第15話一流プロの条件

本日も慶秋と合同制作の予定だ。

何故かいつもより早起きをした僕は身支度を整えて朝食を頂いていた。

真名はまだ眠っておりリビングには僕と不破雪菜の二人だった。


「如何です?」


食後のコーヒーをテーブルの上に置いた不破雪菜は唐突な質問をしてくる。

質問の内容が理解できなかった僕は首を傾げて応えた。


「いえ…ですから…以前のように根を詰めていませんか?」


「あぁー…それは大丈夫。

以前のように記憶を失ったり精神が乖離するのは困るから…

しっかりと気を付けているよ」


「左様ですか。私の杞憂でした」


「そうだね。真名さんにも気をつけるように言われているから」


「お二人は本当に羨ましい関係性ですね」


「そう?ありがとう。不破さんは興味無いの?」


「何にでしょう?」


「結婚とか交際に」


「どうでしょう…無くはないのですが…私は多田家の駒ですから。

自由はあるようで無いと心得ています。

多田の利になることしか私には出来ません」


「そんなこと無いと思うけどね。今度許しをもらいに行く?」


「いえ…お構いなく。

今は亮平様と真名様…

それにお二人のお子様のために生きるのが生き甲斐なので」


「そっか…自由になりたかったらいつでも言って?」


「かしこまりました」


僕らはそこまで会話をすると静が真名達よりも先に起きてきて僕らのもとに向かってくる。


「おなかすいた…」


静の言葉を耳にした不破雪菜は薄く微笑むと了承したようでキッチンへと向かう。

静は僕よりも不破雪菜に懐いているようで彼女の下へと向かっていた。

料理している不破雪菜を眺めながら静はにこやかな表情を浮かべている。


しばらくすると真名と光と真が起きてきて皆が朝食の時間を過ごしていた。


「今、家を出たから」


慶秋からチャットが届いており僕は了承の返事をする。

そこから数十分後に慶州は車でアトリエに訪れる。

彼を作業室に直接迎え入れると僕らは作業に移るのであった。



僕と慶秋はお互いの脳内に溢れているアイディアをイメージボードに描いていた。

もしかしたら下書きと言っても過言ではないものを描いている。

僕が先にイメージボードを描き終えると一度窓を開けて深呼吸をしていた。

慶秋は深い集中に入り込んでおり僕の姿など視界に入っていないようだった。

長い時間、慶秋は集中しており僕は少しだけ心配になっていた。


「入り込み過ぎだよ。ゾーンだろ?」


慶秋の肩を叩くと彼は驚いたような表情を浮かべた後に息を吐いた。


「あぁー…当然亮平も使えるんだよな…」


「そうだな。でも長いこと入りすぎると危険だぞ。

それは諸刃の剣だ。

入りすぎると僕みたいになる」


「えっと…それはどういう意味?」


「僕が記憶を失ったときは尋常じゃないゾーンに入りすぎたのが原因だと思う」


「あ…そうだったのか…」


「うん。ゾーンは全能感のようなものを感じるけれど…

副作用というかあまり無理すると大変な目に遭う」


「本当に?絶対にそれが原因だって言い切れる?」


「もちろん。ありえないほどの脳疲労を感じているんじゃないか?」


「確かに…最近非常に眠いことが多い…」


「それは危険な信号だよ。控えたほうが良い。

ゾーンに入らなくとも慶秋は一流だよ」


「そう言ってくれるのは助かるが…」


「大丈夫。心配なら合同制作の間はゾーンに入らずに作業したら良い。

もしほころびが出ても僕がカバーする。

それにゾーンの先に待っているのは…」


僕がそこまで口にして答えをネタバレしようとすると慶秋は首を左右に振った。


「いや。言わないでくれ。自分でこの先の答えに辿り着きたいから…」


「そうか。慶秋なら余裕でたどり着くさ」


「本当に?」


「当然。慶秋は僕よりも優れている」


「そんなことは…」


「あるんだよ。僕は大した人間じゃない。それなのにここまで来れたんだ」


「亮平は本当に自分を客観視出来ていないな」


「………」


僕らはそこで言葉に詰まってしまう。

しかしながら僕らはイメージボードを完成させて下書きを終える。


「今日もここまでにしよう。やり過ぎは良くない」


「分かった。僕も帰って糸と遊ぶよ」


「そうすると良いよ」


「じゃあ。また」


「あぁ」


そうして昼過ぎに慶秋はアトリエを後にする。

僕も真名や子供たちと仲睦まじく過ごしリラックスして残りの時間を過ごすのであった。




帰宅した僕は愛おしい咲と糸を目にして緊張していた表情が綻ぶ。


「おかえり。どうしたの?」


僕の表情に違和感を感じたであろう勘の良い咲に僕は弱音を口にしていた。


「亮平は…何処まで大きくなるんだろうね…」


「ん?どういうこと?」


「僕は先輩なのに…亮平よりも劣っていることを思い知らされる…」


「劣っている?亮平に言われたの?」


僕は咲の言葉に虚しい思いで首を左右に振った。


「自分でそう感じたってこと?」


それに頷いて応えると咲は呆れたような表情で嘆息した。


「何を言うかと思えば…あまり亮平を強大な存在だと思わないほうが良いよ」


「でも…」


「分かるよ。世界的画家と一緒に作業するのは辛いと思う。

実力の差を突きつけられた思いなんでしょう。


でも亮平は一度壊れかけている。

慶秋くんは一度も壊れていない。


一流のプロの条件って何か知っている?

怪我をしないってことだよ。

どの様なプロでも共通して言えるのは…

壊れないってこと。

絶対に故障しないってこと。


亮平は世間に痛いほど評価されているけど…

一度壊れているって点だけをあげれば…

亮平は一流じゃないわよ。


壊れていない慶秋くんのほうが優れていると…

私は自信を持って言うわ」


愛おしい人である咲からの慰めのようなエールに僕は表情が綻ぶ。

何処か肩の荷や体の強張りが解消されていく思いだった。

思わず全身の力が抜けていき脱力している状態になっていた。


「これが…」


僕は亮平が言っていたゾーンの先の正体に手を掛けていると思った。


「ありがとう。咲さんのお陰で一つレベルアップできるかも」


「そう。これからも無理はしないでね?

行き詰まったら私にも相談して?」


「はい。いつもありがとうございます」


「なんてこと無いよ。そうだ。これから三人で公園にでも行かない?」


「そうしよう」


そうして僕と咲と糸は揃って公園へと向かい夕方まで楽しく過ごすのであった。




次回。

慶秋は頂きの景色を少しだけ覗く…

亮平はさらなる高みに手をかけようとしている…。

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