第9話 お約束のバトル

 「それじゃあ、目標が決まったところで何をしなきゃいけないかを考えよっか」

 「まずは力が必要だな。腕力はともかくとして、魔法だな」


 この世界から危機をなくすことを決めた彼らがやることは多い。

 彼らが話しながら向かっているのはギルドである


 「おーお前ら、昨日の今日でもう来たのか?仕事熱心だな」

 「ジギラスか、お前もいつも飲んでるのな」


 声をかけてきたジギラスは昨日と同じようにジョッキを片手に一人で飲んでいた。

 ふと、こんな戦場から遠ざかってるジギラスでも死ぬのが怖くないのか気になった


 「なあ、ジギラス。お前は死ぬのは怖いか?」

 「ああ?んだよいきなり。まあ、怖いって感じはしねえかな。こんな仕事しってとよお、仲間が目の前で死ぬこともあるけど、それは仕方ねえんじゃねえかなって思うんだよなあ」


 予想通りの返答だが、恐怖を共感できないトワは悔しそうにうつむく。

 

 「トワ坊はどうなんだ?」

 

 トワの様子に違和感を覚えたジギラスがトワに問う。

 問いかけられたトワは、この世界に来た時の出来事を思い出して語りだす


 「怖いよ、めっちゃ。傷がつくのってイタイし、自分の意志がなくなるって考えただけで怖気が走るんだよ。ジギラスは死にそうになったことはないのか?」

 「俺か?数えきれないくらいあんぞ。駆け出しのころに見栄を張って難易度の高い依頼をやったり、ドラゴンと出くわした時、色欲の野郎にあった時とか、まあ色々あんな」


 片手で数えているのだろうか、指を折り曲げ思い出すように斜め上を見つめていたが、次第に面倒くさくなったようで酒を飲み始めてしまった。

 死にそうになったことなど彼にとっては片手、否、両手でも数えきれないほどあったのだろう。


 「それがトラウマになったりとかはしないのか?だって、その時死んでたら僕らは出会えてなかったんだぞ。それが悲しいとかは思わないのか?その時の傷を思い出してもう嫌だって思ったりは出来ないのか?」

 

 トワは必死にジギラスに死の恐怖を呼び戻そうとした。

 しかし、ジギラスは全く分からないように「いいや」と答えて終わる。

 まるでこの地に呪いが蔓延っているかのように、彼らは死をいとわない。

 

 「分かったよ、ジギラス。僕はお前にも死の恐怖ってやつを思い出させてやるからな」

 「何が何だか分からないがやってみやがれ」


 ジギラスに別れを告げ、リーティアの下に行く

 彼女は依頼表の前で1つの羊皮紙を持っていた。

 彼女がトワのために用意したその紙には、ウルフの討伐の依頼が書いてあった。

 

 「トワ君の初めての依頼はこれね。Fクラスの依頼だし、トワ君の宿敵だからね。とりあえず、受注する前にトワ君のハンター登録をしないとね」

 「宿敵?」


 リーティアはトワの疑問に答えずに依頼書を持って受付にトワを連れていく。

 依頼を受けるにはまずトワのハンター登録が必要であるようで、最初のお金を払って既定の紙を書く。


 新しくハンター登録をする場合、よほどの例外がない限り全員Fランクハンターからのスタートとなっている。

 ハンターになるための試験等はなく、希望した者は即刻ハンターになることが出来るのだ。

 もっとも、町や国の危険時に強制で収集されることがあるため、よほどの資格好きでもなければ無駄にとったりしないだろう、というのはリーティアの言だ。

 そのため、国としてはハンターが増えるのは歓迎することであり、資格を取ろうとする者を拒むことはしない。

 そのような事情もありトワも例に漏れず、少しばかりの説明を受けてすぐに資格を発行することが出来た。

 

 「これでトワ君名義で依頼を受けれるようになったよ。ギルドの違反になっちゃうから私は今回の依頼では直接的に手を貸すことは出来ないから頑張ってよ。もちろん魔法の打ち方とかは教えられるから、頼ってくれていいからね」


 リーティアの言う通り、高ランクのハンターが低ランクハンターを手伝って依頼を達成することはギルドの規約違反となっている。

 というのも、過去に高貴な者が戯れでハンター登録をして、高ランクハンターを雇い、簡単に自身のランクを上げる行為が多発したため、適切なランクを見極めることが出来なくなってしまう事例が散見されたからだ。

 以降、ハンターが受注できる依頼はその者のランクと依頼のクラスの差が、1までとしている。

 今回トワが受ける依頼のクラスは『F』であり、リーティアの直接的な手伝いが出来ないクラスとなっている。

 

 「依頼に向かう前に私が魔法を教えてあげるから、先に草原に行こうか」

 

 二人はギルドを出ると町の外にある草原へ行き、そこで魔法の勉強を始める。

 まず初めに教えるのは魔法陣だ。

 

