第22話

 エレーナたちがせっせと花を咲かせる準備に当たっていたその裏で、レイブン第一王子はオレフィス第二王子のもとにもう一度説得に向かうべく、出発の準備を整えていた。


「ユーフェリス、これからオレフィスのもとに行ってくるよ。第一王宮を留守にするが、こちらの事は頼む」

「な、なによ急に!?オレフィス第二王子様のところへ行くの!?それなら私もいっしょに行きます!準備しますのでお待ちください!」

「い、いやしかし、別に君についてきてもらう必要は…」

「なんですか?わたしについていかれたら困ることでもお話になるのですか?……あぁありえない、いったいどんな告げ口をされるおつもりなのかしら…」

「そ、そんなことはないとも!…わ、わかったよ。一緒に行こう…」


 聡明なレイブンには、ユーフェリスの考えは薄々わかっていた。食事会の場で第一王子である自分への愛情が薄まってしまったために、少しでも今勢いのある第二王子の機嫌を取り、自分を売り込もうとしているのだろう…と。

 そしてそれと同時に、食事会の場で自らの立場の強さを見せつけたイーリス。彼女に対するけん制を行いたい意図もあるのかもしれない。

 どこまでもユーフェリスに振り回されるレイブンは、その心の中に愚痴を吐かずにはいられなかった。


「(はぁ…。いったいどうして僕がこんな目に…。こんなことになるのなら、やはり当初の予定通り私がエレーナとの婚約を多少強引にでも進めるべきであったか…)」


 ユーフェリスとの婚約を後悔している……とまでは考えなかったレイブンであったが、それに近しい感情がその心の中に湧き上がっている様子…。

 ユーフェリスの出発の準備が整えられるまでの間の時間、レイブンの脳裏には自分とユーフェリスの婚約の過程が思い起こされていた。


――――


 ユーフェリスはエルメラート侯爵家の令嬢で、そのかわいらしい容姿と立ち振る舞いは、関係者の間ではすでに話題になっていた。

 そして時を同じくして、すでにエレーナとの婚約を結んでいたオレフィスとレイブンが王宮にて会話を行っていた。


「兄様もそろそろ、妻をめとって身を固められるべきではありませんか?」

「もちろんそのつもりだったとも。しかし私が婚約相手に選ぼうとしていたエレーナは、君が強引に」

「あぁ、もうその話はいいじゃないですか~。兄さまもしつこいなぁ~」


 レイブンの言葉をオレフィスは軽口で受け流す。しかしどこか不機嫌な様子になるレイブンの雰囲気を悟ったのか、オレフィスはある提案を持ち掛けた。


「その代わりといってはなんですが…。ある貴族令嬢を、兄様の婚約者として推薦させていただきたく思います」

「推薦?誰だ?」

「今王宮中の男たちがメロメロになっている、ユーフェリス様ですとも!容姿は非常に美しく、言葉遣いもかわいらしい。その上貴族の生まれであるために、体に流れる血も気品あるものと来た!これ以上ないほど、兄さまにお似合いのお相手であるかと思いますが?」

「お似合い、ねぇ…」


 キラキラと目を輝かせ、そう言葉を発するオレフィス。しかしレイブンは内心、オレフィスに対しやや疑いの目を向けていた。そんなに素晴らしい女性であるなら、間違いなく欲深いオレフィスならば自分の婚約者としたはず。しかしそうしなかったばかりか、こうして自分に婚約を推薦してくるなど、不自然にしか感じられなかった。


「私だけでは決めかねる。父上にも相談してみなければ」

「どうぞどうぞ♪きっと良いお返事がいただけることとおもいますよ?♪」

「…」


 オレフィスの態度がどこか腑に落ちないレイブンだったものの、別に彼にうそを言っているような様子は感じられず、ユーフェリス令嬢に怪しげな様子も見られなかった。

 彼はどこか胸に引っかかる思いを感じながら、後日自身の父であるグラーク法皇のもとに相談に向かった。


「父上、どう思われますか?」

「別に構わないのではないか?私とてもう、いつまでも元気でいるというわけでもない。長男であるお前が妻をめとり、世継ぎとなる孫の顔を見せてくれるのなら、これに勝る喜びはないとも」

「そ、そういうものでございますか…」

「それに、私も遠目からユーフェリスの姿を見てみたのだが、あれは確かに男どもが夢中になるのも無理はないスタイルをしていたな…。容姿のレベルも高いし、不満など何もないのではないか?」

「わ、わかりました。父上が賛成して下さるともあれば、私も安心でございます」


 このようなきっかけから二人はその距離を縮めていき、最終的に婚約を果たすまでになった。

 …しかし、婚約関係が決まった途端、ユーフェリスの様子が別人のように豹変したことをレイブンは感じていた。それはまるで、第一王子の自分の妻となるまでは別人のような演技をしていて、今の彼女の姿こそが本当の姿なのではないかと思わせるほどに…。


――――


 このような思いを抱くことは、別に今だけではなく過去にも何度もあった。しかし今回がこれまでと違っていたのは、食事会の場でカタリナにかけられたあの言葉…。


「(…カタリナは私の事をあまり快く思っていなかった様子…。いやそれどころか、ユーフェリスを妻に持った僕の事を、嘲笑っていた様子さえ感じられた…)」


 …嫌な可能性がレイブンの脳裏に形成されていき、姿を形作っていく。もしかしたらすべて最初から、仕組まれていたのではないか、と…。


「(…ユーフェリスの本性を、同性であるカタリナは最初から見抜いていたんじゃないだろうか…?そしてそのことをオレフィスに打ち明け、僕の婚約相手として推薦するよう計画した…?今になって思い返せば、あの頃はやけにカタリナは父上にすり寄っていた気がする…。その時からもう計画は始まっていたのではないだろうか…?)」


 レイブンは推理を続ける。将来的に地雷女になるであろうユーフェリスを自分と結ばせることで、自分に対する嫌がらせをすることに加え、なにか夫婦間でトラブルを起こさせて自分の影響力を下げるのが狙いだったのではないだろうか…と。


「レイブン様、準備ができましたわ。さっさと出発しましょう」


 婚約以前とは正反対の彼女の口調。可愛らしかったかつての様子はまったくなくなってしまった姿を見て、レイブンはその心に何を思うのか…。

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