一章 東の国⑥
宮廷に行くには西門を経由し、使用人通用口を通って入城する必要があった。
正規の入り口は別にある。こちらは
火竜門を通る意味合いは、有り体に述べれば民衆に対し、己が選ばれた者であると見せつける興行だ。従って宮廷勤めが長い者は火竜門を利用しない。
暁蕾も昔は草原の民を下した見せつけを兼ね、火竜門の利用を義務づけられていたが、それも一季節が過ぎる頃には終わった。以降はずっと裏口を使用している。
入城後、丁と別れると早足になるのは、これから向かう先に
つまずいてしまったのだ。
自らのヘマに、一瞬の間に血の気が引いた。
「あ、ありがとう」
いや、と答えた人は、年の頃は二十半ばほどか。名高い武人と勘違いしたが、その
これほどの
妙に貫禄があるし配属替えか、それとも降格でもされたか。疑問が頭を
天音閣に入れるのは女と
一歩足を踏み入れれば天上の世界と
ある新人官女が暁蕾を
「あの子はいいんだ。蓮妃様のところの娘だから、覚えておくんだよ」
「でも、あんな汚い娘を許しても良いのでしょうか。見た目だってあんなに……」
「いいんだ。それより覚えておきな、あの子……
意外な言葉に新人は首を傾げ、年かさの官女は重苦しく言い含める。
「あの子は重要なお役目を負ってる。なにかあって怪我でもさせたら、家族も無事じゃ済まないよ。子義様や道士様に睨まれたくなかったら、関わるのはおやめ」
「そんな……たかが異民におおげさではありませぬか」
「むかし、それで処刑された官女がいたんだよ、子義様の機嫌を損ねてしまったのさ」
官女達の会話など知る由もない暁蕾は先を急ぐ。
天音閣内でも妃によって与えられている住まいは異なる。彼女が真っ直ぐに向かったのは妃の一人、蓮妃に与えられた御殿だ。
宮廷でも異質なこの建物、はじめてこの蓮華楼を見た者は、蓮妃の特別扱いに
これは霞国が蓮妃を逃さぬための特別な
見た目だけをきれいに飾った悪趣味な監獄だが、すべて妃の身分を賜っただけで名誉と片付けられる。考えれば
蓮華楼ではすぐさま案内がなされ、彼女は
その人を見た途端、暁蕾は我慢できず名を呼んでしまう。
「蓮妃さま!」
「いらっしゃい、暁蕾。待っていたわ」
たおやかに微笑むその人は、自ら席を立ち彼女を出迎える。貴人にあるまじき歓待ぶりで、自ら
「十日目はいつも落ち着かないわ。
友人の頰をそっと撫でる蓮妃……もとい草原の民のもう一人の生き残り、翠蘭には化粧っ気もないのにどきりと胸を高鳴らせる魅力がある。
暁蕾の手が冷たいと気付くと、すぐに表情を曇らせた。
「そんな薄着で寒くなかったかしら。ごめんなさいね、わたしが直接出向けたらよいのでしょうに、後宮の外に行くのを禁じられているから……」
「あの泉に入れるのは私だけなのですから、どうぞお気になさらないでください。私は蓮妃さまのお顔を拝見できるだけで幸せなんです」
手を握り返す行為も、蓮華楼でなら許される。十日前と変わりない元気な姿に
「暁蕾ったら、変な顔をしてどうしたの。わたしの顔になにかついていますか?」
「いいえ、なにも。相変わらずお
「いつの間にお世辞を覚えたのかしら。わたしを褒めてもなにも出ませんよ?」
急に小役人がやってきたから心配していたのだが、この様子ならいつも通りだ。
咄嗟に誤魔化すも不安は見抜かれており、彼女はなにも言わず背を
暁蕾よりふたつ年上の彼女は、草原の民が滅ぼされる前から、こうして何かあるごとに
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