第4話 最初のお仕事~簡単に決まってる~

 「ところでリーティアはどうして異世界転生なんてしたんだ?」


 とりあえずの今後の予定を決めた僕らはこの町でリーティアがとっている宿へ向けて足を運んでいた。その道中、異世界のセンパイであるリーティアに聞きたいことがあり、話のはずみでリーティアの経緯について疑問があったので聞いてみた。


 「私?私はね~下校中の横断歩道で暴走したトラックに轢かれて死んじゃったのよ。あの時はびっくりしたわ~。私もここまでか、って思ったもの」


 と、リーティアは面白そうに言い放った。「まさかこの私が異世界転生するとはね~。地球のオタク君たちが夢に見たことを私がやっちゃったってわけ」と自慢気に付け足してきた。

 そうか、こいつはしっかりとトラックに轢かれて転生したのか。主人公ルートだな。

 しかし中学生の時に死んで、今の年齢が見た目17、8だから、中身の年齢は30を超えてるのか。


 「ねえ、なんか失礼なこと考えてない?」

 「いいや、まったく」

 「そう?ならいいのよ」


 トワは簡単に騙せるリーティアをみて本当に中身が三十路か怪しく思っていた


 実際、トワは知りえぬことではあったが、リーティアの現在の年齢は、日本人と異世界人の違いもあり見た目よりもかなり若い14歳である。

 そのため、実年齢は14歳、精神年齢は22,3歳と少しずれている。

 なお、性知識は元の世界では深く知る前に、この世界では耳にすることがなかったからなのか、ほとんどない。


 「じゃあ、今日はいろいろなことがあって疲れたからもう寝るわ。明日からは一緒に仕事に行ってもらうから覚悟しておきなさいよ」

 「ああ、戦闘に関しては本当に俺は役立たずだからよろしく頼む」



 次の日に僕たちはギルドに来ていた。

 周りを見ると筋骨隆々の大男や、短い棒のような杖を持った者がひしめき合っている。そのほとんどがジョッキを片手に楽しそうに騒いでいる。僕たちがギルドのドアを開くと、チリンチリンと軽やかにベルが鳴り、ハンターたちが一斉に顔を向けて値踏みするような視線を送ってくる。その中の一つがリーティアに向けて声をかけてきた


 「おっ、リー嬢、男を連れてどうしたんだ?男を落とすには早すぎなんじゃねえの?」


 声をかけてきた男は齢30程の━━ギルドの男たちの中では年の取った方━━身体にはいたるところに痛々しい傷が見え隠れしている


 「そんなわけないでしょ。トワ君は私が面倒を見てあげてる居候なの!」

 「どんな言い訳だよ。まあ、そっちの兄ちゃんもあんまそいつに悪さしないでくれよな」


 男はそう言って少し脅すような視線を僕に向けてくる。

  

 「もちろんだ。こんなガキに欲情なんてするわけないだろ」

 「ハハハ、いうねえ」

 「ちょっと、私の扱い雑じゃない?もっと優しく丁寧に、草のように扱ってよね」

 「それを言うなら『花のように』だな。雑草みたいに扱ってほしいのか?」


 初対面のくせにやけに親しく接してきたその大男は、ジギラスと名乗った。ジギラスはこの町に長くいるAランクハンターで、リーティアとは最近の仕事で一緒に仕事をした仲だという。

 

 「んで、今日はどんな依頼をやるつもりなんだ?相も変わらず面白そうな依頼なんてねえぞ。俺が若ぇ頃は命を絞り切ってようやっと勝てるような仕事がわんさかあったが、平和になったもんだよ」


 ジョッキを呷りながら遠い過去を憂うような眼をしたジギラスがつぶやく。彼の言う若い頃は、せいぜい10年前だと思うがそんな短期間で依頼が変わることなどあるのだろうか。まあ、つい先日に僕は死にかけたのだから平和ではないと思うが。


 「最近になって依頼の内容が変わったってことなのか?僕としては十分危険だと思うのだが、一体どんな状況だったんだ?昔は」


 気になった僕はジギラスに、ここの数年前までの状況や何があったのかを聞いてみた。その何かが再発するようなら、今度は反対に危険に逆戻りすることもあるだろうからな。


 「はっはっはっ。今が危険ってのは面白い冗談だなぁ。数年前っていうか、もう何十年も前のことだから知らねえのも無理はないよな。まあ早い話、少し前まで魔王がもうちょっといてな。奴さんらの勢力争いに、人間が巻き込まれてたんだよ。その勢力争いで何人かの魔王が死んだり、討伐されたりして、今は平和になったってことだよ」