 「いい、魔法陣っていうのは何個かの模様と文字を組み合わせて作り上げるものなんだ」


 そう言って彼女は例を出すように空中に円型の魔法陣を描き出す。

 その円の中にはいくつかの文字とそれをつなげる模様が複雑に描かれていた。

 しかし、その文字はどれもガルド語でも、もちろん日本語でもなく何と書いてあるのかは理解できない。


 「これはトワ君も使えた『火球』の魔法陣。一番簡単って言われてるやつだよ。トワ君は私のを見て覚えてたのかな?」

 「あの時はとにかく必死であまり覚えてないが、多分そうなんだろうな」


 当時の状況を思い出してみても、リーティアを救おうとして無我夢中でやったことであったため、やり方などはほとんど覚えてないのであった。

 しかし一度魔法が撃ててるからなのか、空気中の魔素を動かすことは最初よりはかなり円滑にできるようになっていた。

 最初に感じていた鉛のコートを着ている感覚も慣れて来ている。


 「色々な形の模様と文字を組み合わせたら、どんな魔法も撃てるようになるんだ。だからトワ君にはその1つ1つの模様を描けるようになってほしいんだよね」


 リーティアはそう言うと、幾何学的な形に魔素を動かしていく。

 それらが完全に象られると、そこから火の粉や水滴が出て来ていた。


 「それじゃあ、さっそくやっていこう」

 

 そんなこんなでトワは魔素を動かし始める。

 リーティアの見せた模様に魔素を動かしていくのはかなり疲れるらしく、始めて数分で息切れを起こしていた。

 図書館の本でも書いて合った通り、体内の魔素を使うより空気中の魔素を動かすことの方が疲労を感じやすいらしい。

 しかし、その疲労の頑張りもあっていくつかの模様を描くことが出来るようになった。


 「よし、じゃあ次はそいつらを円状に並べていく感じでお願いね。それで次は・・・」


 等々、リーティアによる特訓はなかなかのスパルタで、火球を撃てる頃にはトワはぐったりしていた。


 「よし、これが撃てたら魔法陣の基礎は出来てるって証拠だよ。習得が早くてお姉さん驚きだよ!」


 その通り、体外の魔素を使うやり方でここまで習得が早いのは異常であった。

 その習得の早さの裏には、偶然ではあったが一度魔法を使った背景があったことが影響していた。

 トワが天才的であったというのも多少あるが・・・


 「それじゃあさっそく『闘狼ライガーファング』を討伐しに行こうか。あっ、それと念のためナイフは持っといてね」


 2人は森に入り、『闘狼』の捜索に赴く。

 今回リーティアが初心者のトワになぜライガーファングを推したかというと、理由は2つある。

 1つはゴブリンと違い知能が低く、単独でいる可能性が高いから。

 そして2つ目がトワのトラウマの克服である。

 トワはこの世界に来て数分でライガーファングにより死にかけている。

 それはもう、RTAでもやっていたのかというほど早く。

 その時に感じた恐怖は、早いうちに克服しておかないと、ライガーファングだけにとどまらず他の魔物に対しても過剰に恐れてしまう可能性が在るのだ。

 

 森に入って先行するのはトワだ。

 リーティアがやってしまうとトワの練習にならないため、トワがリーティアを率いて森を進んでいく。


 「いた!」


 リーティアからするとお粗末な警戒である場面も多々あったが、何事もなく標的を見つけることが出来た。

 

 「いい、トワ君。標的を見つけても油断しないであたりを見渡してね。やっつけた後に追撃をされたらたまったもんじゃないから」


 と言うリーティアは前回の豚帝王戦を思い浮かべて苦い顔をしている。

 あの時もっとあたりを警戒していれば、あそこまでの接線にはならなかったんじゃないかと思っているのだ。

 そんなリーティアには気づかずにトワは緊張した面持ちであたりをよく警戒している。

 

 「標的は一匹しかいないっぽいな。行くぞ」

 「いつでもどうぞ。自由にやっちゃいな、私がいるから」


 トワは駆け出し火球を放つ。

 突然の攻撃に反応できなかった『闘狼』はその火球を足に受け、皮膚が焼ける痛みに悶える。

 しかし、痛みに苦しみながらもトワへ襲い掛かっていく

 

 「うおおおお!!」


 近寄ってきたライガーファングを携えたナイフで喉元を掻っ切る

 血の吹き出る音がトワの因縁の魔物にして最初の依頼の達成を告げる

 

 「よし!初クエスト達成おめでとう!これでトワ君も立派なハンターだね」

 「ほんとにこんなにあっけなく終わってしまったのか?もう少し苦戦すると思ったんだが・・・」

 「全然いいんだよ、簡単に終わるならそれはそれで。それに普通のFランクハンターは魔法が使えないんだから、こんなに簡単に終わるのが普通じゃないんだからね」


 その言葉の通り、普通のFランクハンターは近接戦闘がメインであり、魔法が使えるハンターは中級であるC,Dランクのハンターに多くいる。

 そのため、現状のトワはFランクにしてはかなりの上位に位置しているだろう。

 

