第13話

 普段はオレフィスに言葉を荒げることなど一切ないイーリス。しかし今日の彼女の様子は違っていた。


「オレフィス様!!カサル教皇は処分してくださると約束したではないですか!一体どういうことですか!?」


「し、仕方ないじゃないか…。妹のカタリナにあそこまで言われてしまっては、僕としても聞かないわけにはいかないんだ」


「…そうですか、やはりカタリナの意志だったのですね…」


 オレフィスの言葉を聞いて、イーリスはイライラを隠せない。というのも、いまから数時間前に彼女はカタリナと会話をしていたのだったが…。


――数時間前の事――


 屋敷の上階に設けられたテラスから、イーリスは王都全体を見渡していた。オレフィス第二王子の心をつかんだ今、時期にこの国は自分が支配することとなる。その第一段階として、カタリナが愛しエレーナの後ろ盾となるであろうカサル教皇の抹殺を行った。すべてが計画通りに進んでいる今、彼女は飛び上がりたいほどの興奮を感じていたことだろう。

 しかしそんな彼女の隣に、不意にカタリナが現れた。


「あらあらイーリスお姉様、こんなところでなにをされているのですか?」


「くすくす…。見たらわかるでしょう?上にたつにふさわしい人間が、上に立って下にいる人間を見ているの。あなたの事も良く見えるわよ?」


「それは素敵ですわね。けれど残念ながら、あなたが上にいるつもりの場所はすでに根元から崩れているようですよ?それに気づかれていないだなんて、本当はなにも見えていないのではないですか?」


「…へぇ、言ってくれるわね」


 二人は互いに笑みを浮かべているが、その雰囲気はバチバチと静かな火花を発していた。


「それじゃあはっきり教えてあげる。カタリナ、オレフィス様はもう私の味方になっているの。なんでもいう事を聞いてくれる優しい兄は、もういないのよ?その証拠に、あなたがお気に入りのカサル教皇様、私の一存で抹殺していただけたもの♪」


 これを聞いたカタリナがどれほど絶望的な表情を見せてくれるのか、イーリスはそれを期待していた。…しかし、カタリナが返した言葉は彼女の期待したものではなく…。


「くすくす…。それこそ笑ってしまいますね。お姉様こそご存じないのですか?カサル教皇様は聡明なお兄様の一存で疑いを晴らされて、もうすでに教会へと戻られているのですよ??」


「は、はぁ!?そんなはずないじゃない!!」


「まぁまぁ、本当にご存じなかったのですね♪ご自分の目で確かめられてはいかがですか??」


「で、でたらめを言っても無意味よ??だってオレフィス様は確かに約束を…」


「上からすべてが見えるなんて言っていたのに、本当は何も見えていないじゃない♪やっぱりあなたは上に立つより、下で伏せているほうがお似合いなんじゃないかしら?♪」


「っ!?」


 そう挑発されたイーリスは、すぐにカサルの状況を調べ上げた。そしてカタリナの言った事の全てが真実だったと知り、言いようのない怒りを抱えながらオレフィスのもとに乗り込んだのだった…。


――そして現在に至り…――


「…オレフィス様、本当は私の事を愛されていないのですか…?」


 彼女は得意の仕掛けをオレフィスに披露する。


「そ、そんなはずがないだろう!?僕は君を婚約者に選んだんだ!それは他でもない、君の事を誰よりも愛しているからこそだ!信じてほしい!」


「ですが……このような事をされてしまったら、オレフィス様の事を疑ってしまいます……。私はこんなにもオレフィス様の事を愛しているというのに、気持ちを裏切られているのではないかと……」


 今にも泣きだしそうなか弱い雰囲気を醸し出すイーリス。そんな姿を見せられたオレフィスは、すぎさま彼女の体を抱き寄せ言葉を返す。


「信じてほしい。僕にとって一番大切なのは、君であるという事を…」


 抱き寄せられる形となったイーリスは、その心の中にこう思った。


「(……まぁ、言質をとれただけ今はよしとしようかしら…。カタリナ、このままあなたの思い通りにはさせないから…)」


 イーリスはオレフィスの背中に腕を回し、強く強く抱きしめ返すことで、彼の言葉に返事をしたのだった。

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