第13話昔に帰ったようだった

キャンバスに筆を走らせながら…

あることが気掛かりだった。

久しぶりに再びスマホを手にして…

その人物へとチャットを送る。


「この間ぶりです。それ以降どうですか?」


件の人物とは深瀬キキのことだった。

香川初や白根桃は社会人になりたてということでパートナーが居なくても不思議ではなかった。

仕事に一生懸命で追われているのだろうと予想できる。

恋をしている暇もないほどに忙しいということだろう。

しかしながら深瀬キキは芸大を卒業してかなりの時間が経過したはずで…

そろそろ良い人の一人ぐらいは居ても可笑しくない状況だし立場だった。

国内外で少しずつ噂を聞くようになってきている深瀬キキや慶秋。

もうそろそろ彼女も過去の恋愛にけりを付けて先に進むべきだった。

僕や慶秋は少しだけ気掛かりで心にトゲが刺さっているようだったのだ。


「どうって?何も変化は無いわよ」


「ですか…一生一人でいるつもりですか?」


「そっち?あぁー…そんな気はないけど…」


「じゃあそろそろ先に進むべきでは?」


「うるさいわね。余計なお世話よ」


「ですが…」


「分かっているわよ…

それに誰にも言っていなかったけど向こうに仲良くしている男性がいるのよ…」


「向こうって活動拠点の海外にですか?」


「そう。この間は彼も忙しかったし…まだパートナーじゃないから誘わなかったの」


「そうでしたか。本当に余計なお世話を言いました。すみません」


「良いよ。多田は?順調?」


「はい。何もかも順調以上です」


「そう。じゃあお互いに励みましょうね」


「はい。ではまたいずれ」


そこで深瀬キキはスタンプで返事をしてくるので僕はホッと息を吐いてスマホを机の上に置いた。


「さて…」


そんな言葉が漏れて僕は再び違う人物へと連絡をしたのであった。



「亮平が呼び出すなんて珍しいね」


慶秋は僕の家であるアトリエにやってきて。

現在は作業室で二人の状況だった。


「あぁ…そうだね。僕が赴くべきだったかも…」


「そんなことないけど。何かあった?」


「あぁー。深瀬さんは良い人を見つけたそうですよ」


「そう。それは良かった」


「………」


そこで言葉に詰まる僕に慶秋は苦笑の表情を浮かべて助け舟を出してくれる。


「それを伝えるために呼んだわけじゃないだろ?他になにかあるはずだ」


「あぁ…えっと…」


何故か未だに勇気のでない僕は何をどう伝えたら良いのかわからずに言葉に詰まり続けている。


「そうだ。今度お互いの家族を連れて一緒にキャンプにでも行かないか?」


慶秋が先んじて提案をしてくれて僕は救われた思いに駆られる。


「うん。真名さんにも聞いてみるけど…僕個人としては楽しみにしている」


「分かった。その時にまで話したいことを決めておいてよ」


「うん。呼び出したのに悪いね」


「良いって。静や光や真の様子も見ておきたかったし」


「そっか…ありがとう。糸は元気?」


「もちろん。誰に似たのか元気すぎるよ」


「姉に似たんだな…」


「それなら僕は嬉しいよ」


慶秋は僕に微笑みを向けるとその足でリビングに向かい子供らの顔を見てから帰るのであった。



「忘れ物はないですね?では出発です」


不破雪菜の運転で僕ら家族はキャンプ地を目指していた。

慶秋家族とは別々の車で目的地を目指している。

本日はこの間、約束したキャンプ旅行当日だった。

僕らは少し離れたキャンプ地に向かっており僕は話す内容を頭の中で整理していた。


「そんなに悩まなくても良いんじゃない?

あれこれこねくり回さなくても慶秋さんは受け入れてくれるよ」


「そうだと良いんだけどね…」


「何?弱気になっているの?

今までの二人の関係性はそんな弱々しいものじゃないでしょ?」


「そう言ってくれると心強いよ」


「大丈夫よ。リラックスして」


「あぁ。うん。学生の頃は簡単に誘えたんだけどね」


「大人になると小難しく考えてしまうものよね。

十代の時の様に無邪気ではいられない」


「そうだね…とにかく勇気を出してみるよ」


「そうしてみて。リラックスしてね」


それに頷くと僕らはキャンプ地に向かうまで他愛のない会話をして過ごすのであった。



キャンプ地では不破雪菜と真名と姉の咲が前日に仕込んできた料理をクーラーボックスから取り出していた。

僕と慶秋はテントを建てた後に火起こしをしている。

子どもたちはテントの中で休んでいるところだ。

無事に火を起こすとフライパンや鍋に入れられた食料を火にかけていた。


「雪菜さん。咲ちゃん。私達は子どもたちと一緒にテントで休みましょ?」


「でも…良いの?」


姉の咲は僕らに問いかけてくるので僕は頷いて応える。


「亮平が何か話したいことがあるみたいなんだ。良い?」


「そういうことね。じゃあ私達はテントに退散するわ」


真名と姉の咲ち雪菜はそのままテントの中へと入っていく。

僕は残された慶秋と火にあたりながら料理をしていた。


「話なんだけど…」


そう切り出した僕に慶秋は笑顔を浮かべているだけだった。

余計な言葉は口にしない。

けれどそれが何処か心地よかった。


「うん…慶秋と…また合同制作がしたくて…」


僕の言葉を耳にした慶秋は驚いたような表情を一瞬浮かべた後ににこやかな表情になる。


「なんだ。そんなことか。

僕はもっと…何か酷いことを言われる覚悟をしていたんだけど…」


「酷いこと?僕が慶秋にそんな事言うわけ無いだろ」


「そうだろうけど…心配だった」


「ごめん。それで…どう?」


「もちろん受けるよ。世界的画家と一緒に制作できるなんて…」


「僕は昔と変わっていないよ。芸大時代に帰るようなものだよ」


「そっか。じゃあいつから開始しようか?」


「慶秋の進捗具合は?」


「丁度この間、納品したばかりだから。手は空いているよ」


「良かった。じゃあ帰ったらすぐに取り掛かろう」


「わかった。これで話は全部?」


それに頷くと慶秋は戯けた表情を浮かべてテントの中へと入っていく。


「皆聞いてよ!亮平が神妙な顔つきでさぁ〜…」


慶秋は僕を誂うような言葉を口にして嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべていたそうだ。

それは帰りの車の中で不破雪菜と真名から報告を受けたのであった。




そして次回以降。

僕と慶秋の久しぶりの合同制作は始まろうとしていた。

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