第九章 ガールズサイド

第1話序章が終わったところ

不破雪菜は長い休暇を利用して恋人である歌月のために結婚相談所的なマッチングアプリを開発していた。

自宅に多田家の使用人を呼んで少数精鋭で作業に勤しんでいた。

β版のアプリが開発されたのは三ヶ月が経過した辺りだった。

そこからお試し版のアプリとして複数の男女を招待していた。

アプリ開発から半年も経過した辺りで神戸歌月はアプリのオーナーとして仕事を始めたのであった。



不破雪菜と神戸歌月の話は一旦ここで中断しよう。

また別の登場人物の話を久しぶりにしたいと思う。

とは言え少しだけ二人に関係のある人物。

紅くるみの話をしようと思う。



神戸歌月がピンクピクシーを辞めて半年が経過していた。

理由を詳しく知りたかったのだが…

どうやら恋人が出来たのでこの世界から足を洗うということだった。

それに下からの突き上げが凄いようで店は部下に任せたようだ。

そんなわけで私は少しだけ怯えた日々を過ごしていた。

今までは神戸歌月のお陰で私はメンタルトレーナーとして雇ってもらっていた。

しかしながら彼の恩恵が無くなった私を残された社員が丁寧に扱うかは未だにわからない。

私は再び元の生活に戻ってしまうのだろうか。

そんな心配が顔を出していた時…。


「くるみ。もう解放されても良いんじゃないか?」


神戸歌月の部下であった男はある日、私を社長室に呼び出して本題を口にする。


「え…っと…?」


「もうここで働かなくてもいいだろ。

それにもうあの報道を覚えている人も少ないはずだ。

自由に生きろ」



その甘い言葉に一も二もなく頷きたい気分だった。

しかしながら…それで良いのだろうか。

私に行く場所など何処にもない。

そんなネガティブな心も同時に顔を出していた。


「大丈夫だ。もう責める人も居ないだろ。

甘い考えかもしれないが…お前にはもう自由になってほしいんだ」


「どうして…」


「まぁ。今までの働きぶりなんかを見ていたからな。

無下に扱うのは流石に違うような気がしているんだ。

何年もここで働いてくれたんだ。

そろそろ自由になっても誰も責めないだろ?」


「でも私は…」


「過去に過ちを犯した人間はお前だけじゃない。

皆何かしら犯して大人になっていくんだ。

十分反省しただろ?

もう自分を責めるんじゃない」


「………」


そこで言葉に詰まった私に現在のピンクピクシーのオーナーになった男は笑顔を向けてくる。


「良いんでしょうか?」


「当然だ。好きに生きなさい」


「はい…今までお世話になりました」


「あぁ。元気でな」


そうして私は久しぶりに日の当たる場所へと顔を出すのであった。




ピンクピクシーの仕事を辞めて私は恩人の神戸歌月に連絡を入れていた。


「お世話になったピンクピクシーを退社致しました。

これから新たな仕事を探すつもりです。

今まで本当にお世話になりました」


スマホでチャットを送ると彼はすぐに既読を付ける。


「次の職場は決まったか?」


「いえ。まだです」


「暇か?」


「今ですか?暇ですよ」


「よし。話したいことがある。時間をくれるか?」


「もちろんです」


私と神戸歌月は久しぶりに再会するのであった。



カフェで待ち合わせの約束を取り付けた私と神戸歌月だった。

彼は隣に恋人らしき女性を連れてやってくる。

私は席を立つと挨拶を交わして再び着席する。


「不破雪菜と言います。多田家お抱えの何でも屋です」


相手の女性は先んじて挨拶を交わしてきて私に握手を求めた。


「紅くるみです…」


私の自己紹介に彼女は薄く微笑むと頷いて応えた。


「知っていますよ」


意味深な言葉に神戸歌月の方へと視線を向けると彼は苦笑する。


「いつだったか話した…あの多田だ」


「そうですか…もしかして亮平の関係者ですか?」


「はい。本日私が赴くことになったのも亮平様関係です」


「え…?」


私は意味がわからずに困ったような表情を浮かべていた。

しかしながら相手は警戒するような表情で厳しい言葉を口にする。


「もう亮平様に想いは無いですよね?」


「………流石にないです」


「本当ですか?」


「えっと…これは何の尋問ですか?」


私は神戸歌月の方へと視線を向けて少しだけ迷惑そうな表情を浮かべていたことだろう。


「あのな…これは面接みたいなものなんだ」


「面接?何のですか?」


「うん。勝手な事をしてしまって申し訳ない。

ただ…お前の行く先を考えた結果…

また俺の仕事を手伝って欲しいと思ったんだ」


「えっと…神戸さんの仕事って?」


「あぁ。堅気の仕事なんだが…結婚相談所的なマッチングアプリの運用だ」


「へぇ。私に何をさせたいんですか?」


「あぁ。前職の経験を活かして欲しい」


「どの様にしてですか?」


「喧嘩などのトラブルが発生した場合に解決できる人材が欲しかったんだ」


「それは…神戸さん一人で足りるんじゃないですか?」


「男性の場合はな…ただ異性の時は難しい」


「女性は私に任せると?」


「あぁ。そう思ってな」


そこで私達は言葉に詰まって沈黙の時間が流れていた。

その沈黙を破ったのは不破雪菜だった。


「歌月くんが貴女を雇う上で亮平様や多田家に害がないか。

今一度確認しに来たわけです」


「そんな…私はもう間違いを犯しません」


「口だけじゃないですね?」


「もちろんです」


「破った時は…ご理解して頂けますね?」


「はい。どんな報いでも…」


「わかりました。では私からは何もありません。

多田家への報告も私に任せてください。

必ず頷かせてみせます。

では私はこれで失礼します」


不破雪菜は神戸歌月に話しの権利を渡すと席を立った。


「俺の庇護下に居たほうがトラブルがあっても…

すぐに解決できると思ってな…

余計な親心だが…許してくれ」


「いえ…実を言えば私も普通に働ける自信が無かったので…助かります」


「そうか…それならば良かった。だが先程の忠告を忘れるなよ?

絶対に多田家には逆らうんじゃない。

余計な波風を少しでも立てるんじゃないぞ?」


「大丈夫です。別れて十年ほど経過するんですよ。

もう未練なんて無いです。

彼がどんな男性だったか…

そんなことも忘れてしまいました。

私も先に進むときなのです。

もう接触もしませんし関わりませんよ」


「そうか。じゃあ今日が旅立ちの日だな」


「そうだと…嬉しいです」


私は新たな職につくことが出来て…

私の物語は今、再び始まったのであった。



不破雪菜は多田家に話をつけに行く。

多田家からはいくつかの条件を出されたのだが…

彼女はそれを何でもないようにして了承した。

こうして紅くるみは神戸歌月と再び仕事を共にすることが決まったのであった。



紅くるみの運命の相手が現れるのはもう少しだけ先である。

しかしながら確実に運命の相手と思える男性が紅くるみを待っている。

彼と彼女の話はまだ少しだけ先の話なのであった。


断じて言うが…

それは亮平のことではない。


紅くるみの物語はまだ始まったばかり…

序章が終わったところと言っても過言はないのであった。

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