第8話 違和感の正体
町の中は中世のヨーロッパのような外観で、外国へ行ったことのない僕にとってはわくわくする景色だった。
ここが異世界じゃなくて、僕に命の危機が迫ってなかったらもっと楽しめたのにな。
最初に向かったのは町の教会だ。
町の中心部に位置しており、そこには日夜多くの者が通っているという。
「ここがシュルフ教の教会ね。結構大きいのね」
「お前、こんなに大きな宗教知らずに今まで生きてきたんだな」
「しょ、しょうがないでしょ。この町に来たのは最近なんだから。」
「そういう問題じゃないと思うんだが……」
教会の前で無礼にも駄弁りながら扉の前に立つ。
大きな扉をくぐると、そこには修道服に身を包んだ美女がいた
彼女はトワたちに気づくと、少し驚いた顔をした後、微笑みながら問いかけてきた。
「こんにちは、はじめて礼拝に来られた方と思いますが、旅の方ですか?」
「え、ええ、はい。そ、そうです。はじめましてですわ?」
「上品な空気にもってかれるなよ。お前じゃついていけないぞ」
シスターの優しい口調に戸惑ったリーティアであったが、その後のトワの言葉で正気に戻り、じゃれ合い始める。
その姿を微笑ましそうに見ているシスターは、彼らの方を向いて姿勢を正し一礼する。
「はじめまして。私ここの教会でシスターをやらせてもらっているマエリと申します。おふたりは信徒でいらっしゃるんですか?」
「私はリーティアで、この子はトワ君。よろしくね。恥ずかしい話なんだけどシュルフ教を知ったのが今朝なんだよね。それでどんな感じなのかを知りたくなって・・・」
リーティアの紹介に合わせて頭を下げるトワを、マエリは微笑みながら見て礼を返す。
彼らが信徒ではないと知ったマエリは嬉しそうに話し出した。
「興味を持っていただきありがとうございます。今日知られたばかりですと、あまり深くは分かられておりませんよね。少し説明させていただいてもよろしいでしょうか」
「それはまた今度でいいかな?今は町の造りがどうなってんのかをトワ君に教えようとしてるからね。時間がかかりそうなのは遠慮したいんだ」
「そうですか、残念です。それでは時間があるときにどうぞお越しください」
教会の中は地球の教会と変わりなく、礼拝のための席が多く用意されていたり、バスオルガンのような楽器が設えられていた。
しかし、想像していた大きな像はなく辺りを見渡していたらマエリがトワに話しかける。
「イルス様の像を見たかったのでしたらすみません。小さな教会でして、しかもネチャル国はイルス様の像の建設を禁止していますので」
マエリが言うにはネチャル国はなぜだかイルスの像の建設を禁止しており、そのせいでネチャル国ではシュルフ教があまり信仰されていないのだそうだ。
「って、イルス様って誰だ?」
「あ、すいません。本に載っている『始まりの人』です。『始まりの人』は通称、イルス様はシュルフ教独自の言い方だと認識していただければ大丈夫です。この地に初めに足を付けた偉大な方ですね」
マエリの説明には、今朝本で読んだ内容のほかにも知りえない情報がいくつかあったが、長くなると判断したリーティアは彼女を無視して奥の方に歩いていく。
奥に入っていくと身を清めるための桶があった。
マエリに聞いてみると、シュルフ教に入信した者がその身を始人に捧げるための儀式をするときのための空間だそうだ。
「って、それって僕たちが入って大丈夫なのか?儀式のときに使うってことは、入信しないとここには来れないんじゃないのか」
「いえ、そういうことはないのです。より多くの方に信仰してほしいので、出来るだけすべてをさらけ出そうとしているのです。ほら、シュルフ教のような大きい宗教は少し怖く感じてしまうでしょう?」
マエリの明け透けな言葉に「ハハ……」と図星を突かれたように笑うことしかできない。実際、入信させようとしてくる宗教は後ろ暗いものが感じるのを知っているトワだからこそ何も言えないのだ。
しかし、目の前のマエリには悪意は感じないのは確かなので、安堵しながら歩いていく。
その後、教会内部を見て回ったが特徴的なものは見つからず、教会についてから約1時時間ほどで次の目的地に向かった。
「次はココ!日本で言うところの商店街ね。いろんなものが売ってるから見てるだけで結構楽しいのよ」
教会からいくらか歩いたところには、たいへん賑わった商店街があった。
見えるところだけでも、肉屋、武器屋、道具屋など他にも日用に使えるものなどが売っている店が所狭しと並んでいる。
それぞれの店には、ハンター風な男や日本で見るよりもたくましい女性の姿などが散見された。
