第5話 クレハ様は貢がれたい
〈レオン〉
今日もクレハさんは起きると饒舌に僕たちにいろんな話をして楽しませてくれる。
セナは聖典をもらってから嬉しそうにして、ギンはまだか?まだか?と催促したり。馬車を交代で操縦してるから僕が馬を操ってるときは持っていた聖典を渡して読ませたのだがギンはそれを見て驚いていた。
丁寧にテーブルマナーなんか書いてあったりもすれば勇者としての心構えと書いてあってそこに勇者とは勇気のある者なんて書いてあって、もっと我儘に人の家にある壺とかタンスを壊してもいいとか書いてあるのだから面白いだろう。
「よく見たらこのクレハ様が勇者に渡した聖典を戦士が読んでるじゃないですか!戦士がそれを真似したら山賊になってしまいます!」
「ならねえよ!てかなんで勇者はこんなことして許されるのに俺は山賊なんだ!」
「戦士はそんなことも分からないのですか!?勇者は大抵何しても許されるんですよ!そうじゃないと魔王を倒すのにストレスとか溜まって次の魔王になってしまうんです!」
そうなったら僕は魔物になっちゃうのかなんて思いながら二人のやりとりを楽しく聞いていたら。セナが僕に話しかけてきた。
「ねえレオン、あんた本当にその聖典に書いてあることするつもりなの?」
「あはは。さすがにしないよ。クレハさんも僕にそれくらいの意気込みが必要って思って書いてくれたんだと思うよ」
「ふーん。私の聖典はまともなこと書いてあるのにそっちの方が面白そうね。次、交換しない?」
「いいよ、僕も魔法は憧れたことあるんだ。楽しみが増えたよ」
セナが僕やギンと普通に喋るようになったのはいつからだろう。ゴブリンに村人を攫われたという人を助けてからだろうか。
クレハさんはどんな状況でも諦めない。そしてそれは聖典に書いてあって勇者はどんな時も諦めないという言葉があり、きっとそこにはクレハさんの理想の勇者というものも含められてるんだと思う。
僕ははたして勇者であれるだろうか、国王に言われた言葉を漫然と聞いた時は死ぬ覚悟すらしていた。それをクレハさんは本当に魔王を倒せるといつも断言してみせる。
「クレハさんは絶望したこととかってあるのかな?」
僕が勝手に不安になっていただけなのに、どうしてもこの拭えない不安を口に零して。しまったと思った。
せっかく皆が楽しそうにしていたのに。
「なにを言ってるんですか?頭でも打ったんですか勇者は?人間なんだから絶望も悲しみも味わったことある人は当たり前のようにあるでしょう?それを知らない人なんて生まれたばかりの赤ん坊くらいです。いえ、まさかこのクレハを…赤ん坊扱いしてる!?勇者!違います!その聖典の傲岸不遜という言葉はこのクレハに向けていい物ではないのです!このクレハにはマナーの方を行いなさい!」
「えっと、落ち着いてクレハさん?ごめんね、つい出ちゃったというか赤ん坊扱いしてないよ」
人間なんだから当たり前か。クレハさんも絶望をしたことがあるんだ。
そう思ってじっと見てしまっていてクレハさんが急にもじもじとし始める。
「そんな尊敬の眼差しを向けるなんて勇者も分かってきたじゃないですか!このクレハにはそういう目を向けていればいいのです!」
全然違うことを思っていたけど、なんかいつものクレハさんの発言で安心した。
「せめてクレハさんの前では勇者でいられるように頑張るよ」
「何寝ぼけてるんですか?勇者は勇者でしょう?」
これもしかして僕の名前とか忘れていたりしないよね?
***
〈セナ〉
レオンの言ってることは分かる。いや分かってるつもりでいるが正しいのかな。
私は国王に選ばれただけだし、ギンもそうだ。パラシフィリアとかいう神が選んだのは勇者と聖女だけ。
この二人に拒否権なんか無かった。だからこそ私やギンにたまに同情的な風に巻き込んでしまってごめんという彼が昔言ってた言葉を思い出す。
私やギンの代わりはいくらでもいる。だから討伐の旅ももしかしたら死んだときすぐに代わりを用意されるくらいに私は思って絶望した。
「クレハはどんな絶望をしたかとか聞いてもいい?」
レオンの雰囲気に乗せられてないと言えば嘘になる。私もつい思ってしまったことを聞いた。
「このクレハの辛くも苦しかった絶望を聞きたいだなんて魔法使いはSですか?まぁいいでしょう!このクレハのことを知りたいなら話してあげましょう!」
とても絶望とは無縁のように喋り出す彼女が思う絶望を私たちはちゃんと聞く。
「幼き日に魔法が使えなかったことは絶望の一つです。教会が行う回復魔法を覚えるための修練も最初は絶望しましたね、知ってますか?自分の腕を切られるのです。そこからは戦場を渡り歩いてひたすら回復魔法を行使するだけの生活でしたね。なによりの一番の絶望はもう故郷に帰れないことです」
彼女も…私達と同じだ。
回復魔法をその年齢でここまで扱ってる人を見たことはなかったけど彼女の年齢でそんな壮絶な人生を送ってると言うなら何歳から戦場へ赴いたのだろう?
