第3話 クレハ様は妥協しない

〈クレハ〉

 あぁ…いつこの三人から抜け出そうか?

 こんな死ぬかもしれない討伐に付き合う気なんかないからタイミングを見て逃げないとなぁと思う。思うのだが、タイミングが分からない。


「勇者よ、次はどこに着く予定ですか?あ、名前は結構ですよ?村か町かだけ教えてくださいどうせ覚えられません」

「次は町かな。そこそこ大きな町だったよ」

「ではようやくまともな宿が取れると言うものです!それに食材も今度は果物ではなくちゃんとしたものを買わねばなりませんね!」


 とりあえず適当なこと言っといて、その町でこいつらとはおさらばするかな。悪いとは思うなよ?このクレハの命が脅かされてあっていいわけないのだから当然の処置だ。


 しかし次はどうやって暮らすか考えものだな。ちやほやされるのは確定としてもこのクレハが貧困な生活をしていいわけがないから適当に傭兵でも見繕うか?


 そんなことを考えていたら馬車が止まって何事かと思えばゴブリンが現れたらしい。


「ギン!一体は任せた!」

「おう!」


 たかだかゴブリン三体にそんな意気込まなくてもなんて思ってると魔法使いも殺意が高いファイヤーボールを唱えて一体を丸焦げにしている。


 そして危なげなく残りの二体を二人がオーバーキルしている。首ちょんぱって。お前…グロいだろ!冷静にもの考えて行動しろよな!


「このクレハに!出番もなく倒したのは褒めてあげます!しかし心臓一突きくらいでいいしょう!血だらけじゃないですか汚い!ピュリフィケーション!このクレハが綺麗にしました!感謝なさい!」

「ありがとうねクレハさん。でもこうでもしないと死に際で抵抗されるかもしれないから」

「では仕方ないですね!しかし、このクレハに血まみれで近づかないでください!臭います!」


 剣や斧もわざわざ布で拭こうとしてたから浄化しておいてあげて、これで完璧!さすがはクレハ。

 しかし最近なんか崇め率低くないかな?この三人がこのクレハに対してどうにも平伏してこないから感覚が狂う。


「あのよ、クレハは血をなんで浄化できるんだ?」

「戦士はこのクレハに文句があるとでも言うの!?汚いゴミなんだから浄化出来て当然です!それとも戦士は血を拭った後の布で興奮する性癖なの?いや…ありえる!?」

「ねえよ!よく分からないが聖職者って便利なんだなって思ったんだ!」


 じゃあこいつはゴブリンフェチだったか。いくら何でもゴブリンはやめた方がいいと思うけどなぁ?戦士は体がでかいし小さいもの好きの可能性もあるな。


「あはは。クレハさんが凄いってことでいいんじゃないかな」

「そうねクレハはいたら都合が良いわね」


 言い方が少し気になるが、まぁいいだろう!このクレハに感謝することは森羅万象全てにおいて優先されるべきことなのだから!


     ***


 町に着いたらパレードさながらの歓迎されたって話しする?

 なんか知らないけどこのクレハが旅立ったことで元々住んでたパラシフィリア教会が早馬を飛ばして歓迎出来るように先回りしていたらしい。


「皆さん!このクレハ魔王討伐のためここにいる従者を引き連れ悪の根源を滅ぼします!この聖女クレハが!」

「「「おぉぉぉぉぉおおぉ!」」」


 思わず高笑いしてしまいそうになるくらいの歓声。これだ、これが足りなかったのだ!


 このクレハの言うことを中々聞かない三人とは違ってこれこそ本来のクレハに相応しい待遇と言えるだろう。


「人気凄いな」

「クレハさんは住んでた町でも凄かったもんね」

「異常でしょ、教会が怖い~」


 さてもちろんのことだけど高級宿は取ってあるんだろうな。一番高い宿に泊まらないといけないこういう時は、そうでないと舐められてしまう。


「このクレハを泊まらせる宿はどこか案内しなさい!」


 そう言うと、この町の神父が前に出てきて教会に泊まるのはどうだろうかと聞いてきたので論外である。

 教会は元々住んでたところは部屋を改造してふかふかのベッドだったが普通の教会のベッドは固くて不便極まりない。


「このクレハ説明が足りなかったわ!この聖女!聖女クレハを泊めたいと思う宿は名乗り出なさい!聖女と勇者一行の宿を泊まらせれるチャンスをあげます!」


 そうやってこちらがわざわざブランドがどれだけあるのかを説明するとようやくわかる人が前に出てきた。


「当店は普段から清掃に磨きをかけております聖女様に相応しいかと!」

「いえ!我々の宿は旅人から最も高評価を受けております!」

「うちは宿代なんて取りません!聖女様に一泊してもらえるだけで十分です!」


 ほらほらほっらー!これよこれ、このクレハに対してちゃんと豚のように群がるといいのよ!これが最高なんだから!


