第11話 呪い
数日経ち、共同依頼の日がやってきた。
指定された時間通りにギルドには4人が集まっていた。トワは少しの緊張がうかがえる表情で、リーティアは何も考えていないように口を開けて笑い、ロウは真剣な表情で、そしてジギラスはニヒルに笑っていた。
「それでは、今日はよろしくお願いします。討伐内容はオークの群れ、おそらくですが10〜20体ほどは繁殖している可能性がありますので注意してください」
4人が集まるとギルドの職員が依頼の詳細について話していく。いつもの受付嬢ではないことから、普段は裏で仕事をしている人であろう。
「現在のところ、オークロードは確認出来ていませんが、20体もの魔物がいることから可能性はあるかもしれませんので、よろしくお願いします。討伐方法に関してはそちらにお任せします」
少し前にトワたちがオークロードを倒したこの状況で再度現れるとは思えないが、何分帝王種の生態に関しては分からないことが多いため警戒するに越したことはない。しかし、その警戒も今回に限っては必要ないかもしれないが………
「ま、ロードが出たら俺がやるよ。トワ坊たちには荷が重いだろうからな」
そう、この男、ジギラスがいれば大抵の魔物は殲滅できる。今回行く森に限って言えば、たとえ束になって魔物が来ても負ける要素などないのだ。
(だから不思議なんだよね。共同依頼なんてやんなくてもお金は稼げるし、言っちゃえば、この町にいる必要も感じない。どうしてジギラスはこの依頼に関わるんだろう)
リーティアも彼の行動に疑問を感じるが、いくら考えても答えが出てこない。この問いを解くのに必要な情報が彼女には足りていなかった。
「ま、いっか。それじゃあ、向こうに行きながら話し合おっか。行くよー」
考えても分からない問いをずっと続ける彼女ではないし、そもそも考えたくもなかった故に全員を先導して狩場に向かう。彼女に続いて3人が?マークを浮かべてついていく。
報告された場所の少し手前でロウが口を開いた。
「俺は好きにやらせてもらうぞ。お前らもそうだろ?どうせ連携なんてできねえだろうし、こうやってやった方が楽だ。ジギラスさんもそれでいいか?」
「ああ、俺のことは放っておいてくれていいぜ。ノルマ程度はやるからよ」
ノルマとは先ほど全員で決めた、1人が最低限倒すオークの数であり、1人あたり5体となった。もちろん、僕には厳しい数だが、そこら辺は適当に上手くやるということで落ち着いた。「力不足ならやんなよ」との声が聞こえたような気もしたが、気にしないでいた。
ムカつくけどな。
少し進めばオークの群れが見えてくる。
地球の知識だと元が猪だと聞いていたが、どう見てもデカくなった豚にしか見えない。肌はピンクで特徴的な鼻もある。唯一ツノが少し出ているがそれもあまり大きくないから猪には見えない。
「それじゃあ始めるよ。気をつけてね」
「わぁってる。お前も変なミスするなよ」
その会話が終わると同時に全員走り出す。いや、ジギラスはあくびしながらで走ってないけど。
奇襲に相手が驚いている間にロウとリーティアが2体ずつ切り捨てる。リーティアの剣は先日のオークロード戦で刃こぼれがひどいが、それでもあの分厚い肉を十分に切れてるのはおかしいだろ。
僕も手を回して火球の術式を描いて放つ。
オークはロウとリーティアに気を払っていてまともに喰らって火だるまになる。
「おい、素材がもったいないだろ」
「ロウーー、こんだけの量全部持って帰れるわけないでしょ?あまり突っかかるのやめてよ」
「うっ……」
この世界にはマジックボックスなどのアイテムはないらしいので、持ち帰れる量は決まっている。ロウもそれは分かっていただろうから、単に僕への嫌味だろう。まあ、火球しか攻撃手段がないのはどうかと思うから、アイツの言っていることは間違ってはないんだよな。
それでもムカつくことに変わりないんだけど。
ジギラスに目を向けるといつの間にか彼の周りには4体のオークが頭部を失った状態で転がっていた。当の彼はその真ん中で寝転がってくつろいでいた。この森に彼の敵がいないって言ったって、よくあれだけ寛げるもんだ。
ていうか、ノルマ程度ってこういうことか。確かに20を5で割ったら4体だけど、それを一瞬で終わらせるって。というか、終わったんだったら手伝ってほしいんだけど…………無理そうだな。
周りを見渡しても先日のようなオークロードはいないようで安心した。あんなヤツはもう2度と遭いたくない。このパーティで相手出来るのなんてジギラスぐらいだしな。
「オークロードがいなくなってまだ解散してない群れなのかもね」
「かもな。どちらにしても運がいいというしかない」
ロウが言うように運がいい。
群れとはいっても連携して攻撃するわけではないし、相手しやすいからな。オークロードがいたら僕たちの死角を突いてきて攻撃したりと頭が回るから、今より格段に強くなるだろうからな。
ロウはオークを相手にしながらいけすかないトワを観察していた。
先日のタイマンでもある程度の実力は測り、対人での戦闘能力はハンターとしてお話しにならないレベルだと分かってはいたが、それでも少しは期待していたのだ。
(魔物相手だったら少しは出来ると思ったんだが、まさか火球しか使えねぇのかよ。ホントにリーティアはどうしてこんなヤツと一緒にいるんだ?)