そして最後に一番辛そうに語った故郷に帰れないということは彼女の住んでたところはすでにもう無いということで。彼女は居場所も、神託が無くても選択肢なんて最初からなかったんだと痛感する。
多少親しくなったからと言って気軽に聞くべきじゃなかったから謝らなきゃと思った。
「ごめんなさ――」
「そしてその絶望のすべてを克服し!今まさに絢爛豪華に存在してしまってるこの聖女クレハ!まさに、まさに!大聖女とはこのことです!誰もが一切の疑う余地があろうはずもない絶対唯一そっして無二のこのクレハ様なのです!分かったらもう少し今ここにこのクレハがいることに感謝なさい!」
そんな謝ろうとしてたところでこれだ。クレハはいつもそうだ。
村のゴブリンに立ち向かって死にかけの人を見た時も心配しそうになった。
戦闘中もクレハがもしかしたら責任なんか感じてしまうかと思った。
そして今も私が辛い境遇だったんだと、今も辛いかもと心配になった。
すべてを次の一瞬で勝手に話が盛り上がって暗い空気なんて今までなかったかのようにしてくれる。
「はいはい、ありがとう」
「魔法使い良し!」
「名指しってことは俺たちも言わなきゃいけない流れか、クレハありがとな」
「戦士も空気が読めてきましたね、戦士良し!」
「僕もクレハさんいつもありがとう」
「勇者は勝手に暗くなっていたんだから今日の食事は貰います。魔法使いを見習いなさい!ちゃんと聞いてきましたよ!分からないときは人に聞く!その人が分からなかったら次の人に聞くのです!このクレハも最初はそうやってきましたからね!」
またいつもの理由を付けて食事を少し減らされるやつをやってくる。
ただ、私のことをやっぱり見ていてくれてるって思うとどこか嬉しくて。
「クレハありがとね」
「なんですか?勇者から奪ったものは魔法使いにはあげませんよ!?乞食ですか!?」
素直に感謝の言葉を言えば口では変なことを言うのに隠し切れない笑みが口から零れてる。
***
〈ギン〉
俺だけ聖典がまだ完成してない。
レオもセナも聖典を交換したりとして楽しそうにしていたし、俺だけの聖典があってもそろそろいいんだがクレハは移動中は文字や絵が綺麗に書けないと言って村に寄った時に書いてくれてるらしいんだが。
「ちょっとは内容教えてくれねえか?」
「駄目に決まってるでしょう?こういうのは最初に読むときがいっちばん!嬉しいんですから!最初にネタバレしてしまっては面白さも半減です!このクレハが丹精込めて書いてるのだから感謝なさい!」
おっと、これは感謝しないと食事減らされるやつか。
「書いてくれてありがとうな」
「このクレハ!物乞いされてしまっては施してしまうのもこの聖女クレハなら仕方ないことですね!でも文句を言ったので今日は戦士から夕食を頂きます」
感謝しても駄目だったやつか…いまいちまだ基準が分からねえ…。
「まぁまぁギン、きっともうすぐできるよ」
「それにしても町で二人は書いてもらってたからいいよなぁ」
「あらギン知らないの?あんたのだけ私たちのより倍のページ数なのよ?」
なんだそれは知らなかった。というかなんで俺だけ?嬉しいけどさ。
「魔法使いもネタバレしたので今日は食事を貰います!発売当初の本を見た時の嬉しさが減るでしょう!?」
「俺だけ売るつもりだったのか!?」
「言葉の綾です!無料なことを感謝なさい!」
「クレハありがとう!」
セナは言うんじゃなかったと呟いていたが嬉しい誤算だ。まさか俺だけ倍の多さで書いてくれてたなんて。最初は俺にくれる予定なかったみたいだし手抜きでもされてるんじゃと疑ったが…クレハにそんな疑いの目とか向けるべきじゃなかったな。
楽しみになってレオンから借りた聖典をもう一度見る。
そこには勇者とはということや色んな事が書いてあるけど。俺が気に入ってるページがある。
勇者は常に中心でいなければいけない、それでも辛い時苦しい時に必ず一人ではなく傍に戦士、魔法使い、大聖女がいるのだから彼らを頼ればいいと。
そう書いてあるだけ。文字だけ見たら戦士も魔法使いも誰かは分からないけど俺の絵がそこには描いてある。顔の特徴をちゃんと見ていて普段は戦士と名前を呼んでさえくれないのにこんなにはっきりと。
もちろん勇者もセナもちゃんと描いてあるが。それでも掛けがえの無い仲間だというように扱ってくれるそれが嬉しくてたまらない。
俺が、俺でいいんだと。傍に必ずいるのだとクレハが思い描いた戦士の姿が俺ということが。
*
〈クレハ〉
うっわ、この戦士自分の似顔絵見てニヤニヤしてるよ。ナルシストなのか?
