第20話新たな恋愛模様

個展は大成功で幕を閉じたと簡単な言葉で片付けてしまうことを申し訳なく思う。

しかしながら本当に大盛況で目まぐるしく時間が過ぎていく日々だったためあまり記憶に残っていないのだ。

ただ一つだけしっかりと覚えていることがある。

それは海外からやってきたプロデューサーのJが慶秋を気に入ったことだった。


「次は私のプロデュースで海外に個展を開かないか?」


素晴らしい提案を受けた慶秋は一も二もなく了承の返事をしていた。

遅れてスポンサーに報告をして少しのお叱りを受けていたが…

その後は概ね祝福されたようだった。


「僕もついに海外デビューだよ…!」


慶秋はあまりの出来事に現実か夢か理解できていないようで何度も僕に頬をつねるように要求してきた。


「大丈夫。夢じゃない」


「それでも…!頼む!痛みを感じないと現実だと思えない」


「馬鹿だな…」


そんな言葉を口にしながら…

しかし僕は慶秋の要求に応えるように頬をつねってやるのであった。



静が産まれて結構な時が流れている。

幼稚園に通うようになっていたし、もう少しで卒業も見えてきている。

静も光も真も既に赤子ではなくなっている。

既に不破雪菜の手を借りなくても二人で育児ができる様になっていた。


「雪菜さん。そろそろ今回の任務も終了かと」


真名は雪菜に感謝の言葉を口にしつつ任務の終わりを告げようとしていた。


「そうですね。子供たちは本当に大きくなりましたね」


「雪菜さんの御蔭ですよ」


「私は…」


「本当に感謝しています」


「いえ…」


そこで言葉に詰まっていた二人だったが…

僕は彼女らの下へと向かうと何気なしに口を開く。


「不破さん。良ければ休暇を取ってください」


「休暇ですか?」


「はい。長い任務だったでしょう。ゆっくりと休んでください。

多田には僕らから伝えておきますので」


「ですが…」


「問題ないですよ。真名さんは次期当主です…」


「そうですね…では休暇を頂いてもよろしいですか?」


「今日からでもどうぞ」


「ありがとうございます。では本日より休暇に入らせて頂きます」


不破雪菜は僕らに深く頭を下げると荷物を持って家を出ていったのであった。





私は久しぶりに自由の身になっていた。

育児を手伝ったり家事を完璧にこなす日々も悪いものではなかった。

他にも任務を言い渡されていることは私と多田家当主しか知らない。

久しぶりに彼の下へと向かうと現状を把握しようと思ったのであった。



「珍しいな。雪菜が顔を出すなんて。何か用か?」


私は久しぶりにピンクピクシーを訪れている。

ソファに腰掛けて対面しているのはオーナーの神戸歌月だ。


「歌月くん。久しぶり。その後はどう?」


「くるみのことか?」


彼はすぐに私の訪問理由に気付いたようで話を先に進めていった。


「そうよ。亮平様や真名様に危害を加えようとしていない?」


「まさか。俺から釘を刺しておいた。忠告を破るような馬鹿ではない」


神戸歌月は私が多田家お抱えの人間だと理解していて苦笑するような表情を浮かべていた。

彼は紅くるみは既に無害だとしっかりと主張していた。


「そう。今は何をしているの?まだ客を取っているとか?」


「いいや。事務仕事やメンタルトレーナーとして仕事をしているよ」


「ピンクピクシーで?」


「もちろん。くるみはここ以外…何処にもいけないだろうからな」


「そう…ね…」


そこで言葉に詰まった私だった…

同じ女性として行き場がないというのは辛いことだと彼女の思いに共感してしまったのだ。


「それで?雪菜がここに来た理由は?

くるみの現在を確認しに来ただけとは思えないが…」


「うん…歌月くんは…恋愛している?」


何故この様な質問をしてしまったのか…

私自身も理解していなかった。

ただ毎日のように見せつけられていた夫婦仲に宛てられたのだろう。

私の心にも伴侶の大切さが理解できてしまったのだ。


「今か?まるでしていないな。もうそんな歳じゃない」


「そういう存在がいたらしたいって思う?」


私の挑戦的な笑みに神戸歌月は少しだけ複雑な表情を浮かべていたが…

しっかりと答えをくれる。


「どうだかな…俺は昔からずっと一途なんだ。一人の女性しか愛していない」


「でも恋人とかそういう関係の人はいたでしょ?」


「もちろん。寂しさを紛らわすためにな」


「利用していたってこと?」


「仕方ないだろ。相手だって理解していた」


「一人の女性って?誰のことを言っているの?」


「分かっているだろ…」


神戸歌月の想いを耳にして…

私は信じられない思いに駆られていた。

社会に出てもう何年も経過している。

それでも彼は…今でも…。


「嘘でしょ?」


「嘘じゃない。俺はずっと雪菜しか想っていない。学生の頃からずっと…」


「本気?」


「何を確認したいんだ?分かっていたことだろ…」


「だけど…今でも想ってもらっているとは…」


「想像もできなかったと?」


「うん…」


私と神戸歌月はそこで言葉に詰まって黙ってしまう。

しかしながら彼はそこで一歩踏み込んだ答えを口にする。


「もしも…雪菜と一緒になれるなら…」


「うん…」


「俺はこの世界から足を洗う」


「でも…そんなこと出来るの?」


「問題ない。部下に任せる。彼らも俺を早く引退させたいようだし」


「そうなの?」


「あぁ。下からの突き上げが凄いんだ。そろそろ席を空けなければならない」


「そっか…」


「それで…どうする?」


「………」


私は再びそこで言葉に詰まっていた。

しかしながら神戸歌月は私の手を握って…。


「一緒になってくれ」


そんなプロポーズにも似た言葉に私は思わず頷いたのであった。



そうして神戸歌月はピンクピクシーを部下に預け…

裏社会から完全に足を洗ったのだった。



私こと不破雪菜と何者でも無くなった神戸歌月の恋愛物語はここから始まった。

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