と思っていた。
ロウは金髪を乱して、態度も良くはない形をしているが、これでいて仕事に関しては真面目なヤツなのだ。だからトワが魔物との戦闘で使えるようならばまだリーティアの隣に立つのは認められると思っていたのだ。
しかし、その考えは裏切られた。
確かに多少は動けるようだが、攻撃手段が明らかに少ないのは問題だと言わざるを得ず、これでは、いつかリーティアに危険が及んでしまうと考えてしまっても仕方がなかった。
しかも、動きも緩慢で高レベルの依頼では仲間を危険に追い込む。
(この依頼が終わったらリーティアに聞いてみるか)
どうしてトワと行動をともにしているのか、トワのことをどう思っているのか、そして自分のことはどう思っているのか………
うぅ、少し聞きすぎか……
「おっと、危ねぇ。油断してもお前らに負けるほど俺は弱くねぇよ」
妄想に集中していると、オークがボロボロになった戦斧を振り下ろしてくるも、それを難なく回避する。それに続いて同時に来たオークが追撃に来ているのが見える。こんなヤツらに負けるかよ。
退屈とともにハァ、とため息をついた瞬間、身体中に悪寒が走った。
鳥肌を感じ後ろを振り向くとそこには鬼がいた。ツノを生やし、獰猛な気質が窺える犬歯が大きく育っていた。この森に棲む帝王種を除けば最強の生物。
「『
絶望を孕んだ言葉が自分の口から放たれたのがかすかに分かる。もう口が自分のものではないようにカチカチと動く。恐怖を感じているのか?
眼前の鬼は恐怖に震える俺を見て、嗤った。
巨大な拳が振り下ろされるのがイヤにゆっくりと見える。
避ける?
避けるだけなら出来る。でも今の俺の後ろにはオークが2匹いて、そいつらの追撃を躱すのまではできないだろう。どうせ死ぬんだったら一発で苦しまずに死にたい。
ああ、死ぬ。
身体の穴という穴から汗が噴き出ていく。同時に何か大切なものが溢れ落ちる感覚も感じる。
死ぬと感じた瞬間に息が上手く出来なくなる。頭の中が真っ白になって、悲しさと快感が全身を襲う。この快感は俺の生の全てが、これまでやってきた全てがぶち壊される瞬間がもうすぐそこまでやってきているからかな。
じゃあな、リーティア。
ごめんな。
「死ぬなああああああ!!!!」
その絶叫を認識した頃には、俺はオーガの拳が過ぎ去った時を見ていた。
覆い被さっているのは、いけすかないトワだ。どうして……?
「どうして助けた!!もうちょっとで俺は、俺は……」
言葉を紡ごうとして、やめた。
どうして俺はこんなにも死にたがっていたんだ?
どうして俺は死の魅力に抗えなかったんだ?
「知らねえよ、お前の死にたい理由なんて。だけど僕はついこの前誰も死なせねぇと決めたばっかりなんだ。だから僕の前では僕のエゴに付き合ってもらう」
は?何を言ってるんだ、こいつは?
死なせたくない?なぜ?俺はお前をついこの間痛めつけたような奴だぞ?
それがどうして死なせたくないなんて思える?
どうして自分が危険な目にあってまで助けようだなんて思えるんだ?
「バカげてる………」
「なんとでも言え。それより、もうリタイアか?」
「はあ?」
俺がもうリタイアかだと?
俺がもう戦えないかだと?
なめるなよ。
お前がどれだけバカかはよく分かった。だけど、俺がお前よりも先に音を上げるのは天地がひっくり返ってもあり得ねえんだよ。
「バカも休み休み言え。お前程度じゃ数秒も保たねえだろ。俺が代わりにやってやるよ」
こんな素人に助けられてばっかじゃいられねえからな。
今の俺じゃ倒せないなんて知ったこっちゃねえ。
俺の方が、強い。
「んじゃあ、俺がオークをやっつけておくよ。お前らはオーガ相手に好きなだけやってみろ」
さっきまで寝ていたジギラスさんも起き上がって、そう言ってくれる。
まだオークは10体以上いるんだが、あの人も底が知れないな。
「よーし、それじゃあみんなでパッパとやっちゃいましょ」
リーティアは短剣をクルクルと回しながらオーガをじっと見つめている。ああ、くそ。俺一人で戦ってみてえのに。情けねえ。
リーティアだけじゃなく、トワとも一緒にやらなくちゃいけねえなんて。
まあ、仕方ねえか。
これが今の俺の実力ってことで納得しなきゃな。
「行くぞ、お前ら。すぐに片してやる」
始まりを刻む 桶満修一 @okemansyuichi0523
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