いくら私の絵が流麗滑らかで何度も見たくなるほどに上手いのだとしても戦士的に見て楽しむなら魔法使いかこのクレハじゃないのか?
いや。逆に考えよう、このクレハに対してよこしまな気持ちを抱かない無害なやつなんだこいつは。
仕方ないから戦士の聖典には最後のページに勇者と戦士が裸で抱き合ってるイラストでも描いてやろう!このクレハに感謝しろよ!そこだけ一番気合いれてやるからな!
まったく!このクレハ様の手を煩わせるなんてな!完成したらその日は無条件で食事を奪おうっと!
***
何度目かの村に寄ると、このクレハ様を知ってると言う行商人が立ち寄っていて村の人にこのクレハが交渉しなくても家を借りれる雰囲気を作ってくれた。
あれだな。いざアイドルと出くわしてしまったときについつい喜んじゃって居ても立っても居られないようにそそくさと働いてくれるのは気分が良い。
「聖女様、もしよければうちの扱ってる商品などを使ってもらえませんか?」
「貴方…分かってるようね!この聖女クレハが使うことで自分も魔王討伐の功績を残せるということが!まぁ、この大聖女クレハ様にかかれば上手く使ってあげます、寄こしなさい!」
そうしてもらったのは、なんかよく分からないけどネックレスだった。
「こちらのネックレスですが、守護の魔法が掛けられており身を守ってくれるのです」
「何回までですか?」
「え?い、いえ回数は聞いてませんが…おそらく一度は守ってくれると思います」
「一回だけですかぁ…たった一回だけなんですかぁ…」
「に、人数分差し上げます!勇者一行の分も渡しますので!」
まじ?分かってるじゃんこいつ。ただなぁ…なんか別にオシャレでもないネックレスを付けるっていうのは純粋に嫌だなぁ。
このクレハが不満そうな顔をしていると魔法使いが横から来て驚いていた。
「クレハこれ相当値段高いやつよ」
「いくらくらいですか?」
「一個だけでも金貨は50枚くらい飛ぶんじゃないかしら?」
なんだこのクレハのポケットマネーの10分の1くらいか。まぁ一個でそれならそこそこマシか。いざとなったら売ればいいしな。
「商人よ、貴方の名前を教えなさい」
そのあとなんか名前名乗ってたけど無視しといて。話し終わったっぽい雰囲気になったら。
「貴方はこの聖女クレハの恩恵を受けることが出来るでしょう!この聖女クレハにネックレスを渡したことを後世まで語り継ぐことを許します!」
「ありがとうございます!」
貰えるものは貰う主義なのだこのクレハは。しかし見た目はもう少しどうにかなんないかな。金色ならこのクレハの衣装にも映えると思うんだけど銀色なんだよな。
借りた家に戻ると、家を借りるのに慣れたのか寛いでる勇者と戦士にネックレスを渡しておく。
「なんだこれ?」
「ありがとう?クレハさんこれは?」
「このクレハがそんなこと知るわけありません!魔法使いに聞きなさい!」
「え、さっき商人から説明受けてたじゃないクレハ。まぁいいけど、守護の魔法が掛けられてて致命的な攻撃を一回まで防いでくれるネックレスよ」
本当かぁ?こんなネックレス大量に用意すれば魔王倒せるじゃんそれ、嘘くさいなぁ。
二人は喜んで付けていて、魔法使いもネックレスを早速と付けてる。
まぁ。このクレハはポッケに突っ込んどくけどさ。
「そういえばクレハは金額聞いてもあまり驚かなかったわね」
「たしか金貨50枚ですか、このクレハは金に目が眩みませんからね!仮に100枚積まれても動じたりはしません!」
「教会の連中だったら喜んで飛びつくでしょうに」
コツコツ貯めた貯金がこっちにはあるからな。それに金貨って言っても種類があって金貨には上があるのだ。ミスリルで出来たコインが魔金貨と言って金貨100枚分になる珍しいもので、ちゃんとしたところで換金すれば下手したら金貨100枚以上の価値になる。
わざわざ換金してそれがポッケに10枚も入ってるとなれば別に今さら50枚程度…欲しいに決まってるだろうが!塵も積もれば山となるに決まってる!教会の金に手を出せるようになってからほとんど着手してきたんだぞこっちは!
「クレハさんは聖女だもんね」
「勇者はお金が欲しいんですか?」
「まぁ無いよりは欲しいかなぁ」
「勇者…貴方!ちゃんと聖典を呼んだんですか!?金貨99万まで貯金してもカジノで一瞬で溶けるんですよ!?もっと勇者なら金を求めなさい!」
「あはは。そこまで裕福だったら賭け事なんかせずに田舎でゆっくり過ごしちゃうかもだね」
これがいわゆる草食系男子ってやつか。もっとガツガツいけばいいのに。
まぁそれは戦士も魔法使いも同じか?このクレハが金の管理をするように今後は財布役になってやるか。
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