第5話
自分の父であるグラーク法皇は、きっともう長くはない。認めたくなどないものの、レイブンの頭の中ではすでにその予感が現実になりつつあった。彼の予感はよく当たる。それは彼が聡明であるがゆえ…。
レイブンはグラークの元を急ぎ訪れ、事の経緯を確認し始めた。
「父上、まさかこんなことになってしまうとは…」
「あぁ…。あいつにも……困ったものだと……」
グラークの口調は限りなく弱弱しいものの、意識は強く感じられた。
「エレーナは女神の生まれ変わり…。このまま追放してしまうわけにはいきません…」
「……我が母であるソフィアは、【久遠の女神】の生まれ変わりであった………それゆえ、かつて戦争に明け暮れていたこの王国は、平穏で満たされた時間を手に入れることができた………」
「はい、その通りと存じております」
「……そして我が最愛の妻、クレア…。彼女は【豊穣の女神】の生まれ変わりで、この国にはいろいろな作物が実り、食うに困る人間は一人もいなくなった……」
「おっしゃる通りです、父上…」
「……そして、エレーナ………彼女も、また……」
王族の人間たちあ、代々女神の力を宿す女性との婚約を果たし、その力を享受してきた。そしてそれぞれは政略結婚ではなく、確かな愛情がお互いに存在した結果の事。それゆえに女神の力はその真価を発揮し続けてきた。
「エレーナに宿る女神の力はなんなのか、いまだにわかりませんが…。それでも見過ごしていいはずがないのです」
「……オレフィスは……自意識過剰になっておる……今まで我々が生きながらえたのは、他でもない女神の力のおかげだ……その恩を忘れ、自分の力だけでやっていけるなどと、息巻いておる……」
「ええ……なんとか事態を丸く収めて、婚約関係を成立させなければいけません……」
レイブンはすでに妻を持っているため、エレーナとの関係を築くわけにはいかない。しかしこのままエレーナを追放してしまった場合、王族はついに女神の力を自ら手放した形となる。その血からの存在はすでに貴族たちにも知られていることであるため、そんな愚かな事をしたという事が広まってしまったら、それこそこの国の破滅につながりかねない…。
「……もしも母上が生きておられたら…」
「…」
小さな声でレイブンはそうつぶやいた。彼の母であるクレアは一年ほど前に病気で他界しており、すでに二人の元にはいなかった。今日と言う日ほど、彼女が生きていればと思わずにはいられない日もなかったことだろう。おなじ女神の生まれ変わり同士なら、なにか違ったアプローチの方法があったかもしれないのだから。
「父上、私はなんとかエレーナを王宮に呼び戻すべく最善を尽くします。オレフィスの事については……後々…」
「あぁ……分かった……」
自分たちがこうして緊張感を持っている間も、オレフィスは好き勝手やっているのだろう。そこにいくばくかの怒りを感じながらも、二人はエレーナを第一に考えるほかなかった。
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