 ジギラスが言うには、その『魔王』という存在はとびぬけた実力を誇り、自身の欲望のままに力をふるう超越者であるという。

未だに討伐が確認されてない魔王は、『憤怒』『色欲』『暴食』『傲慢』であり、そのうちの『暴食』と『傲慢』は遠い地で争い合っているらしく、この近辺には『憤怒』が根を張っているらしい。『色欲』だけはいくつもの場所で発見されているため、現在どこにいるのか見当がつかないらしい。


 「まあ、魔王なんてかかわらないに越したことはねえよ。俺も一度『色欲』にあったことがあったが、ありゃ人間が勝てるようなもんじゃねえ。くるってやがったよ」


 そういってジョッキに注がれたエールを飲もうとしたが、空になったいたのか舌打ちをし、追加を要請している。まあ、僕も地球にいたころならともかく、今の状況じゃ出会ったら抗うことも出来ずに粉みじんだろうな。


 「トワくーーーん、依頼受けてきたから行くよーーーー。はやく準備してーーー」


 僕たちの会話を置いて受付に行っていたリーティアが依頼を申し込み終わり、入り口の前から声をかけてきた。その声に返事をして初めてのハンターとしての仕事に向かう。もちろん緊張はあるが、この世界で生きる上では必要事項であるし、リーティアもいる。やってみるしかなさそうだ。

 

 「じゃあ、僕たちはいくぞ。ジギラスもさぼってないで仕事に行けよ」

 「ぬかせ、ガキ。俺様はAランクだぞ。蓄えもそれなりにあんだよ」


 ジギラスと軽く言葉を交わしてギルドを出ていく。チリンチリンと音を鳴らしながら出ると、そこには準備を終えたリーティアが「遅―い!」と怒りながら待っていた。そんなリーティアの反応で、これから死地にむかうというプレッシャーが薄まっていくのを感じる。

 こうして僕たちは初めての二人での依頼に足を運んだのだった。



 「今日の依頼の内容は『魔豚猪オーク』の討伐ね。私は何回も倒したことがあるし、初めてトワ君を連れて来てるわけだから慎重に行こうと思うわ。何か質問ある?」

 「そのオークとかいうモンスターの特徴を教えてくれ。僕の知る限りでは豚のような形だったと思うんだが。」

 「それで間違いないわ。知能は人や動物を襲うってことぐらいを覚えてくれてればいいわ。まあ、任せてよ」


 最終確認をしつつ狩場に向かう。

 今日受けた依頼は『村に現れたオークの群れの殲滅』。難易度はCランクだそうだ。リーティアのランクがCだから、まあまあ安全に気を配っているのだろう。まあ、彼女は僕を守るということも含まれているから妥当なランクなのかもしれないが。

 ギルドから歩いて2・3時間ほどすれば目標のミスグレ村に着き、村民たちと軽く言葉を交わして依頼に向かう。村民の言うことにはオークたちは5体以上いるらしく、リーティアもこれには「思ったより多いわね」と漏らしていた。


 ちなみにオークの適正ランクは一体でDランクのハンター二人分らしく、この数は明らかにCランクの依頼とは言い難かった。


 「多分だけどミスグレ村の人たちが内容の報告を抑えたんでしょうね。下手に依頼のランクが上がると村の出す依頼金も増えるからね。だけど、そのしわ寄せが私たちによるのは嫌だよね~。結構よくあることなんだけど嫌なことには変わりないよね」


 リーティアが言うにはこの段階で依頼を取り消しても違約金等は発生しないらしいが、業界での信用を落としかねないため多くの者が少し無理してでも依頼を遂行するそうだ。そして、それが原因で重傷を負う者や殉職する者も少なくないらしい。

 ちなみに、今回のような村の存亡にかかわることは領主が依頼を出すことも多いらしいが、その場合はある程度の被害が出てからの対処になってしまうことが多く、今回は村が待ちきれなかったようだた。