「あぁ…!この聖女クレハは誰に対しても公平でなくてはなりません!しかし、しかし!皆さんの言う通り一度言った言葉を取り下げさせるのは心苦しいというもの!一週間は滞在します。その間抽選会を行うので我こそはと思うものは一日ずつ聖女が別の宿で泊まります!」


 このクレハのためにきびきび働け者どもよ!あぁ、あとで食料についても適当に店でもらわなきゃいけないな。


 というわけで抽選会を行い、七日間全部違う宿で泊まることにした。どうせブランド目当てで安宿も交じってるかもしれないからな。一泊だけは我慢してやるこのクレハの寛大さに感謝してほしい。


     ***


「あーはっはっは!このクレハにかかればこんなものよ!」


 宿に泊まりつつ、もちろん個室なんだけど。

 この町でトンズラして逃げたら一瞬でバレるし、もう少し離れたところじゃないとダメだなこれは。


 とはいえ、そうなると土地勘がないところで逃げないといけなくなるから匿ってくれるようなところとかがいいかもしれない。ってことは城じゃね?


 方角的には東に向かってるし、勇者が東から来たってことだからグランディアで格別の待遇を謳歌してクレハ様を布教すればそもそもパラシフィリアの神託で魔王が攻めてくるから防衛すべしとか言えばいいんだし…うん、ありだな!


 方向性も決まったし、今日の食事はこのクレハ様のために宿主が作ってくれるし。完璧すぎてまた笑いそうになったところでノックされる。飯か!


「クレハさん入っていいかな?」

「勇者?このクレハ!入室を許可します!」


 入ってきたのはいつもの三人と宿主が食事を持ってきていた。三人も手に食事をそれぞれ持ってる?どうしたんだ?


「みんなで食べようって思って、そしたらクレハさんの部屋がいいかなって思って」

「つまり一人で食べる寂しさのあまりにこのクレハに救済を求めに来たわけですね!このクレハがいないと美味しい食事も不味くなってしまうと持ってきたわけですね!そこまで言うならいいでしょう!許可します!」


 まったく普段からこれくらいの可愛げを持つべきだ。後は感謝の仕方だな。一週間の滞在で聖典を書いてやらねば。


 やることもこの町でやることもある程度決まったし。

 あとはこの店の料理だが…うむ、食べてみるとこのクレハが作った方が美味いのは当たり前だとしてやはりこの世界の飯は美味いな。


 でもなんか足りないな~?あれ?今日の食事でこいつらこのクレハに感謝したっけ?


「三人共このクレハに大事なことを言ってませんか?」

「なんだ?いただきますは言ったぞ?」

「ギン…多分こういう時にそれ言ったらご飯取られるよ」

「あぁ、それよ、クレハ今日もありがとう」

「魔法使いだけは許してあげます!しかし二人は少し寄こしなさい!特に戦士は文句を言ったので二倍です!」


 ほれほれ、貴様が食べるはずだった主食の肉をこれ見よがしに口の中にホールイン!寂しそうな顔をしてもダメだ!これはこのクレハのために捧げられた贄なのだから!あーはっはっは!


     ***

〈ギン〉


 最初はただ、やばい聖女がいたもんだと驚いたもんだが。言ってることは毎回意味不明だし、やってることも意味不明だし。


 とにかく印象はそんなに良くなかったけど。クレハは毎回と言っていいほど、いや見かける全ての人に対して回復魔法を必ずかけている。


 馬車で移動中の行商人にも変わらない自己主張と共に貢ぎ物を寄こせと言いながら回復魔法で疲れていた馬すら回復するのだから商人も気前よく物をくれるし。


 村でもわざわざ一軒一軒全てを確認して、無遠慮に赤子も部屋にいないか確認してまで回復魔法をかけていく。


 これが聖女ってもんなのかと思えばそりゃあすげえと言える。


 町でのパラードにも驚いたが、宿代すら苦難してた俺たちが毎日違う宿で泊まれて食事代も無しときたもんだ。喋れば残念なのにやってることはやってるからこその人気なんだと思う。


 お布施をもらって教会はその代わりに回復魔法をやったりとしてたが、クレハは誰かに物をねだるときはあるが先に回復魔法をかけて安心させてからやってるのもレオが言ってた交渉上手ってやつなのもあってるんだと思う。


 それでこれだ。


「このクレハが通ります!道を開けなさいヒール!子供はちゃんと手を繋がないと迷子になったらどうするんですかヒール!」


 宿で一週間も泊まると言い出して最初はどうしたかと思えば毎日外へ出ては「このクレハが!ヒール」と町の余すところなく周り回復魔法をまたかけている。


 セナもこれに対して懐疑心まみれだったはずなのにクレハに対してだけは心を許してるのも聖女だからなのかもしれねえ。


「戦士!何をしているの!貴方は荷物持ちなんだからしっかりとこのクレハ様についてきなさい!」

「分かってるよ。もうここはいいのか?」

「十分です!アンチドートで大体の病気も治したはずですし、このクレハがいるところでウイルスをまき散らすなんて許されざる行為でしかないのですから!」


 本当になんなのかねえ。レオは明るくなった。セナも笑顔が増えた。俺もいつの間にか次はこいつが何するのかなんて考えて大変だった西への1年もここ数日で嘘だったかのように思える。