聞こえてくる声には「値引きしてくれよ」「仕方ねえなぁ、少しだけだぞ」「もちっといけるだろ?旦那」など、トワのいた世界では聞こえてこなかった声が混ざっていた。
「どう?けっこうにぎわってるでしょ?」
「あ、ああ。そうだな、想像以上だ。思ったよりも人が多いんだな」
「まあ、この辺では割と大きな町だからね。この国の中だったら王都の次ぐらいの大きさじゃない?多分だけど」
商店街を歩いて、明るく話し合っている主婦や楽しそうに笑うハンターたち、元気に働く商人を見ていると、1つの会話が聞こえてきた。
「おばちゃん、オヤジはどうしたんだよ」
「ああ、あいつならこの前死んじまったよ。油断してたみたいでゴブリンの群れが近づいていることに気が付かなかったみたいだね。まったく恥ずかしいよ」
「はっはっは、そういってやんなよ。次は俺かもしれねえな」
聞こえてきたのは何でもないその会話だった。
永遠も普段なら気にも留めない、聞こえもしない会話のはずだった。
しかしその声は永遠に恐ろしいほどの不快感を与えた。
違和感ともいえるその感情が永遠の身を襲い、それは彼をどうしようもない孤独を感じさせた。
自分だけがこの世界とは別のところにいる、この世界を作られた物語のような、自分が生きてはいない妙な感覚だった。
その感情が彼を襲ったとき、彼はふいに足を止めてしまった。
「ん?トワ君どうしたの?疲れちゃった?」
彼の異変にリーティアが問いかけてくるが、その彼女でさえも彼には理解できない存在の1人だった。
彼女の輪郭がぼやける。
目には見えない何かが彼の中に確かに存在していた。
「ごめん。少し一人にさせてくれ。ちょっと体調が悪くて」
ひねり出した言葉は虚飾にまみれ、勘の悪いリーティアでさえもそれが真実ではないと容易に分かった。
首を傾げ心配するように少年を見つめる彼女であったがしかし、その様子が尋常ではないと分かったのか、彼女は先に宿に向かって帰っていった。
1人になった永遠は商店街を後にし、町のはずれの方へと足を運んだ。
星見永遠はまるで世界から自分だけが隔離したような孤独をどうして感じたのかを考えるも、答えは出ない。
しかし、ここの世界の住人と自分とでは、何か大きな違いがあるということは感じていた。
ただ時間だけが過ぎていく中、永遠の世界に音が訪れる
「グギャアアアアア!!」
「きゃああああああ」
永遠の視線の先にいたのはゴブリンの前で倒れこんでいる少女であった。
今にもゴブリンに襲われ、その命を散らしそうになっている少女の目には、以前死にかけた永遠のような強い恐れの感情が灯っていた。
瞬間、永遠は走り出し、ゴブリンに蹴りをかます。
意識外からの攻撃にゴブリンは横に倒れる。
「早く逃げろ!!」
「で、でも、・・・お兄ちゃんは・・・」
「僕は大丈夫だから早く逃げろ。時間を稼いでやるって言ってるんだ!」
永遠の迫力に押されて少女は町の中心部へと走っていく。
少女の姿が見えなくなるころには、倒れていたゴブリンは起き上がり、永遠に攻撃を仕掛ける。
「さっきはとっさで忘れてたけど、お前くらいだったら身体強化で何とでもなるんだよ、………痛った!!」
そう言って超能力で身体強化を図るも、昨日限界を超えて使った反動で体に超能力を使うことさえもままならない状態であった。
そんな永遠の状況を知ってか知らずか、ゴブリンは永遠に襲い掛かってくる。
間一髪でその攻撃を回避した永遠はしかし、次に放たれた拳を避けることまでは出来なかった。
拳を腹にもろに食らった永遠は痛みで視界が滲み、転げまわる。
腹の中のものを吐き出しながら痛みで悶え苦しむ永遠を、ゴブリンは容赦なく蹴りで追撃してくる。
永遠の頭の中ではつい先日も感じた、死への恐れが訪れていた。
(ああ、こんなにも死が近くにある状況で、どうしてこの世界の奴らは楽しそうに生きていられるのだろう)
それが、朦朧とする頭で思い至った不快感の正体であった。
永遠にとって、この世界は死にあふれていた
この世界に降り立った日も、その次の日も、今日でさえ、永遠の隣には死があった。
永遠が心から笑えないそんな世界でどうして笑っていられるのだろうか、それが永遠の感じていた孤独の正体であった。
答えが分かり、3度目の死が近づくとき、またしても銀星が彼の前に現れる
「あぶなかった~。トワ君はいっつもピンチだね。」
その女はさっと一振りでゴブリンを下し、笑って永遠の方へ向き直る。
「も~女の子が呼んでくれなかったら危なかったよ」
その時のリーティアの笑顔は永遠では出来ない、心からの、まるで恐れのないような笑顔だった。