 「あ、道覚えておいてね。私方向音痴だから。トワ君は道を覚える係だから!」

 

 村を出てしばらくたってから言い出すもんだから呆れてしまったが、戦闘に関してはお荷物なんだからそれぐらいは問題ないと快諾すると、そのついでとばかりに1つの提案をしてきた。


 「豚さんたちが見つかるまではトワ君に魔法の概念を教えていこうかな」


そういって始まったのはリーティア先生による『異世界魔法講座』だ。


 「魔法を使う上で重要になってくるのは2つ。1つは魔法を使う魔力。もう1つは魔法の基礎となる魔法陣。前も言ったと思うけど、この世界の全員は魔力を持って生まれてくるから、大事になってくるのは魔法陣を描けるかどうかなの。」


 「質問です、リーティア先生。僕は魔力を持っていないのにこの勉強をする意味はあるんですか」

 「いい質問ですよ、トワ君。魔力のないトワ君でも魔法を使える方法を思いついたのです。それは、空気中の魔素を利用するっていう方法!かなり技量のある上級者しか出来ない技なんだけど、これならトワ君でも魔法を使えるようになると思うの!」


 リーティアの提案してきた案は僕に魔法を使えるかもしれないという希望を与えたが、同時に疑問や高い壁を感じさせた。それは魔力のない僕でも魔素を動かすことが出来るのかどうかということと、難しいと言われるそれを僕が出来るかどうかということだ。


 「昨日聞いたけど、トワ君って超能力者だったんでしょ?だったら空気中にある魔素もサイコキネシスで動かせるんじゃないかな~って思ったんだ。どうかな?いけそう?」


 リーティアの言うことは確かに一見できそうだが、僕の力はこの世界に来てから使えたためしがないのだ。そう、サイコキネシスを発動しようとしてもこの通り少しも━


 「………少し使える?」


 そう、少し使えるようになっているのだ。いや、別に自由に使えるわけではないのだが、身体のごく近くでならば地球にいたころと遜色なく使用することが出来るのだ。そして、実際にサイコキネシスを発動してみようとすると地球にいたころには感じなかった抵抗を感じる。

これがこの世界特有の魔素なのだろうか。


 「どう?使ってみた感じ。その魔素、動かせそう?」


 そういわれても、この魔素とかいうのはかなり動かしずらいぞ。粒子の一つなのだからもっと簡単に動かせると思ったのだが、まるで鉄のコートを着ているかのように感じるぐらいサイコキネシスが使いずらい。


 「だけど、魔素を動かすのに慣れたらあとは魔法陣を描くだけだから頑張ろう!最初の内は簡単な火球から、━━━━━!!」


 瞬間、リーティアの目つきが険しくなり木陰に僕を引きずり込み、目線の先の何かから隠れるように身をかがめる。さすがに僕もこの状態が普通であるとは判断しない。

 

 つまり、命の危険があるということだ。


 「標的のオークを確認。数は4体。これからは真面目にいくよ。」


 リーティアの視線の先を確認すると二足歩行する豚が森の中を闊歩していた。顔はイノシシ特有の突き出た鼻があるものの、どこか人間に近いような印象を与える。動物と人間のハイブリッドと言えば聞こえはいいが、作り物染みている、もしくは突然変異の気持ちの悪さを否めない。

リーティアの行動は早く、すぐさま腰に掛けている短刀を逆手に持ち依頼の速やかな遂行を目指す。


 「私があいつらを30秒で倒すからトワ君はここで待ってて。他の魔物が近寄ってくるかもしれないから、周りの警戒は怠らないでね。」


 そう言い切るが早いか、リーティアは駆け出しオーク共に近づく。

 急激に訪れた敵性生物にオークらは混乱し、その混乱に乗じて少女は1体目の首を切り落とす。

仲間が死んだのを確認するとようやく、オークはその膂力にまかせて少女をつぶそうとこぶしを振り落とす。少女の身体では一撃が命取りの文字通り『必殺』。 

 しかし、そのこぶしは空を切り彼女にあたることはない。

 少女は軌道が見えているかのような身のこなしで攻撃を避け、手に持った短刀を腕、肩、首の順番で滑るように走らせ、2体目も切り伏せる。


 そのあまりの実力差に怖気づいたのか、残った3体目は少女から距離を取ろうと森の中に向かって走り出す。重たそうな見た目の割にはなかなかの速度を出していて、いくら力と技術を持つ少女でも追いついて倒すのにはいくらかの時間を要するだろう。


