第19話個展初日

僕と慶秋はお互いに個展の準備を整えていた。

多田家の人間が率先して動いてくれて僕の作品と慶秋の作品は多田の個展会場に運ばれていた。


「それにしても僕と慶秋の個展か…感慨深いな」


「そう?僕はいつかこんな日を夢見ていたよ」


「僕もさ。夢見ていたからこそ感慨深いんだ」


「そっか…っていうかこの音楽に聴き覚えない?」


現在僕と慶秋は個展会場にて最終確認に取り掛かっていた。


「そうだね…誰の音楽だろうか…」


そんな呑気な言葉を口にして僕と慶秋は確認作業を行っていた。


「忘れてもらっては困りますわ」


唐突に聞こえてくる覚えのある美しい声音に僕と慶秋は後ろを振り返り…。


「四条さん…まさかこれって?」


「えぇ。音楽全般は私に発注があったんですの。気に入って頂けました?」


「もちろんですよ。本当にありがとうございます」


「いえいえ。私も名前を売るチャンスですので。

多田家と仕事ができたとあれば…また一歩前進です」


「そうですか。またの機会でもお願いしたいぐらいですよ」


「本当ですか!?それは嬉しい限りです」


僕と四条マリサはその様な会話を繰り返して慶秋も時々相槌を打って応えていた。


「私は確認作業が終わったので…これにて…」


「もう帰られるんですか?食事とかは…?」


「申し訳ないです。まだ仕事が残っていまして…またの機会にお願いします」


「わかりました。ではまた」


そうして僕と慶秋はその場で四条マリサと別れることとなる。

残された僕と慶秋は展示されている作品を眺めてウンウンと頷いていた。


「慶秋の作品…どれも最高だよ」


「ふっ。それはこっちのセリフだ」


僕と慶秋はお互いの作品を絶賛すると会場を一周する。

最終的に多田家の使用人に確認を終えた事を伝えて仕事は一段落するのであった。



僕と慶秋の個展初日。

ネットでは速報が流れるほど大盛況を誇っているようだった。


僕らはアトリエでそれを確認していた。

多田家の人間や慶秋のスポンサーからも連絡が鳴り止まなかった。

僕らはその一つずつに丁寧に返事をしていた。


「凄いわね。やっぱりこうなった」


真名はその様な言葉を口にして喜んでいるように見えた。


「私もこうなるって信じていたわ」


咲も嬉しそうな表情で僕と慶秋を見渡していた。


「二人は何処か似ていますね」


慶秋は二人に向けてその様な言葉を口にして微笑んでいた。


「どうやって二人は仲良くなったの?そう言えば聞いたこと無かったな」


僕も二人にそんな言葉を投げかけてそれぞれの表情を確認していた。


「過去の話になるけど…」


真名はそう言うと過去を振り返るようにして話を始めたのであった。




過去の出来事。


就職してすぐに真名と咲は出会うことになる。

担当する科は別々だったが同じ階で仕事をしていたため良くすれ違っていたのだ。

ある日の昼休憩の時間。

真名と咲は一つの空き診察室で同席していた。


「咲ちゃんって呼んでも良い?」


真名から先に声を掛けたのをどちらも覚えていた。


「うん。私も真名って呼んで良い?」


二人はそこで何故だかすぐに意気投合する。


「弟か妹いるでしょ?」


真名からの問いかけに咲は少しだけ驚いた表情を浮かべた後になんでもないように頷いた。


「なんで分かったの?」


「ん?雰囲気」


「そう。真名は?」


「一人っ子。だから姉弟とか羨ましい」


「そうね。弟がいるんだけど…本当に可愛いわ」


「いいなぁ。どういうところが可愛いの?」


「ん?最近彼女が出来たみたいで…よく部屋で電話をしているのよ」


「へぇ。聞こえてくるの?」


「うん。その内容が可愛くてさ。微笑ましいのよ」


「気まずくない?」


「全然。姉弟ってそんなもんよ」


「そうなんだ。弟はモテるの?」


「わからないけど。いい子だからね。人気はあるんじゃない?」


「いつか会ってみたいな」


「真名に会ったら乗り換えようとしそう…」


「え?そう?」


「だって真名は信じられないほど美人だし」


「そうだったら嬉しいけど…咲ちゃんだって美しいよ」


「そうね。お互いを褒め合うのはやめましょう。それでね…」


そこから真名と咲は弟の話に花を咲かせて昼休憩の時間を過ごしていったのであった。



「え?じゃあ僕の話題で二人は仲良くなったの?」


「結果的に言えばそうね」


姉が端的な言葉を口にすると真名も少しだけ照れくさそうな表情を浮かべていた。


「仲良くなったきっかけの亮平くんと結婚までするとはね…」


真名の照れ隠しの言葉を受けて僕は苦笑の表情を浮かべる。


「でも幸せでしょ?」


姉の咲は真名に問いかけて彼女はどうしようもなく頷く。


「恋愛に興味なかった咲ちゃんが結婚したほうが驚きだよ」


「僕もそう思うよ」


真名の言葉に続くようにして僕も返事をしていた。


「僕は咲さんと結婚できてラッキーだった」


慶秋も惚気けるような言葉を口にしていた。

咲はバツが悪そうな表情を浮かべていた。

しかしながら再び速報がネットニュースに入って僕らはスマホに目を向けるのであった。



多田亮平 野田慶秋

合同個展は今週末まで。

個展会場の地図は概要欄に記載。

皆急げ!



その様な文言にこの場の全員は表情をほころばせて乾杯の支度をするのであった。

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