第6話 依頼の終わり

 僕はなんでここにいるんだ?

 逃げればよかったはずなのに、僕の心が、魂が僕に戻れと叫んできた。

 あの痛みを、怖さを知っているはずなのにそれを無視することなど出来なかった。


 「トワ君!どうして逃げなかったの!私のことはいいから君だけでも逃げてよ!君が来てもこいつらには勝てないんだからっ。君だけでも………逃げてよ……」

 「うるさい!あんだけビビった顔しておいてそんな言葉言ってんじゃねえよ。そういうのは死ぬのをなんとも思わねえ奴が言うもんなんだよ!そもそも何がCランクの依頼だよ、明らかにやばそうなブタがいるじゃねえか!」

 「~~~仕方ないじゃん、わかんなかったんだから!それにトワ君がいなかったらこの依頼を受けてなかったんだから、ちょっとは責任感じてほしいよね」

 「さっきまで自己犠牲満々だった奴が言うセリフじゃないよなあ?やっぱりお前はそういうの向いてないんだわ、僕と一緒で」

 

 その後も、『バカ』や『偽善者』など、この場が死地であることを忘れているかのように言い合いを続ける2人は、どこか滑稽で、多くの者はそれを生を諦めたかのように映るだろう。

 しかし実際は違う

 言葉をかけあうごとに2人の目には生気が宿っていき、口角が上がっている


 「ここで死ぬ気は毛頭ない」というかのように、2人の気持ちは高揚していた


 「なんなんだ、キサマは。見たとコろ肉体には余分なニクが多く、まとモに戦えルのカも疑問だ。それとも、矮小な力しか持たぬザコのくせニ、至高の戦闘に水を差そうとしているのか?」


 あと少しで強力な相手を打倒できていた豚帝王は、急に出て来ては自分の勝利の邪魔をしてきたトワに不満なようだ


 「ブタの親玉さんには悪いけど、あんたの言う通り今の僕は何の力もないよ。ここには僕のエゴで立たせてもらってるよ。それとオークってイノシシだよな?なんで豚帝王なんだ?」

 「さあ?最初に名付けた人がそう決めたんじゃない?見るからに豚だしさ」


 死の淵に近づいているという事実に気分が高揚し口調が変わっていることに彼は気づかない。体験したことのない圧のなかでは自分を保つことも容易ではないのだ。

 そのトワの応答に起源を悪くした豚帝王は眉間にしわをよせ、ロングソードを握る手には力が入る。


 「それじゃあ、リーティア。一緒にあいつらを倒してさっさと魔法の勉強をやろうぜ」

 「ちょっ、倒すって………。トワ君まともに戦えないんじゃないの?」

 「こんなにカッコつけて僕だけ応援してるわけにもいかないでしょ。それにリーティアだけじゃ勝てそうにないし」

 「いや、ぜんぜん余裕だけどね?なんなら片手だけで勝てちゃうけどね?」


 そんな負けず嫌いで意地っ張りな会話は豚帝王をいらだたせ、我慢の限界を迎えた豚帝王は目の前の貧弱な種を殺さんと襲い掛かっていく

 その様子を2人は不思議と慌てることなく捉え、小さくコミュニケーションをとる。


 「僕が時間を稼ぐから、周りの奴をよろしく」

 「いいけど………大丈夫なの?」

 「3分がギリかな?」

 「十分だよ」


 かくして、この場における最後の死合いがはじまる



 「殺スぞ、ニンゲン!」

 「痛いのも勘弁してほしいんだけど、無理そうだ」


 驚異的な速度で迫るオークロードからの攻撃を、トワは驚くべきことに避けることに成功していた。まともに食らえば、痛みだけではおさまらない攻撃も紙一重ではあるが回避していたのだ。


 「トワ君なんで避けれてるの!?超能力をフルで使えるようになったの!?覚醒フェーズきちゃ?」

 「残念ながら外に向かって使うのはまだ無理。ムリ男」


 オークロードの攻撃をかわしながらリーティアの疑問に応える。

 それを自分に対して舐めていると解釈した豚帝オークロードは攻撃の手を早めるが、それでもトワにはそれは当たらない。


 「だけどっととと、危ねぇ。体の外は無理でも、体の中で使うのは出来るんだよね。ていうかさっき気づいた」


 トワの言った言葉は真実であり、身体を構成する筋肉をサイコキネシで無理やり強化することで、人間離れした身体能力を引き出しているのだ。

 さきほどの、リーティアをオークから守るために突き飛ばしたのもこの力を使ったのは言うまでもない。力のない男子高校生が体重100キロ以上ある魔物を突き飛ばせるはずがない。