 「まあ、近接がぜんぜんダメだから強い魔物には勝てないと思うけどね」


 2人は炎でボロボロになったライガーファングの毛皮をもってギルドに帰っていく。

 

 「おートワ坊じゃねえか。初クエストだったんだろ?どうだ?うまくやれたか?」

 「ああ、なんとかな。毛皮はこの通りボロボロになってしまったがな」

 「なあに、そんなことはもっと強くなってから考えりゃいいんだよ。金がもらえりゃいいじゃねえか」

 

 ギルドに帰り毛皮を査定してもらう

 今回が初依頼だったこともあり、ギルドのオヤジに少し甘めに査定してもらうと、トワは恥ずかしそうにお礼を言っていた。


 「それじゃあ今日はもう帰ろっか」


 2人が帰ろうとギルドのドアを開けようとすると、後ろから声が聞こえてきた。

 

 「おーおー、そこの坊ちゃんよー。女に助けてもらって金をもらってうれしいかよ。ずいぶんと腑抜けた奴が来たじゃねえか」

 

 振り返ると3人の男たちが不愉快そうに仁王立ちしており、トワに嫌悪感を示す目を向けていた。

 真ん中の男がリーダーなのだろうか、とげとげとした金髪がやたらと物騒で威圧感が込められていた。年齢は若いのだろうか、リーティアと同程度の17才か18才そこらだろう。

 どうやら男らはウルフの足の焦げ跡をリーティアがやったと勘違いし、そのことでトワに憤っているらしかった。


 「へー、まだこんなことやってるやつがいたのね。そういう『絡まれて撃退イベント』ってもう古いんだよね。って、あんたロウじゃん。あんたこんなことやってたっけ?」 

 「うっ、うっせ。いいんだよ、んなこたぁ。それよりもなんでお前がこんな奴の面倒見てんだぁ?そんなキャラじゃねえだろ。………あと一緒に住んでるって本当かよ」


 少し頬を赤らめながら答える金髪の少年、ロウ

 最後の方はもごもごしてリーティアには聞こえていなかったのは、ロウにとっては幸運だったろうか。

 

 「一緒に住んでるって………。同じ宿に住んでるだけだよ。それにロウが気にすることじゃないじゃん」

 「うるせえ!俺は今そこの新人に話しかけてんだ!女に守ってもらって恥ずかしくねえのかよ?おい、なんとか言えよ」


 突っかかるロウをトワは下から睨みつける。

 そんな不遜な態度にムカつき、トワにつかみかかる。


 「なんだよ、その目は。自分で倒したとでも言いたげじゃねえか」

 「実際自分で倒したんだからなんも言うことないんだよ。リーティアに聞いてみればいいだろ」

 「リーティアはお前の肩を持つだろ。信じられねえよ」


 ロウはどうしてもトワがウルフを単独で狩ったということを信じられないと聞こえるが、内心、リーティアに気に入られているトワをすこし痛い目を見せてやりたいだけなのだ。


 「一番簡単なことがあるぜ。━━━━タイマンだよ。」


 そして、いいところを見せたいという思惑もあった。

 想像通りの流れに頭を抱えるリーティアと、喧嘩なんてやったこともなく本気で頭を抱えるトワの動きがかぶる。

 

 「どうした?やんねえのか?」

 「もう!ロウもいい加減にして!トワ君は今日ハンターになったばっかりで━━」

 「いや、いいよリーティア。タイマン受けて立つ」


 そんな予想外の答えにリーティアは振り向き、ロウは軽く笑みを浮かべる

 

 「いいねえ、そうでなくっちゃ。さあ、さっそくやろうぜ」

 「リーティアにばっか頼ってられないんだよ。それに僕には強くなる理由があるんだ」


 止めようとするリーティアが、その言葉を聞いて動きが止まる。

 その目が遠い未来を見ていると気づいたから。


 勝負は一方的だった。

 ロウは腕っぷしだけでDランクになったハンターである。

 対してトワは喧嘩の腕は素人であった。

 頬は膨れ、唇は切れ、頭からは血が流れていた。

 ある程度痛めつけて満足したロウはお供を連れて帰っていった。

 

 「ねえ、トワ君。なんですぐに降参しなかったの?ロウはそういうの受け入れてくれるタイプだよ」


 トワの傷の手当てをしながら問いかける。

 勝負が始まった時には、否、始まる前から一方的になるのは想像できていただろう。

 しかしトワは決して負けを認めはしなかった


 「負けられない理由があるからな」

 「ぜんぜん負けてるじゃん」

 「僕が負けを認めてないから負けてないんだよ。あいつも帰ったしな。最後に立ってたやつが勝者なんだよ」

 「ま、いいけど」


 肩を組んで2人は支えあうように帰っていく。

 この世界を変えようとする2人の出だしは好調とは言えなかったが、確かな一歩を刻み始めていた。




 余談だが、ギルドを出たロウは「やりすぎたか?」「嫌われたんじゃないか?」と不安になり頭を抱えていた。

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