 クレハが言った一緒にいて楽しくないわけがないと言ってるのを実現してくれるその姿を楽しいと思う一日に変えるんだから本当に大したもんだと舌を巻くしかない。


     ***

〈セナ〉


「今日は最終日です魔法使い!食料も貰い…とにかく詰めるだけ詰めないといけないですし魔法使いはその野暮ったい見た目をどうにかしたほうがいいですよ!」

「野暮ったいって…魔力の底上げをしてくれるから別にこれでいいんだけど」

「すでに教会にそれ用の服を作らせていました!安心しなさい!そして感謝しなさい!そろそろ言わなくても分かるはずですよ!」

「そのクレハに感謝してるわよ…って作らせたって何?」

「魔法使いはローブなんて古臭い考え方を捨てるのです。あぁ!神託が!魔法使いはもう少しオシャレをしろときました!というわけで行きますよ、ついてきなさいこのクレハに!」


 男連中二人は旅路で特に何も言ってこなかったし。同年代の女の子ともおしゃれだなんて話をした覚えはない。

 話すことは大体が魔法をどうやって使って魔物を殺すかくらいだ。


 私はそれが普通なんだと思ってたし魔法の話しができない二人に魔法の話をしても面白くないと思って話すことなんか特になかった。


 魔法を使いたいけど使えないというクレハは色んな話しをしてくれる。


 旅の途中ではこう使うことは出来るのか?とか腕をぐるぐるしながら表現したりとか。水を圧縮させることは出来るのかとか。


 私に話を合わせてくれてるのかなって思ってたら。魔法使いのことを今日みたいに魔力のことを気遣って女の子らしさを出せと言ってくる。


「ほら!これを着てみてください。可愛いでしょう!デザインは誰が考えたと思いますか?この素晴らしい服のデザインをどこの誰が考えたか言ってみてください」

「そんな言い方されたらそこのクレハがデザインを考えてくれたんじゃないの?」

「このクレハ様が直々にデザインしてあげたことを感謝なさい!」


 一般的にはローブの方が体内の魔力を漏らさないようにしやすいとされていたのに。それもちゃんと配慮して可愛いと…思える服がそこにあって、これを私だけのためにわざわざ考えて作ってくれる。


 不思議な子だ。教会に対しても胡散臭いだと嘘くさいだの本人の前で言ってるのにそれを意に介したこともなく平然としてるのも不思議な子。


「クレハありがとう」

「実に清々しい気分です!このクレハのおかげで魔法使いはこれから可愛いと言われること間違いなしです!」

「あんたの服が可愛いんでしょそれ」

「愚かな申し子ですか貴方は!?服はエッセンス!着る人が、似合う人がいないと服なんて所詮はただの布です!なによりこのクレハが魔法使いのためだけに考えたのに、専用装備ですよ!?」

「はいはい…ありがとう」


 私は別に優秀な方ではない。それでも選ばれてここに来れたことが嬉しいと思ってる自分がいる。


 個室をわざわざ用意してくれて、着替えて出て行くと恥ずかしくなってきた。


「このクレハにかかれば魔法使いの野暮ったさが一気に晴れましたね!感謝なさい!可愛いですよ」

「そうかな~?」

「貴方…このクレハの言葉を疑ってると?このクレハの清廉潔白たる美しく奏でられた言葉が嘘だと!?」

「もういいから!恥ずかしいから濁したの!嬉しい!満足!?」

「あーは…おっと思わず。このクレハ満足です!許しましょう!」


 どうしてこの子は不思議なんだろう。自分の方が可愛いだろうにわざわざ私に目を向けて構ってくる。

 いや、みんなに優しいんだろうきっと。回復魔法を通る人にかけながら進むその足取りはご機嫌なようだ。


「あんた回復魔法をよくそんなポンポン使って平気な顔してるわね」

「なにを言ってるんですか?このクレハだって魔力不足で苦しい思いをしてることはありますよ。しかし、しかし!そこに苦しむ人がいるなら聖女であるこのクレハが治さなくて誰が治すんですか!?」


 魔力不足は気分が悪くなるし吐き気だってある。それを我慢して顔にも出さないなんてそれが聖女と言うものだと言われたら納得はするけど私には真似できないな…。


「第一魔法使いだってある意味魔法を使うんですから仲間ですよ!種類は違えど我らは皆兄弟!という奴です!」

「そこは姉妹じゃないの?」


 この旅でレオンとギンが兄弟だったと言えるのかもしれない。私もクレハと姉妹と言えるようになれるんならそれもいいかなって思える。

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