 しかも少女には守るべき者がいる。あわや討ち漏らしたかと思えたが、そこはこの世界を力で生きてきた者だ。短刀を逃げる魔物の足をめがけて投擲する。

 狙いは健だ。

 自由に動かなくなったところに彼女は一縷の慈悲もなく予備のナイフを振り落とし━━


 「ふー、とりあえず全員倒したかな?━━━━!!」


 一息入れたと思ったとき、殺気に気づいたリーティアが即座に振り返り、近づく危険に対処するようナイフで攻撃を受け流す。

 狂暴という言葉を体現したかのようなその拳を咄嗟に受け流せたのは奇跡に近いだろう。


 「その可能性もあったか。私も想像力が足りないな~」


 リーティアの目の前に立つ魔物は先ほどの木っ端とは大きく違っていた。オークとしては生えるはずのない大きな角を有し、その犬歯はオオカミのように成長している。その魔物の名は━━


 「豚帝王オークロード!!」

 「我の名を知っているカ、賢しい小娘ヨ。そノ年齢の割にハ卓越した力を持っていルではないカ」


 リーティアの確信に満ちた言葉に返答したのは豚王本人であった。この世界において人語を扱う魔物は多くなく、その事実は高名なハンターであっても油断できないことを示している。そして、そのような魔物のほとんどが帝王種と呼ばれる強化種である。


 帝王種はそれぞれの魔物における頂点のような存在である。高い知能を有し、自身と同族の魔物を使役することが可能である。その力は、魔物を生み出したとされる『始まりの人』の力の一端を有していると言われ、最下級と言われる『人鬼帝ゴブリンロード』でさえCランクの扱いを受けている。


 そして、目の前にいる豚帝王の等級はB+。いくらリーティアの実力がCを大きく上回るとはいえ、一人で相手するには手に余る魔物だろう。しかしそれでも、もしこの場が彼女と豚帝王のみで構成されていたら、彼女が限界を超えたら勝てるかもしれなかった。しかし、現実は甘くない。


 「お連れの皆さんは何体いるのかな?ずいぶんな大所帯だけど」

 「なに、ほんの10数体ヨ。どれも我の一振りで散る小物に過ギんがナ」


 そう、帝王種は同族を率いる。豚帝王とのタイマンでもリーティアにとっては厳しい戦いであるにも関わらず、その後ろには主を身を挺してでも守ろうとする者たちがいるのだ。

 誰の目から見ても、リーティア自身でも感じていた。


ここで死ぬ、と。


 死を覚悟するリーティアの心中は単純なものだった。自分の後方たった数メートル先にいるトワに逃げてほしい、それだけだった。彼女は、自分がなぜあの少年を助けようとするのかが分からなかった。自分も余裕がない状況であるのには変わりなく、リスクを抱えてまで助ける義理などないことなど分かっていた。


 しかし、彼女にとって彼は唯一の分かち合える存在だったのであろう。転生をし、すべてを失った少女に、夢のような前世を現実であったと肯定してくれる唯一の存在だったのだ。 

 それは地球出身ならだれでもよく、トワが選ばれたのも偶然だったのかもしれない。しかし偶然でも必然でも、リーティアにはトワしかいないのだ。


 「私はもう十分生きたよ」


 一度は失った命を、生活をもう一度謳歌できた。

 魔法のある世界で恵まれた力を有して生まれ落ちて、これまでの人生には全くの未練もない。あろうはずもない。


 リーティアは覚悟の決まった目で自分の背丈の2倍はある魔物を見つめる。

 この狡猾で臆病で、仲間を仲間とも思わない帝王はリーティアの戦いを先んじてみていたのだ。お供の内の4匹をおとりに奇襲をかけられないように、戦いを有利に進めるようにと。


 「もう逃げることもかなわないでしょうね。上等よ。あんたを倒せば、もっといい宿取れるでしょうね」

 「やってみるガよい、クソガキ」


 「私が一人でお前を倒す!!」


 火蓋は切られた。

 片方はこの世界で頂上の一端に座す魔物とその一派。

 もう片方は一介のCランクハンター。

 決着は早い。

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