 

 (まあ、こんな使い方したことなくて集中力えぐいし、無理やり強化しているわけだから身体中バッキバキでめちゃ痛いんだけどね。)


 地球にいたころではこのようなことをする必要がなく、慣れていない操作だけに現状ではこの強化は長く続かないのはトワ自身も分かっていたのだろう。加えて現状の強化率では、いくら筋力が増しても無手では豚帝王にダメージを与えることは出来ない。

 それゆえの3分間の時間稼ぎ宣言だったのだ。


 「だから、頼むぞリーティア!!」

 「よくわからんけど頼まれたぁ!!」


 トワの声にこたえるようにリーティアの速度が増し、多くの敵を殲滅していく。

剣で、魔法で、ある時は素手で。

 戦闘が開始して2分ですでに10体は倒していた。普通に生息するオークと違って、ロードの側近だからか膂力も技術も兼ね備えた強力な種であったが、リーティアの前では無力であった。

 戦闘が始まり3分が過ぎる頃にはリーティアによって、豚帝王以外のオークは殲滅され彼女の後ろにはオークの死体の山が築かれていた。

 

 「トワ君交代!あとは私に任せて!」


 もうオークがいないと分かるとすぐにオークロードとの交戦に移る。

 トワは額には汗がにじんでおり、彼の美しい黒い髪は赤い液体で淀んでいた。

 当に限界を迎えていたトワは、それでも約束を守り、なんとか遥か格上のオークロード相手に時間稼ぎをやってのせたのだ。


 「やっとか、遅いぞリーティア。はやくやっつけてくれ」

 「まかせてよ。トワ君がかっこいいとこ見せてくれたんだから、私も限界ぐらい超えないとね」


 トワはそういうと崩れるようにその場を引いていく。

 それをみたリーティアは感謝のまなざしを少年に飛ばし、ナイフを片手に帝王に向き合う。

 闘志をいくら燃やしても、両者の力量さ、失った体力、魔力は変わらない。最初の邂逅時よりも不利になっているのは、彼女自身も分かっている。

 しかし━━━


 「もう終わらせよう。孤独の王様」

 「孤独になった覚えはないな」


 むしろ最初の邂逅よりも自信をもってナイフを向ける。

 少女の身には不釣り合いなほどの勇気と、覚悟を持って。




 リーティアの戦いが始まり、僕は疲弊した体を休ませるのに尽力していた。

 といっても木に寄りかかっているだけなのだが。

 リーティアは、僕が超能力で強化したときよりも速い動きでオークロードに切りかかり、多数の傷をつけていた。

 正直彼女たちの戦闘は何が起きているのかよく分からない。

 漫画とかでよくある、「速すぎて目で追えない」とかではないのだが、防御をしたかと思ったら攻撃をしているし、一回の攻撃で何か所も傷をつけていたりと、本当になにが起きているのか説明できないのだ。

 「ヤムチャ視点」ってヤツだな。


 まあ、さすがのリーティアも度重なる戦闘で体力の限界が近いのか額には汗が滴っていて顔色も悪くなっている

 まあ、僕も無理やり動かした代償に今は全く体が動かないからやれることはないんだよな。

 ただ、さっきよりも動きが良くなっているリーティアにオークロードは混乱しているのか、防戦一方となっている。これなら片が付くのも長くないかもしれないな

 まあ、僕にやれることがあるわけでもないし周辺の警戒でもしてようかな。


 「━━━━!!」

 「もらったあああぁぁぁぁああああ!!!!」


 っと、どうやら決着がつきそうだな。

 オークロードも僕に大振りを繰り返して疲れてたのかもな。

 というかこの状態でどうやって帰ろうか。リーティアにおぶってもらうのは少し恥ずかしいかな。

 そんなことを考えてるとリーティアのナイフがオークロードの首を掻っ切ろうとしていた。


 その瞬間、オークロードが笑ったのが見えた


 彼女の死角から出てきたオークが拳を振り落としていたのだ


 「━━━━!?リーティア!!」


 呼びかけたときにはもう遅い

 その時には、彼女の頭上その頭部より2周り以上も大きい拳が数センチ先にあった


 死ぬ。

 リーティアが死ぬ。

 僕を守って。

 僕の代わりに戦って━━━━


 そんなの━━━━いやだ━━━━!!


