第5話 始まりを刻む①

 何が起きているんだ。

 リーティアがオークを4体倒した時にはその強さに驚き「あんまりイジるのはやめておこう」と思っていたら、いきなりオークの上位互換みたいなやつが出てきた。なんだ?オークロードって言ったか?

 それにセットの商品みたいな感じでお供連れてるし。なんだそれ。モ〇ハンとかドラ〇エじゃねえんだぞ。なんかリーティアもやり合う気満々だし、勝てるわけないだろ。言葉話せる奴はつおいって相場で決まってんだよ。



 いや、リーティアがやり合っている間に逃げればいんじゃね?



 そうだよ。あいつもかなり強かったしもしかしたら足手まといの僕がいなくなった方が全力を出せるんじゃないか?

 確かに僕に力を貸してくれる奴がいなくなるのは痛いが、生きていれば何とかなるよな。

 そう考えればリーティアも僕に逃げろって言ってる気がしてきた。

 そうだよ、簡単なことじゃないか。

 やろうと思えば足が勝手に動き出していた。

 道は覚えてる。リーティアに言われたからな。


 ――――そっちの兄ちゃんもあんまそいつに悪さしないでくれよな――――


 ジギラスの言葉が頭に響く

 うるさい!!

 自分の命が一番大切で何が悪いんだ。

 傷がつくのは痛いんだ。

 死が近づいてくるのは怖いんだぞ。

 今もライガーファングが僕に噛みついてきたのが恐怖と共に蘇ってくる。

 だから僕は、自分のために、自分の安全を第一に生きるんだ。


 ――――トワ君のことは私が守ってあげるから――――

 

 昨夜のリーティアの言葉が頭の中に木霊する。

 会って一日、いや半日の僕に対して不自然なくらいに優しく接してくれたリーティア。

 彼女の顔が、声が僕の中で何度も何度も思い出される。

 いやだ、僕は死にたくないんだ。

 癒えきっていない左腕の傷が僕に痛みを思い出させる。

 そうだ。

 リーティアなんて、無視してしまえば……………………。





 戦いが始まってすぐにオークが2体倒れた。リーティアのナイフによる早業である。

 これにより相手との距離が少しばかり離れたため、最初に使用していた短刀を回収しすぐさま構える。

 彼女の目的は、トワの逃げる時間を稼ぐこと。

 豚帝王は沈黙を決め込み、まるで実力のすべてを見極めてから相手することを目標としているようだ


 (なんて臆病なんだろうね。こんな奴に負けたくないなー)


 そう考えている間にオークが数体一斉に向かってくる。

 リーティアの獲物は多対一に向いていないため、この時点でほとんどの者は死んでしまうだろう。

 しかしリーティアの出来ることは短刀術だけではない


 「火球!!」


 向かってくるオークの内の1体を焼き殺し、それで空いた隙に入り込み残った3体を一刀の下に切り伏せる。


 「素晴らしいナ、小娘。よもやここまデやるとは思わなンだ」

 「そりゃどうも。魔物に褒められても全くうれしくないけどね。褒めるんならイケメンを連れて来てくれる?」


 軽口を飛ばすリーティアだが、内心はバクバクである。一発でもまともに食らえば戦闘不能のダメージを食らってしまうのだ。先ほどの攻防の時にかすった攻撃だけでも、きれいな頬から血が垂れ、透き通った銀髪を赤く染めている。


 「やっぱり、親玉を潰すのが手っ取り早いよね。相手してくれる?」


 この発言は、リーティアにとって半ば賭けであった。

 確実に倒せる相手ではなく、むしろ真っ向勝負で打倒する確率の方が高いであろう。

 しかし、手先のオークを差し向けられ続け体力、魔力ともに削られればその間で死んでしまうこともあるだろう。

 

 「それとも、小娘相手に負けることでも考えてんのかな?」


 少しでも自分が生きて帰れるように、トワが安全に逃げ出せるように、彼女は自分を卑下してでもこの誘いに乗せようとする。


 「イイだろう。我にすべてを見せてみロ」


 かくして、帝王と少女の戦いが始まった。

 帝王の獲物は刃こぼれのあるロングソード。ハンターから奪った物だろう。それを振り下ろし少女を細切れにしようとする。

 それを少女は短刀で受け流して攻勢に出ようとするが、想像していた以上の力で体勢を崩してしまう。幸い、そこに付け込まれるようなことはなかったが、両者の間には明らかな力の差を確認できた。


 「うおおおぉぁぁぁああああああああ!」


 しかし、少女も負けたままではいられない。

力を振り絞るように腹の底から声を出し、限界を超えた速度で切りかかる。


 「グヌゥ」


 (ここでコイツを倒す!少しの目線の変化も、予備動作も見逃さない。よく見てよく動け。ここでコイツを倒せばあとは烏合の衆。逃げることも倒すことも問題ないよね)


 彼女は豚帝王に向けて頭と体をフル回転して、眼前の脅威を打倒せんとしている。

 それ故、彼女は気づけなかったのだ。


 そう、この空間は2つの生物では出来ていない

 

 彼女が気づいた時には、後ろのオークの内の一体がこぶしを振り落としていた。

 意識外からの攻撃、避けれる道理などどこにもなかった。

 リーティアの脳裏には様々なことが渦巻いていた


 (あーやっちゃった。もう助からないなあと何秒だろうコンマ一秒ってとこかな知らんけどトワ君逃げ出せたかな。せめて一太刀は入れて逝きたかったなあ)



 (怖いな………死にたく……………ないな………)



 少女の小さな命の灯が消えんとしていた時、森の奥が騒いだ。



 「うおおおおおおおおお!!!!」

 「━━━━え?」



 その声の主は自身の身体でオークを突き飛ばし、死に瀕していた少女を助け出していた。

 そう、この場は彼女らだけで構成されているわけではない

 そこには1人の、臆病で、自分本位で、痛みに慣れていない、力を失った少年がいた。


 「トワ………君……?なんで………?」


 一度は逃げ出そうとした少年はしかし今、この場に立っていた

 その理由は罪の意識か、あるいは正義の心か、はたまた死への恐れを克服したのか。

 否

 彼は、ホシミ・トワは━━━


 「僕は自分の命も、お前の命も、どっちも守りたい。」


 彼はバカげた理想を語った。

 この世界で生きていた者たちが笑ってしまうような理想を。

 それが涙を流す少女の問いかけの答えかのように。

 避けようのない死を、当然となったこの世界の死を覆すことをここに誓って。


 ここにホシミ・トワの始まりを刻む。

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