魔法使いは一緒に踊りますよ!」
「は?踊れるわけないでしょ?」
「しっかたありませんねー!このクレハが踊りのイロハを叩き込んであげましょう!」
計画書とやらを町長に叩きつけて、町長の顔が青ざめてるけどそれはいいのか?
いや、私も私でなんか大変なことに話が変わってきそうで青ざめそうなんだけど。
「クレハ様を信用しなさい!踊りは楽しいものです。つまらないなんてこの生誕祭であってはならないことなのですから!」
そう言われて男二人は勝手に過ごしてろとのことで。私だけ何故か踊りの練習をすることになってしまう。
私はクレハの踊りを見様見真似でやってみるけど、そんなにキビキビ俊敏に動けないしこの子は運動苦手だったはずなのにどうしてそんなに動けるんだろうか?
違うか。彼女は汗を一杯掻いてる。そしてそれを私に教えるためだと言いながら息を荒げて何度も分からないところを丁寧に見せてくれる。
「クレハ的に今のは惜しいですね!指も意識してやるといい感じになりますよ!」
「それにしたってあと6日で覚えなきゃいけないって相当大変なんじゃないの?」
「もちろん大変です!踊りは序章に過ぎません!魔法使いには歌も一緒に歌ってもらいますからね!」
「祝われるのはふんぞり返って構えてればいいんじゃなかったっけ!?」
「もちろんそうです!ですがそのためには私達を、祝う聖女と勇者一行をその眼に焼き付けなければなりません!必要なことなのです!」
そう言われればそうなのかな?なんて思いながら教えてもらう。
そして最後に火魔法を空に放てと言われる。
「え?クレハは使えないんじゃないの?」
「もちろんです。それに今までの踊りは魔法使い用で私は別で踊りますよ!」
「私一人で踊るの?」
「光栄に思いなさい!このクレハが歌い、そして誰よりも目立つところで最高のパフォーマンスとサプライズマジックを届けるのです!」
後半何言ってるか分かんなかったけど、この子もこの子で私を応援してるんだろう。
下手したら移動してる時よりも忙しくなるんじゃないかなって思いながら教えられることを覚えていく。
「今のクレハ的にナイスです!それを体に覚えるまでやっていきますよ!」
疲れる。面倒くさい。最初はそう思ってたのに一緒に頑張るこの子は見たことないほどに私以上に疲れていながらも楽しそうに。笑顔で教え続けてくれる。そんなの本気でやらなきゃいけなくなっちゃう。
「今のはどう!?クレハ!はぁはぁ…」
「いいですよ!ここのときに足の方向をこうして、捻って怪我をしないように注意してくださいね!ま、治しますけどね!」
***
〈レオン〉
町は一変した。最初こそ誰にも祝われなかったのに。いよいよ明日20日、クレハさんの誕生日と近づいていくたびに商人が集まり。最初の町で見たような舞台を大工達が整えていく。
クレハさんも僕たちにふんぞり返れと言ってたのに一番忙しいと言うように横断幕を描いたりして僕たちの似顔絵が舞台に皆に見えるように掲げられている。
【大聖女と勇者一行の生誕祭、魔王討伐のため】
魔王討伐のところだけ文字が小さいが、横断幕のせいで町を歩けば皆が話しかけてくれたりもする。
「勇者様!魔王討伐頑張ってくださいね!」
「勇者さん!祝いの準備は任せといてくだせえ!」
「あはは。ありがとうねみんな」
誰かが僕を勇者と呼べば他の人達も集まってくる。僕は何かしたわけじゃないんだけどな。
***
朝から祝うのかと思えば夜まで待ち。舞台袖で集まる。
「いいですか?まずは戦士と勇者が二人で舞台横に堂々と立ってるのです!そして楽団が音楽を鳴らしたら剣を斧を空に向けて掲げるのです!後は魔法使いがなんとかしますから安心してください!」
クレハさんじゃないんだ?と驚いてセナを見れば緊張してる顔が見れる。
「セナ大丈夫?」
「わ、私だって一杯練習したんだからいけりゅわ」
噛んでいた。緊張してるのは誰が見ても明らかだろう。ギンも何を声かけるべきか悩んでいるといつも通りのクレハさんが普段よりも優しい声でセナを励ます。
