第11話いつか別れが来るけど…それは今ではない

「それでは融資は継続で。今後も励んでください」


現在多田家で僕は仕事に参加している状況だった。

相手を詳しく知らされていないが…

どうやら一流企業の社長が多田家に直接赴いているようだった。


「画家の多田亮平様ですよね」


「はい。初めまして」


「娘がファンでして…よろしければサインを…」


相手は失礼がないように低姿勢でサイン色紙とサインペンを僕の方へと差し出そうとしていた。


「申し訳ありません。亮平さんはサインをしません。

亮平さんのサインの価値をご存じないですか?」


しかしながら僕よりも先にお断りの返事をしたのが真名だった。

少しだけ厳しい口調と態度できっぱりと拒否すると相手は完全にたじろいでいた。


「申し訳ありません。その様なつもりでは…」


「はい。分かっています。

しかしどの様なつもりでも亮平さんがファンサービスでサインをすることはありませんよ」


「そうですか…

私の知り合いにサインを持っていると自慢している方がいらしたので…

あれは偽物だったのでしょうね…」


少しだけ棘のある言い方をする相手に僕は記憶を遡っていた。

そう言えば…とお祖父様の関係者にサインをしたことを思い出す。


「あぁー…それは…」


そこまで口を開いたところでお祖父様が危機を察したのか話に割って入った。


「無理を言ってワシの友人に宛てて何枚か描かせたことがあったな。

しかしながらそれ以外は偽物と言っていいだろう。

今回は諦めろ。

どれだけ食い下がっても印象が悪いだけじゃぞ」


「左様ですか。では失礼します」


相手はそれだけ言い残すと執務室を後にする。


「済まない。あれほど節操のない男だとは知らんかった。

気分を害しただろう。申し訳ない」


多田家当主の父親に謝罪をされて僕は思わず驚いた表情を浮かべた。


「謝罪は不要です。有名になった頃には覚悟はしていたことなので。

それに真名さんに気軽にサインをするなと以前にも釘を差されていたので…

断る練習のいい機会でした」


「そうか。そう言ってくれて助かる。また来週にも仕事を手伝ってもらう。

親父が元気な内に…亮平には身の振り方を全力で覚えてもらいたいからな」


多田家当主はお祖父様を見て少しだけ切ない表情を浮かべていた。


「何を言っておる。まだまだ元気じゃ」


お祖父様は戯けたような表情を浮かべて鼻で笑うような仕草を取る。


「そうだな…健康には気を付けてくれよ。もう若くないんだからな…」


「分かっておる。自分の心配だけしていなさい」


「………」


二人の会話はそこで終わると僕らは少しだけ気まずい雰囲気のまま執務室を後にする。

その後、多田家で食事を済ませると僕らは不破雪菜の運転で帰路に就くのであった。

因みに子供が増えたので僕らは大人数で乗れる車を購入していた。

真名の高級車は二人で出かける機会があれば…

その時に使用するつもりだった。



「お祖父様は…」


帰りの車内で真名は心配そうな表情で僕に問いかけてくる。


「まぁ…お父様は年齢的な話をしたんだと思うよ。

病気とかじゃないと思う」


「そう…だよね…」


「そうだよ。悪い方に取ってはだめだよ。

悲しい顔をしていたらお祖父様だってこの世に心残りが出来てしまうよ」


「だよね…元気に振る舞わないとだめだよね…」


「いつも通りで良いと思うな。無理して元気なふりをしなくても…

悲しいのは悲しいって思って当然だよ。

でもそれで泣きついたらお祖父様も困るでしょ?

不老不死の人間はこの世にいないんだから」


「そうだね…分かっているつもりだったんだけどね。

いつかは…って覚悟もしていたつもりなんだけど…」


「皆そうだよ。覚悟していても辛いものは辛い。

家族なんだから当然だよ」


「そっか…ありがとうね」


「何が?」


「励ましてくれて…」


「当然だよ。僕だって家族の一人なんだから。

多田家の皆様にはお世話になっている。

お祖父様には特にお世話になっている。

感謝していて当然でしょ?」


「そうね。私達はお祖父様に沢山の恩があるわね。

何かお返しできないかしら…」


「僕は考えていることがあるんだけど…」


「え?初耳…何かしようと思っているの?」


「うん。多田家の皆さんを描いた作品を贈ろうと思っているんだ」


「全員が描かれた作品?」


「そう。いつまでも皆の記憶に残るように…」


「良いわね。私も何か贈りたいな…」


真名が悩んでいると不破雪菜は運転をしながら会話に参加した。


「お花などどうでしょう。お祖父様はお花が趣味だったはずです」


「あぁー。確かにそうだったね。考えてみる」


そうして僕らは自宅に戻るとお祖父様に贈るものを考えるのであった。



多田家の仕事をこなしながら僕は自宅の作業室で多田家の面々を描いている。

特大のキャンバスに筆を走らせながら…

最後に残ったスペースに僕は自分自身を描いている。

多田家の面々をキャンバスに描いている僕の姿を…

様々な技法を用いて多田の全員をキャンバスに描くこと数ヶ月…

作品が完成して僕と真名は多田家にそれを運ぶ。



「お祖父様。私達からの贈り物です」


真名がお祖父様に声を掛けて先に花のガラス細工を渡していた。


「絶対に枯れない花です。私の中でお祖父様は永遠です。

いつまでも心の中で生きていくのです。

そんな今までの感謝を最大限に込めて…」


真名はそう言いながら涙ぐんでいる。

僕は肩を抱いて上げたかったが両手には大きなキャンバスを持っている。

それを察したのかお祖父様は真名を強く、けれど優しく抱きしめて笑顔を向けていた。


「気持ちは分かっておる。

ワシはいつまでも多田の皆を見守っておる。

何も心配することは無い。

じゃが…ありがとう」


お祖父様は真名からの贈り物を大事に受け取ると僕に視線を向けた。


「まさか亮平からも何かあるのか?」


笑顔で僕に視線を向けるお祖父様に両手に持っていたキャンバスを表にひっくり返す。


「おぉー!これは多田の全員集合絵か…素晴らしい。

家宝にさせてもらう。ありがとう」


お祖父様は僕に握手を求めてきてそれを上手に受け取ると絵画を使用人に渡す。


「ワシの執務室の一番目立つところに」


お祖父様は使用人に指示をしていた。

使用人は恭しく返事をするとそのまま絵画を持ってお祖父様の執務室に向かった。


「食事をしていきなさい」


お祖父様からの誘いに僕らは全力で頷くと本日も多田家で食事を済ませるのであった。



本日も不破雪菜が多田家の大広間で子どもたちの世話をしていた。

もちろん多田家の使用人も一緒に…。



僕ら家族はいつかお別れすることになるだろう。

けれどそれは不幸な別れではない。

そして別れはまだ今じゃない…。

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