「どうしてなんだ・・・?どうしてお前らはそんななんも考えてないように笑えるんだ?こんなに毎日死にかけて、必死にならなきゃ生きてもいけないこんな世界で、なんでそんな風笑えるんだ?」
永遠の口から出たのは彼の本心であった。
リーティアがたった今ゴブリンの命に触れたにもかかわらず、どうしてそんな朗らかに笑えるのか。
町の住人たちは『死』がこんなにも近くにあるのに、どうして普通でいられるのか。
彼には分からなかった。
「……………………それはねトワ君、私たちは知ってるからなの。」
少しの沈黙を置いて発せられたその言葉の意味が永遠にはよくわからなかった。
何が言いたいのか分からず沈黙を貫いていたら、リーティアが言葉を続ける
「私たちはね、決して死ぬのが怖くないわけじゃないんだよ。だけど、『死』が近くにありすぎて覚悟が必要になっただけなんだ。町のみんなの中には親だったり友達だったりを亡くしてる人もいる。ハンターのみんなだったら、目の前で相棒だったり恋人だったりを亡くしてる人もいるんだ。」
「だからね、トワ君だけじゃないんだよ。死ぬのが怖いのは。違うのは『いつ死んでもいい』と思ってるかどうかなんだ。」
「私たちはいつ死んでもいいって思ってるんだ。だから全力で今を楽しんでるんだ。」
そう言うリーティアの目には何が映っていたのか。
まるで自分もそのような経験があるかのように、『死』を仕方のないもの、どうにもできないものだと物語るような眼をしていた彼女は、永遠にはとても脆いように見えた。
「トワ君はそのままでいいんだよ。私が絶対に死なせないからさ」
座り込んでいる永遠に手を差し出しながらリーティアは言い放つ
彼女がすでに失くしてしまった価値観をもつ、この世界の異物である唯一の存在を守るかのように差し出された手を見て永遠は━━━━
「━━━━昨日死にかけたばっかの奴にそういわれても信用できないな」
━━━━トワは手をつかむことなく自分の手で立ち上がる。
それが自分の決意を表すかのように。
「『いつ死んでもいい』?ふざけるな。そんなこといいはずがないだろ。」
思い出すのは死ぬときの恐怖、痛み、そして絶望。
体験したそれらがいつ襲ってきてもいいなんて、彼には到底許容できなかった。
しかしこの世界にそれが異常だと分かるのは彼しかいなかった。
だから、彼が、ホシミ・トワ自身がやるしかないと、そう決めた。
「こんな死ぬのを受け入れて未来を見れない世界なんて、僕がぶっ壊してやる。全員が平和であることが普通だと思うようにしてやるよ」
未来の視れない彼は、未来を見ようとしない世界を受け入れない。
彼はもう孤独を感じることはない。
それは、彼がこの世界の全員を自分の側に引き入れることを決めたから。
「それって・・・、目に入る人みんなを助けるっていうの?そんなの・・・そんなの無理・・・だよ。どんなにすごい人でも、ここじゃ自分の命を守ることで精いっぱいなんだよ。それにトワ君には・・・力がないじゃん」
「目に入る人全員じゃない。目に入らないやつも全員助けるって言ってんだ。それに、僕が『火球』を使えたことを忘れたのか?僕は超能力者でなんでもできるんだ。この世界を救うことなんてわけないよ」
その言葉には、虚勢も入っていたと思う。
あまりにもバカげていて、あまりにも現実離れしていて、自分の力の限界などないと妄信する哀れな哀れな少年の言葉。
妄想だと切り捨てるのは簡単だ。
不可能だと無視をするのは気持ちがいい。
しかし、その言葉はリーティアの思ってもいなかった言葉で、彼女はその言葉にこの世界の希望と、責任がはっきりと見えた。
「………フフ、アッハッハ。それマジ?トワ君。見えてない人もみんな助けるって本気で言ってんの?」
「もちろん本気だ。本気と書いてマジと読むぐらいにはな」
「ハハ、マジと読むんか~」
ひとしきり笑った後に、リーティアは笑顔を向けて彼に向き直る。
「決めたよ、トワ君。私もそれに付き合わせてよ。私もこのゴミ箱みたいな世界を少しでも良くしてみたいんだ」
「当然だ。そもそもリーティアは付き合うことが前提で話していたんだがな。何をいまさらって感じだよ。」
「ゴブリンすらも倒せないくせによく言うじゃん。」
「うっせえ。夢はでかい方がいいだろ」
かくしてここに後の伝説となるパーティが誕生した。
1人はただの冒険者、もう1人は魔法すらろくに使えない弱者。
そんな彼らに唯一他と違うことがあるとすれば、その信念の強さだったと当時の人々は言うだろう。
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