「その通りですよ。あんなに練習したんです!それに失敗したって思い出が一つ増えるだけです!失敗すら楽しんでしまうのが生誕祭なのですから!」
「失敗してもいいってなかなか聞かないわ」
「失敗を打ち消すためのパフォーマンスを魔法使いには頼んでるんです。むしろ喜ばれます!」
セナの震えが緊張が解け、そこにはまるで戦いに挑むときのような真剣なセナがいた。
僕とギンが何もしてない間に一体何があったんだろう?ただそれももう少しで分かることかと思いクレハさんが声をかける。
「さぁ皆さん!行きますよ!」
彼女の堂々とした登場に舞台から見える人達に晒されたときに歓声が響く。
僕とギンはそれぞれ左右に分かれて、位置を取ればセナが中央に。そのやや後ろにクレハさん。
たしかクレハさんの言う通りなら音楽が奏でられると剣を抜けと言われていたはずだと思い僕も緊張してきた。
その後は何をしろと言われたわけではない。ただ音楽が奏でられると共にクレハさんは歌い。横を見ればセナが音楽に合わせて踊っている。
最近は笑顔が増えた方だと思っていたし、僕も含めて楽しんでいた。
それでもセナの笑顔はとても楽しそうに踊り今までに見たことがないくらいの満面の笑みで音楽も歌も苛烈になると共に最後を締めるように、空に火の魔法が炸裂する。
セナの聖典で書かれていた火魔法に色が混じっていてそれはまるで花のような火が空を照らす。
「さぁ!魔法使い言うのです!」
「わ、私は聖女率いる勇者一行の一人!大魔導士セナ!生誕祭を開いてくれてありがとうございます!」
「素晴らしいです!」
まるでクレハさんがいつも言ってるようなことをセナが言えば盛大な歓声が町を盛り上げてくれる。
「勇者も戦士も今のうちですよ!」
「ぼ、僕も!?」
「俺はなんて言えばいいんだ!」
「戦士はもっと厳つく大きな声で叫ぶのです!自分を勇者一行の心臓を担ってると!」
そう言われれば。ギンはセナと代わるように中央へ立ち斧を振り回しながら名乗り上げる。
「俺は勇者一行の一人!大戦斧で勇者と肩を並べる戦士ギン!」
ギンは僕の方へ行き上手くやれよと言いながら僕はなんて言えばいいのか聞いてないのだけど。
「僕は勇者…「声が小さい!」僕は勇者!レオン!魔王を討伐する者だ!」
恥ずかしいとかよりもただただ圧巻するその光景を見てしまう。この町で皆がクレハさんの手によって僕たちを知り、そして祝ってくれる。
いつの間にかクレハさんは隣に立ち並んでくれて、そういえば彼女がまだ名乗ってなかったと思っていたらいつもの名乗りをようやく聞けた。
「この大聖女クレハ!勇者一行と共に進む光の大聖女クレハが!世界を平和にしてみます!」
そしてセナとギンを呼んで四人でならんで彼女が「このクレハの後に同じことを言いなさい」と言った後に両手を上げて。
「この度は生誕祭を開いてくれた皆さん!ありがとうございます!」
「「「この度は生誕祭を開いてくれた皆さん!ありがとうございます!」」」
そうして舞台からようやく降りれた。
「面白かったな!」
「緊張したわ…」
「僕も緊張したよ、こんなことするなんて聞いてなかったから」
「クレハいわくサプライズらしいわ。それにこの後はもうあの子の独壇場よ」
セナがそう言うとクレハさんはまだ舞台で音楽と共に歌を歌いながら踊り続けていた。
「誰がこんなこと考えれるんでしょうね、ほんと」
「そりゃあのクレハなら毎日が輝いているんだろうさ、魔王討伐もあっさりとしてみせてな」
二人がそう言いながら食事をしながら楽しそうにしているのを横で聞きながら今も尚踊り続けてる彼女から見惚れて目を離せないでいる僕がいる。
きっと周りの人も同じ気持ちで見ているのかもしれない。
祝われる人が祝ってくれた人達にお返しをするように精いっぱいの声でみんなに届くように歌い続ける彼女が誰よりもこの場で注目を集めている。
「このクレハ!今年で17歳になりました!大聖女の17歳の生誕祭を祝えたことを感謝なさい!」
息を荒げながら最後をそう締めくくった。
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