 「うおおおおおおおお!!!!」


 僕は右手を前に出し全力でサイコキネシスを発動する。

 すぐに掻き消えるそれは、1つの事象を目的として発動していた。

 それは━━━━


 「火球フラン!!!」


 絶叫とともに手の数センチ先の魔素が不可思議な模様を刻みながら動いていく。

 出来上がっていくのは昨日の僕の命を助けた魔法を構成する魔法陣。

 その先から発射されたのは拳大の大きさを持つ炎の球体。

 勢いよく発射されたそれは、まっすぐと進んでいきオークの体を焼き尽くし、燃焼させる


 行使されるはずのなかったその魔法にオークロードは驚き、命を失っていたはずのリーティアは意を介さない。

 背後で燃え上がるオークに一瞥もくれずに渾身の一撃をもってオークロードに迫る


 しかし簡単には殺されはしないというように、オークロードが大きな右手を勢いよくリーティアに放つ。

 彼女は後ろには下がらない。

 迫る右手が頬をかすめるがその眼はまっすぐと敵を見つめている。

 ナイフを握る手を勢いに任せてオークロード向かって振り抜く━━━━


 「これで終わりだああぁぁあああ!!!」


 彼女はナイフでは戦闘に幕を下ろすことは出来ないと判断し、空いている左手に火を纏わせる。

 そして、すぐさまその火球を眼前の敵に浴びせに罹る


 「ガアアアアア!!!」


 死に瀕したオークロードが初めて野性味あふれる声を上げて生にしがみつこうとするもそれはリーティアが許さない

 彼女自身が炎で身を焼かれながらも、身体深くに刺したナイフを離すことは決してしない。

 これが最後のチャンスと知っているから。


 一体、何秒間叫んでいただろうか。

 気づいた時には、その巨体は動きを止め、息を引き取っていた。

 その死体には身体中にいくつもの傷、顔面には大きな火傷の後を残していた


 決して弱い相手ではなく、決して一人では相手をしてはいけない敵だった。

 しかし、彼の、彼女の限界を超えた、予想を超克した活躍は敵の思考を凌駕し、それが勝利へとつながったのだ。


 命の灯が消えたのをその手で確認したリーティアはその場で少しの間、肩で息をしながら佇んでいたが、はっと顔を上げ一言。


 「トワ君!!助けてくれてありがとう!魔法使えたじゃん!どうやったの?」

 「いや、僕も何が何だか・・・。がむしゃらにやっただけで、また使えるかも分からない。あまりあてにしないでくれよ」

 「いいんだよ、細かいことは。私もトワ君も生きて帰れるんだから」


 リーティアがトワの手を引いて起き上がらせると、二人は肩を抱いて歩いていく。

 

 「よし、帰ろう」


 こうして、トワとリーティアの初めての依頼は終わりを告げた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 「おいおいリー嬢、なんだよこりゃあ。オークロードの牙を持ってきたってことは倒しちまったのか?」

 「その通りだよ、ジギラス。ま、私たちにかかれば?こんな奴?倒すのなんて簡単なんだよね~」

 「ばっか野郎!!お前ごときが倒せる奴じゃねえんだよ、普通は。あいつは戦略的で相手の力量を正確に判断するのに長けた魔物だからな。『隙を見せたら注意しろ』って教えられるくらいなんだよ。強いハンターとは戦わず、勝てるハンターばかりを狙うことから遭ったら死ぬって呼ばれてるんだ。無茶しやがってよお。それに『豚帝王』っていう帝王種には・・・・」


 その後もジギラスの説教は長く続いたが、2人は耳を貸すことはなかった


(早く帰ってゆっくりしたいな)

 (そうだね) 


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