第5話 親の顔なんて見たくない
私は、祐也の家で夕飯をご馳走になった後、彼に送られて家まで帰った。
「ただいま」
「お帰り、美琴。祐也君も送ってくれてありがとう」
「いえ、じゃあ、俺はこれで」
「あっ、ちょっと待って」
「えっ?!」
美琴のお母さんが俺を玄関の外に連れ出すと
「祐也君と美琴が、相思相愛という事は良く分かっているわ。でもね…。これからはなるべく会わないで欲しいのよ。うちも事情が有って…」
その時、玄関のドアが開いた。
「お母さん、そんな事をもう一度祐也に言ったら私はこの家を出るわ。出れなかったら死んでやる。家の為に子供を売った親なんかに未練はないわ」
「美琴…」
「俺、帰ります」
俺は急いでその場を後にした。あれだけ美琴と俺の事を大事にしていてくれた彼女のお母さんがあんな事言うなんて。
見損なった。いくら家の為とはいえ、自分の娘を売るなんて。
私は、祐也が帰った事を見てから家の中に入った。そして直ぐに自分の部屋に行ってドアの鍵を閉めた。
コンコン。
「美琴、開けなさい」
「美琴、開けるんだ」
「嫌よ。自分達の為に娘を売る親の顔なんて見たくも無いわ」
「美琴、誤解だ。お父さん達はお前を売ったりしていない」
「嘘よ。私が祐也と付き合っている事を知っていながら、なんであんな男と付き合えなんて言ったのよ。挙句にお母さんまでが祐也と会うななんて。最低よ。もう行ってよ」
私は、ベッドの上で毛布に包まった。ドアの向こうで何か言っているけど知らない。
次の日、私は両親が寝ている間に起きて家を出た。この時間なら祐也はまだ家を出ていない筈だ。
駅まで走って電車に乗って祐也の家に行った。
ピンポーン。
「誰かしらこんなに朝早く。えっ!美琴ちゃん?」
玄関を開けると
「おはようございます」
「おはよう美琴ちゃん。とにかく上がって」
「はい」
「祐也はまだ寝ているわ。部屋に行ってあげて」
「はい」
私は、祐也の部屋を一応ノックした。返事が聞こえなかったから中に入った。
結構な寝相だ。まだこの季節は暑いとはいえ。ゆっくりと傍に近付いて口付けをした。もうお父さんの約束なんて知らない。
うん、何か唇に柔らかい物が…、えっ?俺は目を開けると目の前に美琴の顔が思い切りのアップで有った。
俺が目を左右に動かして驚いていると
「ふふっ、起きた?」
「美琴?」
俺はチラッと時計を見るとまだ午前六時だ。何でこんなに早く。
「家、早く起きて飛び出してきちゃった」
「えっ、でもいいの?」
「良いよあんな家。娘を売る親の傍になんていたくない」
「それは分かるけど」
「ねえ、私もベッドで横になってもいい?」
「でも制服が…」
「きちんと脱ぎます。見てても良いよ」
俺はさっと毛布を頭に被った。流石に刺激が強い。美琴の体はまだ二回しか見ていない。そのまま見たら変に元気になってしまう。
「ふふーん。温かーい」
いいのかこれ?俺は嬉しいけど。
「ねえ、祐也、早くお嫁さんにして。そうすれば一緒に居れる」
「俺が十八にならないと出来ないよ」
「そんな事分かっている。でも早く一緒になりたい」
「そんな事言われても」
なんだかんだとお互いちょっと触って見たり少し居眠りしている間に午前七時になり目覚ましが賑やかに鳴り出した。
「起きないと」
「うん、残念だけど仕方ないね」
その頃、友坂家では。
コンコン。
「美琴。朝よ」
返事がない。まさか?!
私はドアを開けると
「美琴?」
ベッドの中には居ない。狭い部屋だから見渡す必要もなかった。直ぐに一階に降りて
「あなた、美琴が居ない」
「居ないってどういう事だ?」
「部屋の中に居ないのよ」
「トイレじゃないのか?」
「そんな訳ないでしょう」
「どこ行ったんだ?もう学校か?」
「そんな訳ないでしょう。こんなに早く」
「まさか!」
私は急いで祐也君の家に電話した。
『もしもし、友坂でございます』
『友坂さん。こんなに早く、どうしたんですか?』
『うちの美琴、そちらに伺っていませんか?』
その事か。
『はい、来ていますよ』
『出して下さい』
「美琴ちゃん、お母さんから電話」
「出たく無いです」
「でも、出なさい」
「はい」
せっかく祐也と美味しい朝食食べていたのに。
『なに、お母さん?』
『なんで何も言わずに出て行ったの?』
『別に私が朝早くどこ行こうと構わないでしょ。朝食食べたら祐也と一緒に学校に行きます。切るね』
『みこ…』
娘に電話を切られてしまった。いくら家の事情とはいえ、あまりにもひどい事をしたとは思っている。でもここまで嫌われるとは。
「どうした、母さん」
「祐也君の家に居ました。もう学校に行くそうです」
「……………」
どうしたものか。娘の気持ちは分かるが、家の事をもう少し考えてくれても…。
「ねえ、あなた」
「なんだ?」
「もう一度、美琴と良く話しませんか。やっぱりやり過ぎたんじゃないかしら?」
「何を話すっていうんだ。融資がされなければ、俺達は銀行の借金を抱えたまま、路頭に迷うんだぞ」
「それは、そうですけど」
「俺だって中途半端な気持ちで美琴の事を思ってなんかいない。もしこのまま真司君と美琴が上手く行けば、美琴にとってもいい事だ。
祐也君はいい子だが、必ずしも娘を幸せに出来る保証はない。でも真司君なら大丈夫だ。その位お前だって分かるだろう」
本当にそうなのかしら。夫はお金しか見ていない。私だって、ここに嫁ぐ時、お金を見ていた訳じゃない。
それだったら不安でこの人と一緒になんかならなかった。愛情が有ったから一緒になったのに。
でもどうすればいいの。今は、確かにこの人の言う通りだけど、あの真司って子が、どこまで娘の事を思っているか分からない。
見た目の良さだけでうちの娘を好きになったのだから。そんなものいずれ飽きる時が来る。その時、娘はどうなるの?家はどうなるの?
―――――
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